柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 今月、日本記者クラブで安倍政権の政策を鋭く批判する二つの記者会見があった。一つは、小泉純一郎元首相の「原発・即ゼロ」を求める発言であり、もう一つは、西山太吉・元毎日新聞記者の「特定秘密保護法に対する体験的、絶対反対論」である。この二つの記者会見を、メディアはどう報じたか?
  小泉元首相の会見は11月12日、広い大ホールにテレビカメラの砲列が敷かれ、総勢350人を超える記者やカメラマンがぎっしりと詰めかける熱気のなか、久しぶりの「小泉節」が響き渡った。
  私も日本記者クラブの会員なので、小泉氏の会見が予告されるとすぐに参加を申し込んだが、すでに「満員札止め」だった。小泉人気いまだ衰えずだなあ、とちょっと驚いた。
 小泉氏は「首相の権限は大きい。首相が決断すれば、専門家が知恵を出してくれる。首相の判断力、洞察力の問題だ」と述べ、安倍首相に「原発ゼロに舵を切れ」と迫った。
 代替案も示さずに原発ゼロを主張するなんて「無責任だ」とする批判に対しては、「これまで最終処分場が決まらないのに、これからすぐ最終処分場のメドがつくと考えるほうが楽観的で無責任だ」と反論し、「野党はみな賛成で、反対は自民党だけ。それも一人ひとりに訊けば賛否半々だ」「郵政民営化問題よりはるかに環境はいい」と語った。
 

朝日新聞の扱いは日経記事の「30倍」

 
 この小泉会見の様子をメディアはもちろんそれぞれに報じたが、原発論調が二極分化している新聞の報じ方は、やはり大きく二つに分かれた。脱原発派の朝日、毎日、東京新聞は1面、2面、その他の面と3ページにわたって大展開したのに対し、推進派の読売、産経、日経新聞は中のページにさりげなく扱った。
 なかでも日経新聞は3面の小さな囲み記事で見落としてしまいそう。読売新聞も政治面に3段。ある人が日経新聞の記事面積を1としたときの各紙の記事面積を比較した数字を調べたところ、読売3、産経11、毎日17、東京24、朝日28だったという。同じ会見でこれほど扱いの違うケースも珍しいだろう。
 面白かったのは、自民党内の反響を報じた部分で、各紙とも自民党内は「触らぬ神に崇りなし」「反論すれば術中にはまる」と、いずれも音なしの構えだったというのである。
 とくに大きく報じた朝日、東京新聞は、それぞれ多彩な紙面展開をしていたが、なかでも朝日新聞の「首相時代の小泉氏の原発に関する国会答弁」という記事が興味深かった。首相在任中は原発の推進論者だったことを具体的な発言で示したもので、記録性に富む新聞らしい報道である。
 もちろん小泉氏にとっては、この批判は痛くもかゆくもない。福島事故が起こってからフィンランドの最終処理場「オンカロ」を見学に行き、10万年も面倒を見なくてはならないことを知って考えを変えた、と自らも認めているのだから。「福島事故を見て、考えを変えないほうがおかしい」という言い分は十分成り立つのだ。ただ、オンカロの関係者によると、同所を見学して原子力開発に自信を持ったという人が多く、逆の人は少ないそうだが…。
 小泉氏は、この会見で原発とは関係のない中国問題にも触れて「私が辞めた後、首相は一人も靖国神社に参拝していない。それで日中関係はうまくいっているのか。首脳会談はできているのか。そうじゃないと分かっただろう」と述べ、「中国には今の安倍首相の対応でいい」とエールを送った。
 小泉氏が記者会見に応じたのはこの部分が言いたかったからではないか、と勘ぐった見方まで一部に出ていたが、小泉氏の原発ゼロ発言に最も批判的な産経新聞の扱いが比較的大きかったのも、自社の論調に近いこの部分を特筆していたからでもある。
 読売新聞は先に社説で小泉氏の「見識を疑う」と書いて、小泉氏がそれに反論したりしていたので、扱いは小さかったが、のちに同紙の「USO放送」欄に「原発ゼロ 私は再稼動――元首相」 とあったのには思わず笑ってしまった。
 

