2013年日本/藤岡利充監督
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ピンクをベースにした柄模様のランニングシャツに短パン。ヴァン・マッコイのソウルミュージック「ザ・ハッスル」、ハナ肇とクレージーキャッツの「日本一のゴマスリ男」に合わせ、両手でマラカスを振りながら、ヘッドセットマイクを通して、笑顔とポジティブな気持ちの大切さを説く。
スマイル党総裁・マック赤坂は2011年秋、大阪知事選挙に立候補していた。大阪市長選とのダブル選挙で、大阪維新の会(当時)の松井一郎と橋下徹がそれぞれ圧勝したあれだ。
選挙活動期間が終わろうとしているとき、マック赤坂は、松井・橋下の演説場所に乗り込む。立候補に必要な供託金300万円を他の候補者と同じように払っているのに、主要候補とその他に分けられ、メディアの露出にも差が出るのはおかしい――そう批判するマック赤坂は大阪維新の会に便乗し、路上での交渉の末、大阪維新の会の大勢の支持者の前で10分間の演説をぶつのである。
この映画にはマック赤坂以外に、「選挙では何も変わらない」「自分は選挙民を軽蔑する」と言ってはばからない外山恒一、戦国武将の格好で選挙戦に臨む羽柴誠三秀吉(肺がんの治療のため故郷の青森県で療養中)ら、いわゆる「泡沫候補」と呼ばれる人々が登場する。そんな彼らには実は深遠な思想があった――私はそんなストーリーを予想していたが、スクリーンはマック赤坂の緩い踊りのように、何にフォーカスを絞っているのかよくわからないまま、たらたらと進んでいく。
ところが、その間、私は2回泣いた。
最初は「ロールスロイスの運転手・時給4000円」にひかれてマック赤坂の秘書になった櫻井武に。彼には、18トリソミーという難病ゆえに余命いくばくもない生後数か月の娘がいる。病院でわが子を愛おしそうに抱く秘書の姿に、涙が止まらなくなったのだ。
櫻井は、マック赤坂のゲリラ的な選挙戦に帯同しながら、警察や公安の職務尋問に怯まない男になっていた。大阪維新の会の演説会への乱入についても「悲壮感を漂わして対決しようとしたら排除されるだけ。あそこは笑いでいくしかない」と自分たちがとった戦略を冷静に語る。
もう1回はマック赤坂が設立した貿易会社を経営し、父の選挙活動に批判的だった息子の戸並健太郎に。映画の終盤、2012年12月に都知事選に立候補したマック赤坂は、同時期に行われた衆院選挙向けの安倍晋三と麻生太郎による秋葉原での演説会に現れる。周囲は無数の日の丸の旗と群衆だ。マックは「帰れ!」「ゴミ!」「売国奴!」と罵声を浴びる。
そのとき健太郎が叫ぶのである。
「こっちは一人で戦ってんだ。お前、言いたいことあるんなら、そんなところに隠れてないで、こっちへ来い。表に出て主張してみろッ」
自分の声が群衆の悪罵にかき消されても、たった一人で対峙するのを止めようとしない。彼の姿を私は目に焼き付けておこうと思ったのである。
このドキュメンタリーで描かれるマック赤坂の人をくったパフォーマンスは最後まで変わらない。しかし彼の周りは変わる。そこに作品の肝があるのではないか。
私も、『映画「立候補」』を観る前と後では、自分の目に映る世界が少し違って見えている。
(芳地隆之)