下北半島プロジェクト

下北半島出身で、下北の漁民の姿をひとり芝居で表現する愚安亭遊佐さん。2013年1月、下北半島プロジェクトが主催した『こころに海をもつ男』公演は、会場満員の大賑わいのうちに幕を閉じました。あれから8ヵ月。愚安亭さんの最新作『鬼よ』が公開されることになりました。愚安亭さんの実兄、松橋幸四郎さんをモデルにした物語で、国策によって漁業権放棄を強いられる漁民の姿がリアルに描かれています。
コラム「愛国問答」 でもおなじみ鈴木邦男さんは、前回の公演を観に来られて以来、愚安亭さんとじっくり話をしたいとおっしゃっていました。ということで、10月の公演を前に実現した対談。A子ちゃんが聞き手となって、お2人の意外な共通点を探りながら、『鬼よ』に込められた愚安亭さんの思いを聞かせていただきました。

「表出」ではなく「表現」としての芝居

A子 鈴木さんは、2013年1月に上演した愚安亭さんの芝居『こころに海をもつ男』を観に来てくださいました。その時のことは、コラムでも書かれていますが、今、改めて振り返ってみるといかがでしょうか?

鈴木 社会学者の宮台真司さんが、社会運動について語っていた言葉を思い出しました。「表出」と「表現」は違う。前者は自分の主張を言っているだけだけれど、後者は他人に観せたり、読ませたりする芸術の一つであると。愚安亭さんの前作を観たとき、「ああ、表現というのはこういうことか」と実感しました。学生運動をやっていたそうですが、単なる表出ではない、と。何人かによる集団劇ではなく、ひとり芝居だから深いところに達するのでしょうか。今日はそれを聞いてみたかった。

愚安亭 私ももともとは集団劇をやっていたんですよ。ところが、メンバーは香川県や東京の人たちだったので、下北弁のせりふのある芝居をやろうとすると、どうもちぐはぐになってしまう。それでひとり芝居を始めました。日本は、もともと一人芸(いちにんげい)が優れた国なんですよ。落語、浪曲、講談。もうずいぶん前になりますが、長野県で「アジア一人劇祭」というイベントが開催された時、フィリピンやインドネシア、韓国から芸人が集まったのですが、やはり日本人が圧倒的でした。落語なら45分、ずっと観客を飽きさせないでしゃべるでしょう。これが海外にはなかなかない。パントマイムなどはありますが、日本のものとはまったく違います。

A子 そもそも愚安亭さんが、芝居を始めたのはいつ頃だったのでしょう?

愚安亭 60年代後半、当時はどこの小劇場も人があふれていました。学生運動まっさかりの時代で、東京の御茶ノ水のあたりでは「神田カルチェ・ラタン闘争」*がありましたね。私も参加していたのですが、セクト同士の対立に巻き込まれ、ひざをけがしてしまいました。半年ほど入院して、退院したときに観たのが、岩手県出身の劇作家、秋浜悟史さんの芝居です。最近、「あまちゃん」などに出演している古田新太さんたちの師匠にあたる人です。秋浜さんの芝居は岩手弁で、私は大きな感銘を受けました。あくる年の春、試験を受けて秋浜さんの養成所に入ったのですが、1年がたって卒業しようとしていたとき、役者として舞台にのぼるように言われました。青森県出身の永山則夫を主人公にした芝居で、青森なまりでしゃべるリンゴ屋のおやじの役です。ひざを怪我していましたから、本当は脚本か演出で芝居に関わるつもりだったのに、急に役者になったのです。

*神田カルチェ・ラタン闘争……1969年、東京神田駿河台の学生街で起きた解放区闘争。カルチェ・ラタンとはフランス語で「解放区」という意味。

鈴木 愚安亭さんの話一つひとつが芝居になっていますね。なんだか広がりがあって。最初は芝居で主義主張を訴えようとしていたのですか?

愚安亭 秋浜さんが割とそうでしたからね。公害をテーマにしたり、宮沢賢治の生き方を反映したりする作品でした。そうそう、リンゴ屋のおやじの役をもらう数ヵ月前、別の芝居に誘われて新宿で打ち合わせをしていたのですが、その時、三島由紀夫さんの自決事件*が起こりました。

*三島由紀夫さんの自決事件……1970年、作家・三島由紀夫が東京・市ケ谷の陸上自衛隊駐屯地で割腹自殺した事件。三島が組織した「楯の会」会員の森田必勝(享年25)も割腹自殺。

鈴木 ああ、その頃ですか。僕は産経新聞に就職した年でした。左翼運動がつぶれて、対抗する右翼運動もつぶれたあと、1年くらいだったかな。仙台で本屋の店員をしていたのですが、縁あって新聞社に入ることができて。三島さんの事件が起きたのは、その年の秋でした。僕の後輩の森田必勝も死んでしまって、罪悪感にさいなまれました。運動に誘った僕らは普通に就職して働いているのに、なんで若い森田が死んだんだ、と。それがなかったら、ずっと産経新聞にいたでしょうね。でも愚安亭さんは三島作品をすべて、それも初版本で読んだというから驚きました。なぜ三島に興味を?