西山元記者の会見を、各紙ほとんど無視とは

 
 一方、西山元記者の会見は15日、小泉氏とは比較にならないが、それでもカメラの砲列ができ、会見場は記者団で埋まった。西山記者といえば、沖縄返還に絡んでの日米間の密約を暴いて逮捕され、一審は無罪だったが、控訴審、最高裁で有罪判決を受けた人だ。
 西山氏は「沖縄密約の事実が、米国の公文書で明らかになっても外務省の元高官が証言しても、政府は『そんなものはない』と言い続けている。外務省は1200トンもの公文書を秘かに廃棄処分にしてしまったのだ。そんな政府に秘密保護法を持たせたらどんなことが起こるか」と、記者の取材活動まで脅かされる危険性を切々と訴えた。
 秘密保護法は一見、秘密を漏らした公務員を罰するための法律のように見えて、実はその秘密を暴こうとするメディアを牽制しようとするものであることは明らかだ。つまり、記者が秘密を暴こうと取材活動を始めただけで「教唆・煽動」したとして罰せられる恐れが出てくるのだ。そのことがメディアに対してどれほどの恫喝になるか、計り知れないものがある。
 そのことを「国家公務員をそそのかした」として逮捕された西山元記者が、自らの体験に基づく秘密保護法反対論を述べたのである。
 ところが、翌日の新聞を見て驚いた。僅かに毎日新聞が社会面のベタ記事で報じただけで、秘密保護法反対のキャンペーンをつづけている朝日新聞にも東京新聞にも、まったく報じられていないのだ。
 約40年前の西山記者事件のときには「メディアの敗北」といわれ、毎日新聞の部数が減るなどの状況があったとはいえ、その後、山崎豊子作『運命の人』などで名誉も回復し、それになにより秘密保護法の国会審議で森雅子担当相が「西山記者のようなケースは罰せられる」という趣旨の答弁をしたあとだけに、西山記者の訴えをなぜ報じないのか、私には理解できない。
 そう思ってイライラしていたら、ある人が「神奈川新聞はきちんと報じているよ」と知らせてくれた。見てみると、なるほど立派なものである。いまやジャーナリズム精神は大手紙より地方紙に息づいているのだ。
 さらにその数日後、当の朝日新聞にも西山記者の会見記事は有料のデジタル版に載っているという予告が出た。秘密保護法反対のキャンペーンをしているときに、この扱いは理解に苦しむが、それでも報じないよりはましだろう。
 

メディア以上に市民が反対の声あげる

 
 メディアを規制しようとする秘密保護法に日本のメディアがこぞって反対しないのはなぜなのか。原発をめぐる新聞論調の二極分化はまだ分かりやすいが、秘密保護法をめぐる二極分化は、極めて分かりにくい。
 原発と違って、日経新聞は反対に転じたようだが、読売、産経新聞は賛成の姿勢を維持している。日本ペンクラブが反対声明を出し、それに国際ペンクラブも同調したように、およそペンを持つものに「秘密保護」はなじまないはずなのに、そうでない人たちもいるのである。
 特定秘密保護法に対して政府が求めたパブリックコメントは8割近くが反対だったし、各社の世論調査でも反対意見が上回っている。それにもかかわらず、政界では与党の圧倒的な勢力を背景に、強行突破の構えである。
 「みんなの党」や「日本維新の会」などと与党との修正協議が進んでいるが、原則30年で公開の原案が60年になるなどむしろ改悪の方向に行っているようなのだ。こうしたメディアや政界の動きに業を煮やした市民たちが、遅ればせながら声をあげ始めた。
 全国各地で秘密保護法反対の集会やデモが相次ぎ、反対決議や反対声明などが次々と出されている。25日に福島市で開かれた公聴会でも反対意見が相次いだ。福島原発事故で政府が情報を公開しなかったため、どれほど被害を大きくしたか、実例を挙げての反対論である。
 原発関係の情報が秘密に指定されることはなさそうに見えるが、そうではない。テロ対策といえばなんでも特定秘密に指定できるのだ。メディアがそれに迫ろうとすれば、教唆・煽動に問われるかもしれないのだから怖ろしい。
 日本の戦後の民主主義体制が存続できるかどうか、が問われるぎりぎりのところまできているといえよう。
 

猪瀬・東京都知事に5000万円の疑惑

 
 今月のニュースでもう一つ、ぜひ触れておきたいのは、猪瀬・東京都知事に5000万円のカネが渡っていた疑惑である。朝日新聞のスクープで明るみに出たこの事件は、その後、猪瀬氏の釈明がくるくると変わり、疑惑は深まる一方だ。
 猪瀬氏の言い分は、個人的な借金だったというのだが、いまどき5000万円ものカネを無利子、無担保で、借用書もなしで貸してくれるところがあるはずはない。それに、事件の捜査が始まってからあわてて返したというところが、いかにもあやしい。
 記者団の追及に猪瀬氏が言葉を詰まらせているところがテレビ画面でもみられ、メディアの役割がクローズアップされたのもよかった。このところ、政治家の疑惑に対するメディアの記者会見での追及ぶりがおとなしすぎるという声が広がっていただけに、久しぶりの快挙だといえよう。
 途中から腰砕けになったといわれないよう、最後までしっかりと追及してもらいたい。メディアへの信頼回復のためにもメディアのいっそうの奮闘を期待したい。

 

  

※コメントは承認制です。
第60回 安倍政権批判の二つの記者会見――メディアの扱いは?」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    本当に遅ればせながら、メディア関係者からも反対の声が大きくなり始めた秘密保護法案、昨日の衆院本会議で可決。柴田さんのいう「戦後の民主主義体制が存続できるかどうかが問われる」、まさにぎりぎりのラインに来ているのかもしれません。参院でなんとか廃案に追い込めないか、そして仮に成立してしまったとしたときに、どう権利の侵害を防ぐのか…。どちらについても、メディアの持つ役割は大きいはずです。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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