柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 憲法違反の安保法案を衆議院で強行採決し、ますます高まっていた国民の反対の声から逃げるかのように、政府・与党は参議院でも強行採決して成立させた。しかし、国会の外で、徹夜で頑張っていたデモ隊が叫んでいたように、これで終わりではなく、始まりなのだ。国民の反撃、司法のチェック、メディアの闘いは、すべてこれからが正念場である。

落ち目の権力者は外に敵をつくって愛国心を煽る

 「落ち目の権力者は外に敵をつくってナショナリズムを煽る」という世界に共通する言葉がある。安倍首相は落ち目ではなかったはずなのに、安保法案の強行で支持率が急落し、落ち目になったと思ったのか、安保法案の審議が参議院に移ってから、しきりと中国の脅威を名指しで強調するようになった。
 また中国の習近平主席のほうも、国民の批判が高まってきたため、抗日戦争勝利記念と称して派手な軍事パレードを企画して、ナショナリズムを煽っているのだ。日中の「落ち目の権力者」同士が相携えて外に敵をつくり、人気の回復を図っているというマンガのような図式である。
 しかし、ちょっと考えてみれば分かるように、日本にとって中国は最大の貿易国である。その中国と戦争するなんてありえないし、緊密な米中関係からいっても米国が許すはずもない。そもそも中国を「仮想敵国」と名指しするだけでも、日本の政治家としては失格だろう。
 参議院での審議の大詰めは、9月15日から18日の深夜まで続いた。まず、15日に中央公聴会、16日に地方公聴会を横浜で開き、17日に参院特別委員会で強行採決、18日参院本会議で相次ぐ問責決議案などを否決したうえ、深夜に安保法案を可決した、というのが大筋の経緯である。それをメディアはどう報じたか。

中央公聴会、NHKは中継せず、読売新聞は奇妙な報道

 まず15日の参院特別委員会で開かれた公聴会は、与野党推薦の6人が意見を述べたが、このうち野党推薦の元最高裁判事・濱田邦夫氏や学生団体SEALDsメンバー・奥田愛基氏といった異色の人選が注目を浴びた。
 濱田氏は「憲法改正の手続きを経るべきものを閣議決定で急に変えるのは問題だ。最高裁で違憲判決が出ないという楽観論は根拠がない」と述べ、奥田氏は「選挙の時には集団的自衛権は争点ではないと言っていたのに…。憲法を無視するのは国民を無視するのと同じだ」と語った。与党推薦の公述人は法案に賛成論を述べたことは言うまでもない。
 この中央公聴会をNHKは中継しなかったのである。もちろん何を中継するか、しないか、NHKに判断の自由はあるが、いま国民の最大の関心事である安保法案が大詰めの段階にきているなかで、議員たちの質疑とは違う第三者の賛否両論の意見を聞くのは、国民の理解を深める上でも有効だろう。NHKが中継をしなかったのは、賛成論に説得力がなく、政府・与党に気兼ねをしたのではないか、と言ったら勘ぐりすぎか。
 新聞のほうはどうか。二極分化するなかで、読売新聞の報道がなんともおかしかった。翌日の紙面を探しても1、2、3面の総合面には1行もなく、4面の政治面にベタ記事でちょっと載っているだけ。それに対して3面の社説には、野党推薦の公述人の発言を厳しく糾弾しているのだ。
 読売新聞の読者は、社説で糾弾されている公述人の発言内容を詳しく知りたいと探しても紙面にはないのだから、きっと戸惑ったに違いない。8月30日の大規模な反対デモを小さく見せるため、前日の小さな賛成デモの写真と並べた姑息な報道ほどではないにせよ、日本を代表する新聞のやることではあるまい。

