柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

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 中国でメディアの記者になるには国家試験の「免許」が必要とは、私はまったく知らなかった。50年余も記者をやっていたのに、まことに恥ずかしい。10月8日付の朝日新聞の国際面で「新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどの全記者25万人を対象に全国統一の免許更新試験を来年1~2月に行う」という記事を見て初めて知ったのだから。
 その記事によると、これまでは一度免許を取れば再試験の必要はなかったが、今度は不合格になれば免許は更新されず、追試が課せられる。試験で出題のテーマとなる「マルクス主義報道観」は、記者に「共産党中央の方針と政治上一致し、世論を正確に導く」「ニュースと世論を、党の政策に背く道具としては利用しない」ことなどを求めているという。
 この記事を読んで私が真っ先に感じたことは「中国政府もとうとうメディアの締め付けに乗り出したか」という感慨だった。というのは、中国のメディアがいかに党の方針に忠実であれといっても、経済がこれほど発展し、貧富の格差も広がって不正も横行しはじめれば、メディアも黙ってはいられなくなるからだ。
 中国ではこれまで社会の不条理や不正の告発は、ネットでなされるのが通常で、新聞やテレビなどのメディアは控えていたが、メディアの記者たちも我慢できなくなってきたのだろう。不正の告発は記者の使命ともいうべきものだから、それは当然のことなのだ。それに危機感を抱いた政府が先手を打って記者免許の更新という形で締め付けようとしているのではあるまいか。
 ただ、「ニュースと世論を、党の政策に背く道具としては利用しない」といっても、政府高官の汚職の告発などはどうなのだろう。汚職の追放は党の方針のはずだが、汚職や不正の記事がメディアにあふれれば、政府批判に発展することは目に見えている。
 「どんな記事を書いたら記者は『免停』になるのだろうか」などと考えながら、ふと読売新聞に目を転じると、同日付けの国際面に載っていた「中国、不正告発の記者逮捕」という記事が目に飛び込んできた。それによると、広東省広州市に本社を置く新聞「新快報」の記者(38)が8年がかりで調べた政府高官の不正を、当局の管理下にある新聞には書けないため、ネットに実名告発したところ公安当局に連行されたというのである。
 記者が8年も調べたというのだから、不正な事実はあったのではないか。それを新聞にも書かせず、ネットに書いたら逮捕するというのでは、政府のあせりというか、危機感はそうとう高まっているのかもしれない。
 経済の「自由化」がこれほど進んだのに、政治体制は共産党の一党独裁というのがそもそも無理なのだ。そう考えると、政治の民主化のカギは、案外、これまで比較的政府に従順だったメディアの記者たちが握っているのかもしれない、という気がしてきた。
 中国のテレビや新聞などの記者たちが、免許の更新試験などにたじろぐことなく、「メディアの使命は権力の監視にある」という民主社会の普遍的な原理に目覚め、「報道の自由」を求めて一斉に立ち上がれば、案外、政治の民主化は平和的に、スムーズに実現するかもしれないな、と思ったのだ。
 そう思って見ていたら、ネットだけでなく新聞の紙面にも当局の意向に反発する記事が出たということを10月24日付の各紙が報じた。それによると、前記の新聞「新快報」が5月から15回にわたって連載したある会社の不正告発記事に対して会社が「名誉毀損だ」と訴え、書いた記者が公安当局に呼び出されて逮捕されたことに対して、同紙は一面トップで「請放人(釈放してください)」と報じて激しく抗議したというのである。
 同紙は翌日も「再請放人」と一面で報じ、各メディアもそれに同調して当局を批判する論評を報じ始めたが、それに対して党本部が反撃に転じて、まず各メディアに対して「独自報道禁止の通達」を出し、次いで新華社通信を通じて逮捕された記者が「第三者から報酬を受け取って記事を捏造した」と供述したというニュースを流した。各メディアもそれを27日一斉に報じて、当の新快報も一面に小さく「大量の記事は記者の捏造でしたというおわび」を載せたというのである。
 メディアの当局批判も一瞬のうちに終わってしまった形だが、「記者の供述は事実なのか」と疑う声がネットには渦巻いているようだ。このケースの真偽はともかく、記者たちの「報道の自由」を求める動きは決して鎮静化することはあるまい。今後の動きを注意して見守りたい。

日本政府は秘密保護法でメディアの締め付け?

