柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 参院選に続く都知事選は、小池百合子氏の圧勝に終わった。これまでの都知事選では「後出しじゃんけん」の最後に名乗りを上げたものが勝つといわれていたが、今回は真っ先に手を挙げた小池氏が勝った。
 勝因は、私の見るところ、自民党都連に何の挨拶もなかったとへそを曲げた自民党が「小池氏を推したら除名だぞ」と脅したりしたことが逆に、「自民党に刃向かった人」として支持者を増やしたのではないか、という気がする。
 というのは、東京都民の票は、気まぐれというか、あまのじゃくというか、とにかくこれまでの都知事選でも、全国で初めて革新知事を生んだり、テレビタレントを知事に押しあげたり、意表を突く結果をもたらしたケースが少なくなかったからだ。
 今回は、自民・公明両党が先に手を挙げた小池氏を推さずに、増田寛也氏を推したことが裏目に出たことは間違いない。しかし、自民党内には「小池氏でもいいのだ」と思っている人も少なくないのではないか。
 小池氏を推したら除名だぞ、と言いながら、当の小池氏を除名にはしてないようだから、案外、「わざとやったわけではないが、結果的にはうまくいった」と思っているのかもしれない。
 一方、野党4党が推した鳥越俊太郎氏は、保守分裂の2候補に及ばなかったのだから、予想外の敗北だといえよう。「後出しも、後出し」最後のぎりぎりに名乗り出た候補が、今回は準備不足もあって裏目に出た。
 敗因は、高齢だったことなどいろいろ考えられるが、選挙期間中に「週刊文春」と「週刊新潮」が、鳥越氏の10余年前の行状を非難する記事を載せたことは、選挙結果にどのくらい影響したかはともかく、問題は残した。
 というのは、記事の内容はともかく、その見出しだけが広告の形でほとんどの新聞にでかでかと載り、また、電車内の中吊り広告にも見出しだけが大きく出た。鳥越氏は「事実無根、選挙妨害だ」と検察庁に告訴し、そのことも新聞に小さく載ったが、広告の大きさとは比べるべくもなかった。
 メディアの報道の自由は、規制してはならないが、広告のあり方については、一考すべきかもしれない。テレビキャスターを名指しで非難する意見広告が新聞にでかでかと載ったりする時代だから、なおさらだ。
 小池氏は女性初の都知事ではあるが、その思想信条は自民党でも最も右寄りと言われており、過去には核武装まで容認するような発言まであったと報じられている。かつて、石原慎太郎知事が尖閣諸島の都有地化を図って中国との間を険悪にしたようなことが起こらねばいいが、と心配である。
 小池氏に1票を投じた人たちが、あとで「こんなはずではなかったが」と悔やむことのないことを願っている。

「障害者なんていなくなればいい」という思想の恐ろしさ

 神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員が刃物を持って深夜に侵入し、寝ていた障害者19人を殺害した事件は、何とも言えない恐ろしさを感じさせた、残酷な事件だった。
 とくに「障害者なんていなくなればいい」というナチスのような思想が、いつの間にか日本にも広がっていたことに衝撃を受けた。「ヒットラーが降りてきた」と本人も語っていたそうだから、やはりナチスの思想なのだろう。
 本人の参院議長あての手紙など、犯行を予告するような兆候がいくつもあったのだから、なんとか「犯行を防げなかったのか」との思いが強いが、だからといって、このような犯行が現実に起こると予測することも難しかったとはいえよう。
 ただ、日本の政界には、「ナチスに学べ」といった政治家がいたり、ワイマール憲法の下で「全権委任法」を作ってやりたい放題をやったナチスのように、憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を容認する安保法制を作ったりする政治家もいるので、そんな風潮と無縁ではないのかもしれない。
 とにかく今回の事件を契機に、「障害者なんていなくなればいい」というような思想は絶対に間違っているということを社会全体で共有しなおすことが大事だろう。
 それと同時に、犯人が精神障害者として措置入院させられていたことなどから、「精神障害者は何をするかわからない」といった人権侵害の思想が社会に広がらないよう、社会全体でしっかりと見ていくことが大切だ。