愚安亭 高校2年生の頃から読んでいました。『午後の曳航』が一番初めです。私は悪い癖があって、おもしろいと思った作家の本は、全部読まなきゃ気がすまないんですよ。三島作品は、古本屋を回って一生懸命、初版本を集めました。でも、どうしても収入のないときに売ってしまいました。そしたら3日後に三島さんが亡くなって。そんなことになるなんて、想像だにしていませんでした。

鈴木 三島が死んだと聞いて、どう感じましたか。

愚安亭 ショックでしたね。だけど、死ぬことで影響を残したような気もします。今でも三島作品を読んでいた頃の思いが沸々とわいてくることがありますよ。三島由紀夫は決起の時、「七生報国」と書かれたはちまきを巻いていましたが、同じような思いを私も持っているんです。

鈴木 あれは確か、7度生まれ変わっても国に尽くすという意味でしたね。

愚安亭 ええ。だけど私は国でなく、7度生まれ変わってでも先祖の教えを守る。そんな気持ちなんです。下北半島には恐山があります。地元では、死んだ人はみんな恐山へ行って、生まれ変わるという考え方が根付いていました。誰かに子どもが生まれると、「このわらしは、死んだ爺様にそっくりだな」とか「爺様の生まれ変わりだ」などと当然のように言われていたのです。そんなこんなで、鈴木さんみたいに深いところで三島を見ていたというよりは、文章そのものに惹かれていたのかもしれません。信条とか思想は未整理のまま読んでいたような気がします。

鈴木 きっと、僕らよりも純粋に三島を読んでいたんですよ。右翼学生は『文化防衛論』とか『憂国』などの作品を評価していて、「『午後の曳航』や『美徳のよろめき』なんて書いてもらっちゃ困るよなぁ」と言い合っていました。

A子 同じ時代に生きて、同じ三島を読みながら、それぞれ違うものを得ていたのですね。ところで、3・11から2年半がたちますが、今、『鬼よ』を上演するのはどんな意味があるのでしょう?

福島の漁民は二重の苦しみを味わっている

愚安亭 原発の問題を考えるとき、みんな放射能のことばかりに目がいっていますが、それ以前の、漁業権放棄についてはあまり知られていません。原発を建てるときには必ず海を埋め立てますが、そのために漁民たちは漁業権の放棄を求められます。最初は国と漁民の対立ですが、2年、3年とたつうちに、漁民同士の対立へと仕立て上げられていきます。海の仲間同士で内部分裂を起こし、漁業権放棄させられて、海が埋め立てられていく。『鬼よ』は、下北半島の関根浜が舞台ですが、原発のある地域はどこも同じように切り崩しに遭っています。福島第一原発事故のあった地域を、私も芝居をして回ったことがありますが、現地の漁民たちは、きっと二重の苦しみを味わったことでしょう。海を売った時の苦しみと、その海がまた放射能で冒されていく苦しみと。

鈴木 『こころに海をもつ男』では、漁民のせりふで「海を売った、土地も売った、誰か空を買いに来てくんねえか」とあります。その発想がすごいと思いました。政治的な主張ではなく、芝居そのものとして完成度が高い。反原発を訴えるための芝居は、自分たちの主張だけが前面に出て、それ以外の人たちはみんな「悪」になっているものが多いように見えます。だけど『鬼よ』は、そうじゃない。脚本を読ませていただきましたが、漁業権放棄に最後まで反対した会長や、彼を裏切った若者たちが出てきて、おのおのが事情を抱えている姿が魅力的です。なんだか海に関係なく、僕たちの身近なところでも、似たようなことがあるように思わせられました。僕自身、最後まで意志を通す会長のようになりたいと思いながら、学生運動の時にどこかで裏切ってきているんですよ。とことんまでやっていたら、三島や森田のように死んでいたか、今でも獄中か。そこまで突き詰められなかったことを思って、読みながら胸が痛くなりました。

愚安亭 現地では、すさまじいことばかりが起きていたんです。『鬼よ』には、ある漁民の家に青森県の水産部長と次長が来て、漁業権放棄の闇取引をするシーンがありますが、実際はもっとひどい。県職員は民宿に漁民を集めて接待漬けにし、漁期の延長を条件に漁業権放棄を迫ります。だから、漁業権を手放した人たちも、裏切ったっていうよりは、甘い誘いを断り切れなかったというのが実際です。それと、どこかで国家と対立してもしょうがないという諦めもあったのではないかと思います。国策に狙われて、地元民が勝ち抜いた例は、全国を見渡してもほとんどありません。下北半島の漁業権放棄も、ここだけの固有の問題ではないのです。当時の様子はドキュメンタリー映画『海盗り』に残されていますが、監督の土本典昭さんは「敗北するばかりの映画を発表するのはつらい」と言っていました。だから、私と兄はカメラの前で“敗北のなかでも生きていく希望”を語りました。何となく、その責任を取らなきゃいけない気がして、『鬼よ』を作ったところもあります。