公聴会後の討論もなく、採決したかどうかも不明の中で

 本来なら中央公聴会も地方公聴会も、法案に対する国民の意見を聴き、それを法案の審議に反映させるためのものだろう。横浜の地方公聴会は、94人の発言希望者の全員が「反対意見」だったというのだから、その発言内容に注目してもいいはずなのに、その報告も聞かずに質疑を打ち切り採決しようとした政府・与党は、ルール違反だといっても過言ではない。
 16日夜の特別委の理事会がもめ、鴻池委員長の職権で17日朝から理事会を再開すると決めて散会したため、17日が焦点の日になった。NHKが17日の朝から深夜までほとんどぶっ通しで国会中継を続けたのは、前々日の公聴会の中継をしなかったことに視聴者から抗議が殺到したからであろうか。
 そのNHKの中継を、私は朝から深夜までじっと見ていた。ほとんどの国民はそんな暇はないだろうから、ニュース番組などで乱闘場面だけを見て「ああ、野党の抵抗は激しかったのだな」と思ったことだろうが、実は、そのほとんどは与党側の仕組んだものだったのである。
 まず、特別委の理事会を通常の理事会室でなく、突然、委員会室に代え、看板をかけなおしたことに野党議員が抗議して午前中はつぶれ、午後1時から再開。鴻池委員長が質疑を打ち切ると宣言したとたん、野党から「鴻池委員長の不信任案」が提出され、賛成、反対の意見表明が続いた。
 野党側からの賛成意見は、たっぷり時間もとり、安保法案の審議を総括するような内容もあって、なかなかのものだった。なかでも福山哲郎議員、山本太郎議員の演説は、「長すぎるぞ」のヤジにも負けず大熱演で中身もあり、大いに聞かせた。
 不信任案の賛成意見はみんな、鴻池委員長の運営は公平だったと絶賛から始まり、こんな策謀をさせたのは誰なのか、と糾弾する形をとっていた。委員会室のドアの外で聴いている鴻池委員長にエールを送り、採決の先送りを求める策謀かなと一瞬思ったが、絶賛の理由に挙げた事実に具体性があって、いわゆる策謀ではなく、大詰めまでの委員長の采配は公平だったことがよく分かった。
 ところが、午後4時半、不信任案が否決されて鴻池委員長が席に戻るや、与党議員がわっと集まって委員長席の周りにスクラムを組み、出遅れた野党議員が近づくのを阻止して乱闘状態になった。そのなかで、イラク派遣の自衛隊の隊長だった佐藤正久議員の手が挙がり、与党議員が立ち上がる姿が見えたが、声は聞こえず、それで採決が終わったとはテレビ画面ではまったく分からなかった。
 それでも与党側の筋書き通りだったのだろう。NHKの中継画面にすぐ「安保法案可決」のテロップが流れ、「なんだ、NHKは与党の筋書きを知っていたのか」と、違和感が残った。あの混乱のなかの僅かな時間で安保法案の可決だけでなく、次世代の党など3党と与党が合意した付帯決議まで提案され、可決されたとはとても信じられなかったからだ。