 

  

※コメントは承認制です。
番外編 知事選は小池百合子氏の圧勝、「自民党に刃向かった」形づくりの勝利?」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    先日、第92回をアップしましたが、都知事選の結果などを受けての番外編です。
    「自民党と対決してひとり闘う女性候補」のイメージを押し出していた小池氏ですが、報道によれば、自民党幹部は、小池氏の除名を見送る考えを示した、とのこと。やはり、との思いがぬぐえません。ともあれ、ここから始まる小池都政を、しっかりとウォッチしていきたいと思います。
    そして、相模原の障害者施設での事件。蔓延するヘイトスピーチや政治家の差別的な発言、「生活保護バッシング」などに象徴される弱者排除の空気、そして新自由主義的な、「効率こそすべて」といった雰囲気が、こうしたヘイトクライムにつながった部分はなかっただろうか──。何度も何度も、考え込んでしまいます。

  2. 島 憲治 より:

    難問山積している都政、女性初とか言っている場合ではないだろう。社会的性差の根強さを感じる。そして見逃せないのは「孤軍奮闘」というフレーズだ。都民がこの両面に酔いしれた都知事選であった。                中でも、女性候補の戦略が功を奏したと報じるマスメディアに物を申したい。もう少し、民主主義制度の本質から検証できないものか。女性候補者は手続きを経た結果、排除され、女一人の戦いになったわけではない。始めから女・一人であったのだ。だから孤軍奮闘を装った戦略が功を奏したといえる。更に言えばウソが功を奏したのだ。手続きは表現の自由と相まって民主主義制度にとって重要な要素である。    マスメディアは、ポピリュリズムの土壌を肥やす役割を果たすべきではない。それは自殺行為だからだ。

  3. 妄想が過ぎますよ より:

    鳥越氏の失策は説明責任を果たしてない事と選挙活動においてあれだけ不安材料を露呈して任せられないと判断したから。
    上位3位の中で圧倒的に少ない演説回数。五輪に向け激務が予想される都知事なのに精力的に動けない。年齢の前に体力面に不安がありすぎです。
    政策討論番組の出演拒否。
    また、3人で会った事を自らテレビ番組で発言したのにも関わらず自ら説明会見を開かない。
    この失点はどう考えても取り戻せない。
    また、落選時のコメント。
    あれはないです。自分に投票してくれた有権者を馬鹿にしすぎてます。

    増田氏に関しても都議連がひたすら足を引っ張った結果です。
    ただ、一度だけ盛り返すチャンスがありました。
    石原元都知事の失言の時の対応をミスしてしまった為に取り返しがつかなくなりました。
    あそこで対応を間違えなければ女性票が一気に流れなかったでしょう。

    今回の結果は鳥越・増田両氏の自滅なんです。
    そこはきちんと理解しましょう。

  4. 鳴井 勝敏 より:

    党規に違反した者が当選した都知事選。今度は党規に違反された側が、党規違反した者に対し処分先送り、関係修復を図るというのだ。この構図がよく分からない。        これでは憲法に関して、人権保障を後退させる議論はできても、人権保障をより強化する議論はできない。「法の支配」ならぬ「人の支配」が優先しているからだ。

  5. 多賀恭一 より:

    都知事選挙の結果は、政権与党が民意に添っていない事を証明した。公約違反の野党が、与党以上に市民に拒否されているのだ。事態打開のカギはマスメディアの奮起にある。日本全国に隠れている、指導者にふさわしい立派な人物を国民に紹介する義務を、マスメディアは果たすべきだ。このままでは民主主義が死ぬ。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

最新10title : 柴田鉄治のメディア時評

Featuring Top 10/71 of 柴田鉄治のメディア時評

マガ9のコンテンツ

カテゴリー