 ところで、振り返って日本はどうか。日本と中国では政治体制がまったく違うが、自民党の一党独裁のような形になって、ちょっと似てきたようなところもある。安倍政権は、改憲、軍備の拡張、武器輸出三原則の廃止などまるで戦前の日本に戻そうとするかのような危険な動きが次々と出てくる。なかでも特定秘密保護法案は、秘密を漏らした公務員を厳罰にするという形で実はメディアの「締め付け」を狙っているようなので要注意だ。
 報道の自由や国民の「知る権利」の尊重などをいくら法案に書き込んだからといって、何が秘密なのかということも秘密であり、その秘密も政府が恣意的に特定できるのだから、それによって報道の自由を妨げ、メディアへの恫喝になることは間違いない。
 政府に都合の悪い情報は隠され、暴こうとすれば処罰されるという形でどんどん拡大解釈されていくというのが、この種の法案の危険なところだ。戦前の歴史がそのことをはっきり物語っているといえよう。
 この秘密保護法に対してメディアの批判が手ぬるいように感じるのは私だけだろうか。折から10月は新聞週間の月であり、日本新聞協会主催の新聞大会が鹿児島市で開かれたのに、賛成する社もあるためか秘密保護法反対の声明ひとつ出さなかった。日本弁護士連合会も日本ペンクラブも反対声明を出しているのに、肝心の日本新聞協会が出さないのだから驚く。
 代わりにというわけではないだろうが、消費税率の軽減を求める「特別決議」を採択した。紙面では消費税の増税に賛成しながら自分たちだけには軽減を要求する。そんなことをしていて新聞は読者の信頼を得られるのだろうか。
 秘密保護法が制定されると、原発関係が真っ先に秘密に指定されるのでないかと心配する声が福島などからあがっている。テロ対策といえば何でも秘密に特定できるからだ。私は今月、福井県大飯原発の見学会に参加したが、入口で写真つきの身分証明書を提示し、カメラも携帯電話も持ち込みを禁止されたうえ、バスの中から海水の取り入れ口をみせてもらえただけだった。秘密保護法の適用はすでに始まっているのかもしれない。

小泉元首相の主張に賛否が逆転した朝日・読売

 原発といえば、小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」を政府に求めるという主張が波紋を広げている。原発推進派の読売新聞は、さっそく10月8日付の社説で「見識を疑う」と激しい批判を展開した。前日の編集手帳でも政務官に登用された息子の進次郎氏にからめて「息子の気持ちが分かる父だったのかどうか」と書いている。
 一方、小泉氏の主張に共感する朝日新聞は、8日の投書欄のトップに「小泉氏の『原発ゼロ』は正論」を載せ、政治面でも「進次郎氏、父の『原発ゼロ』に理解、『自民が変わるきっかけ』」と報じており、後日、社説でも支持を表明している。
 思い起こすのはちょうど10年前。当時の小泉首相が米英両国の始めたイラク戦争を支持し、自衛隊の派遣を決めたことに、読売新聞は賛成し、朝日新聞は反対した。10年の歳月を経て、小泉氏の主張に対する両紙の見解はまったく逆転した形である。
 テーマが違うので、小泉氏が変わったのか、新聞のほうが変わったのか、どちらとも言いがたいが、イラク戦争については開戦の理由とされた大量破壊兵器も見つからず、米英両国とも暗に失敗だったと認めているくらいだから、小泉氏の判断が間違いだったことは明らかだろう。
 今回の安倍政権とは違う小泉氏の新たな主張が、10年後にどう判定されるか、朝日・読売どちらの論調が間違っているのか、これも注意深く見守るほかない。

 

  

※コメントは承認制です。
第59回 中国の「記者免許」で考えたこと――不正の告発は記者の使命だ!」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    ちょうど今週、想田和弘監督もコラムで、映画祭のために訪れた中国での出来事を取り上げ、日本に住む私たちにとっても「他人事とは言えないのでは」と指摘されていました。中国は一党独裁で国民の人権が十分に守られていない、と長らくいわれてきましたが、もはやそれを「大変だけど違う国のできごと」として見ている余裕は、私たちにはないのかもしれません。

  2. ジャーナリズムの規制以前に、憲法9条守れの立場からいうと、中国共産党にはせめて憲法守って欲しいですね。9条つけろとまでは言わないけどさ。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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