メディアの二極分化、テレビまで 新聞も『暴走』『迷走』…

 以上が17日のNHKの中継を1日中見ていた私の感想である。18日は参議院の本会議で野党から不信任案や問責決議案などが次々と提出され、一方、与党からは討論の時間を一人10分と制限する動議を出して牽制するといった、およそ良識の府とは思えないような応酬のあと深夜に可決、成立させた。
 その間、民放のテレビ局は見ていないので論評できないが、全体を総括する20日朝の民放各局の報道番組を順次見た結果、テレビ局も新聞同様、二極分化が激しくなってきたな、という印象を持った。それも番組の構成ではなく、局の解説委員の発言に著しい。
 それなら新聞の社説のようにテレビ局にも「局説」の番組を設けて、解説委員も論説委員と呼んだほうがすっきりするのではあるまいか。そのほうが安倍首相の単独インタビューがフジテレビと日本テレビに偏っているという批判の声も減るかもしれない。
 一方、新聞の二極分化はますます激しく、とくに読売新聞の手放しの成立礼賛ぶりには驚いた。成立直後の19日の朝刊は一面に「戦禍を防ぐ新体制」と題する政治部長の論文を置き、大型社説の主見出しは「抑止力高める画期的な基盤だ」というものだった。これでは、安倍政権の機関紙だといわれても仕方なかろう。
 国民世論との乖離についても、選挙公約に安保法制を掲げて大勝したのだから「民意に反するとの批判は当たるまい」と切り捨てているのだ。
 対する朝日新聞も連日のように大型社説を組んで「憲法を憲法でなくするのか」「日本の安全に資するのか」「熟議を妨げたのはだれか」「新たな『始まり』の日に」と激しい政権批判を展開したが、ふと社説のわきの「声」欄に目が行くと、そこには政府・与党の主張とそっくりな意見が連日のように載っているのだ。
 見出しだけ記すと「存立危機事態に備える覚悟必要」(17日)「国際情勢激変、安保法制は必要」(18日)「集団的自衛権の行使は当然」(19日)「安保法制の精神は相互扶助」(20日)。これでは、わざわざ自社の主張を弱めようとしているとしか思えない編集の仕方だ。朝日新聞は昨年のショックからいまだに立ち直れず『委縮』したままなのか。

沖縄問題と拉致問題、北朝鮮に似てきた日本

 安保法案の審議に支障とならないようにと、沖縄の辺野古基地の建設作業を中断して1カ月の『休戦交渉』を申し入れた政府だったが、案の定、交渉の結果は何一つ成果もなく、政府の時間稼ぎに過ぎなかったようだ。
 業を煮やした翁長県知事は、スイスの国連人権理事会に出かけていき、「沖縄への米軍基地の集中は、沖縄県民への人権侵害だ」と訴えた。地方自治体の責任者が自国の政府を人権侵害と訴えるなんてかつてなかったことだろう。それに対して在ジュネーブ日本政府代表の大使がすぐに異議を申し立てた。
 その光景は、偶然のことだろうが、同じ国連人権理事会に北朝鮮による拉致被害者の家族が人権侵害と訴えたのに対して、北朝鮮の代表が直ちに異議を申し立てた光景と二重写しになった。たまたま一昨年、北朝鮮へ取材旅行に行った私は「戦前の日本とそっくりな国だな」という印象を持って帰国したので、この二重写しから「安倍政権になって日本もだんだん軍事優先の北朝鮮に似てきたな」という感想をあらためて抱いた次第である。そういえば、そんな時事川柳も新聞に載っていた。

難民問題に揺らぐヨーロッパ、日本も難民の受け入れを

 もう一つ、今月のニュースで見逃せないのは、アフリカ・中東・ヨーロッパを巻き込む難民問題だろう。なかでもシリアが、政府軍と反政府軍と「イスラム国」が三つ巴の内乱を起こしており、国外に逃れようとする難民が400万人を超えたと報じられている。
 地中海をゴムボートで渡ろうとして遭難死する人も多く、ヨーロッパへの通過国に当たる国々では国境で阻止しようとする動きなど、トラブルが続発している。そうしたなか、EU(ヨーロッパ連合)は一部の反対する国を押し切って、12万人の受け入れを決定した。また、米国も独自に10万人の受け入れを表明している。
 日本は地理的に遠いため、無関係のように見えるが、それでもこの一年間に5000人の難民申請があったという。ところが、そのうち受け入れたのはたったの11人。シリアからも60人の申請があり、認めたのは3人だというのだから話にならない。日本は難民や移民の受け入れに極めて厳しい国として知られているが、米軍の後方支援のために自衛隊を海外に派遣するより、難民を積極的に受け入れた方がずっと国際的な評価も高まるだろうに。
 もともと難民問題の発生した原因の一つは、米英両国が国連安保理の決議もないままイラクに攻め込んだイラク戦争にあり、日本政府もイラク戦争を支持したのだから、責任の一端はあるのだ。