鈴木 「鬼」という言葉は、よい意味でも使われますよね。「土俵の鬼」とか、一生懸命打ち込む人のことを褒める意味合いで。

愚安亭 そうですね。「鬼」にはいろんな意味が込められています。私の頭の中にあるのは、仏様の下で踏まれている邪鬼。それから、黒澤明監督の映画『夢』で最後に出てくる鬼です。原発の事故で被ばくした人たちがみんな鬼になって、慟哭するシーンがあります。私は、鬼とは魂だと思うんです。今回の作品は、まずタイトルが浮かんできて、そこからストーリーを練りました。

下北シリーズ最終作になるかもしれない

鈴木 役者の中には、テレビでメジャーになって政治的な主張をしない人と、商業マスコミに行かず主張を続けている人たちがいます。どうも二極分化している気がするのですが、愚安亭さんの作品は政治的主張をしながら、ちゃんとエンターテインメント性もありますよね。

愚安亭 それは心掛けてやっていることでもあります。政治によって世の中から除外されていく庶民の生き方を語らなきゃいけないという思いがあって、それにはどんな方法がいいか。参考にしたのが「節談(ふしだん)説教」でした。浄土真宗が始めたユニークな説教で、親鸞聖人の一代記などに、節を付けて語ります。大正時代はずいぶん人気があったそうです。70年代の終わりには、まだ節談説教を語ることができる布教師が残っていました。ところが、弟子入りを志願すると「1年間、住み込みで来るなら認める」と言われました。その頃は6人の仲間と芝居をしていたので、彼らが生活できなくなるのは困る。それで弟子入りは諦めたのですが、開き直って自分自身で節談説教をしようと思いました。あのユーモアを現代に生かそうと。反対反対と主張するばかりでは、必ず抵抗が起きます。芝居がエンターテインメントとして成立することは大切だと思っています。

A子 『鬼よ』は、民俗学的な描写もユニークですよね。遠洋漁業の漁師は、たまに漁から帰ると子作りに励む。それをうっかり目撃して驚いた幼い子どもに、おばあちゃんが「ありゃな、6ヵ月ぶりに帰ってきて、無事に出会えたことを神様に感謝し、2人の心を合わせてお祈りしているのだから心配いらね」と説明したのは実話ですか?

愚安亭 実話です。漁師の夫婦がそろう夜、子どもたちは身欠ニシンをおやつに、外へ遊びに出されるんですよ。あの時代、出稼ぎの多い地域では似たような話がいくつもあります。私は以前、新潟県の巻町の巻原発反対で最後まで浜に残ったおばあさんの話を聞きました。そこは漁師じゃなく大工の出稼ぎなのですが、1年も出稼ぎして戻ってくると、どうも子どもの顔が隣のおじさんに似てくる(笑)。

鈴木 すごいなあ(笑)。

愚安亭 それでも、けんかになったりしないというのだから、さらにすごい。そんな話はいくらでもあるんですよ。さて鈴木さん、今回の『鬼よ』は、これまで続けてきた下北半島シリーズの最後になる気がしています。一応、脚本は書きましたけれど、稽古をする中でどんどん変わります。

鈴木 じゃあ、僕が読んだ脚本とは違った展開になるかもしれないんですね。

愚安亭 それが自作自演のひとり芝居の強みです。劇作家の作品を上演する時にはそうはいきません。

鈴木 そうですか。ますます楽しみになってきました。

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愚安亭遊佐ひとり芝居第10作目
「鬼よ」〜北の端で、海で生き続けようとした、一人の漁師に捧げる鎮魂歌

共演・縄文笛 毅(縄文笛、土笛、フルート奏者)

・新潟県加茂市旧加藤眼科
10月11日(金) 19:00〜
10月12日(土) 14:00〜
チケット2000円

・東京・新宿SPACE雑遊
10月17日(木) 19:00〜
18日(金) 19:00〜
19日(土) 15:00〜

前売り3500円/当日4000円
◎主催:遊佐企画(090−2328−1175)

(今回の公演の主催は「マガ9」ではありませんので、お問い合わせやチケット申し込みなどは、主催の上記「遊佐企画」へお願いします)

 

  

※コメントは承認制です。
第30回 愚安亭遊佐さんと鈴木邦男さんに対談していただきました!」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    まったく違う分野、違う方向性で歩みを重ねてきたおふたりですが、ほぼ同年代ということもあって、語ることは尽きない様子でした。
    愚安亭さんの「下北半島」シリーズ最終作となるかもしれない『鬼よ』。下北半島の風土について、そこに生きる人たちの思いについて、そして原発や開発について…。これまでの作品同様、きっとたくさんのことを考えさせてくれる作品になるのではないでしょうか。

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