安保法案に対する国民世論はますます厳しく

 安保法案が成立してメディア各社の緊急世論調査の結果が出そろったが、総じて反対の意見がますます増えている。世論調査は、実施主体の意向に沿った意見が多くなるという傾向があるので、読売新聞社の世論調査にひときわ注目しているのだが、その読売の調査でも安保法案の成立を評価する31%、評価しない58%、内閣支持率も支持41%、不支持51%と前回8月調査(支持、不支持とも45%)から支持率が大幅に下落している。国民はしっかり見ているというべきだろう。
 問題はこの国民世論がこれからどう動いていくかだ。政府・与党が期待しているように「成立させてしまえば、国民はすぐ忘れるよ」となるかどうか。安倍首相も祖父の岸信介・元首相の墓に参拝したあと記者団に「これからは経済に全力をあげる」と語った。
 恐らく安倍首相の念頭には、60年安保の大騒動のあと、池田政権の所得倍増政策で世論がピタリとおさまったことがあるのだろうが、60年安保のときにはその間に「岸首相の退陣」があったことを忘れてはならない。
 それに、60年安保のデモは「動員型」だったのに対して、今回のデモは「市民の自発型」だといわれている。いずれにせよ、これからの国民の反撃、司法のチェック、メディアの闘いに期待しよう。

 

  

※コメントは承認制です。
第82回 違憲の安保法案を参議院でも強行採決、成立へ」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    9月17日の参院特別委員会での「可決」については、「参院規則の評決要件を満たしておらず、無効」として、審議の再開を求める署名が大学教授らによって呼びかけられ、3万筆以上が集まったといいます(東京新聞記事より)。それだけ、誰が見ても納得のいかない「可決」だったということでしょう。メディアの報じ方にも、いつもにも増してさまざまなことを感じさせられた1カ月でした。柴田さんが「番外編」として執筆くださった、「8・30安保法案反対全国集会をどう報じたか」もぜひあわせてお読みください。

  2. とろ より:

    ちょっと考えてみれば分かるように日本にとって中国は最大の貿易国である。その中国と戦争するなんてありえないし・・・

    ちょっと考えてみればわかるように,戦前日本は石油をほとんど米国に依存していた。その後,色んな理由から米国と戦争しました。朝日にいたならそれぐらいこと覚えているだろうに,都合悪いことは忘れちゃうんですかね。
    なんでもそうですけど,相手がやることなのに,片方の願望こみで「有り得ない」って決めつけは最も危険です。
    「ないだろうけど,有るかもしれない」。これくらいがちょうどいいと思うんですけどね。

  3. お園 より:

    専門家の方が分かりやすく、今の政治の矛盾を指摘下さると
    納得できる人が増え、声をあげる事ができると思います。

  4. 島 憲治 より:

     「憲法論と政策論の区別を意識して議論することもできていませんでした。どんなに優れた安保政策であっても憲法の枠内で実現しなければならないし、それが政治家の責任であり、それが立憲主義国家の最低限のルールだという、議論に必要な最低限のフレームが与野党で共有できていません。立憲主義というものに重きをおかない人々とは議論がかみ合わないのはむしろ当然でした。」(伊藤塾塾長・弁護士伊藤真「伊藤塾 塾便り通信」)。
     以下は、齋藤孝著・「なぜ日本人は学ばなくなったのか」の一節である。「世界史上、奇跡の一つとされる明治維新と近代化は、江戸時代の人たちが成し遂げたものだ。同様に、敗戦後25年間の驚異の経済復興は戦前に生まれ、教育を受けた人たちが成し遂げたものだ。」                                       では、戦後に教育を受け生きた自分達は、立憲主義破壊を成し遂げたということになるのだろうか。いわゆる「空気的大衆社会」といわれるご時世だ。「学び」の重要性を痛感する。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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