(2012年日本/齊藤潤一監督)
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先日の「奥西勝さん死去」のニュースを聞いてから、この映画のラストシーンが何度も頭の中で再生されて、そのたび胸が詰まるような思いがしている。
1961年の名張毒ぶどう酒事件で死刑判決を受け、無罪を訴えながら先日、死刑囚のまま89歳で亡くなった奥西さんの半生を描いた映画。獄中の奥西さんを仲代達矢さんが、逮捕当時の若いころを山本太郎さんが演じている。どちらも、(あと奥西さんの母親を演じた樹木希林さんも)胸をぐっと掴まれる名演だ。
三重県の小さな集落の懇親会で、振舞われたぶどう酒を飲んだ5人がもがき苦しんだ末に亡くなるという事件が発生。逮捕されたのは村人のひとり、自身も事件で妻を亡くした30代の奥西さんだった。無実を訴え続け、一審では無罪判決を勝ち取るものの、高裁では一転、有罪・死刑の判決が下される。
監督の齊藤潤一さんは、事件についてのドキュメンタリー番組を何本も製作してきたTVディレクター。それだけに、再現ドラマや資料映像を通じて描き出される、捜査や裁判の「おかしさ」には説得力がある。周囲の人たちの証言内容がコロコロと変わったり、証拠とされた鑑定結果に矛盾が生じたり、逆に弁護団の出した鑑定結果がまったく無視されたり…。即無罪とはいかないとしても、新しい証拠や鑑定結果も出てきているのだから、少なくとも再審は認められて当然だったのでは、という疑問と憤りが膨らむ。
実際、2005年には7度目(!)の再審請求を受けて、名古屋高裁で再審開始決定が出されている。ところが翌年にはその取り消しが決定、さらに2010年にその「取り消し決定」の破棄と審理差し戻しが決まるも、2012年に再度再審開始の取り消しが決定される、という紆余曲折を経ている。それだけ、疑義を挟む余地の大きい有罪判決だったとしか思えない。映画の中でも描かれているけれど、ようやく見えた希望を目前で繰り返し奪われた奥西さんの思いはどんなものだっただろうか。
そして、ラストシーン。ネタバレになってしまうけれど、実際の映画では、自由の身になった奥西さんが、ひとり故郷の地を歩く架空の場面が描かれている。けれど、取材でお会いした齊藤監督は「本当は違うエンディングにしたかった」と仰っていた。映画の公開は2013年、前述した「再審開始決定の取り消し」の翌年だ。そこで違う結果─再々度の再審開始決定─が出て、ハッピーエンドの映画にできればと思いながら脚本を書いていたのだ、という。
もちろん、再審が決定したからといって到底「ハッピー」といえるものではないけれど、その時点での最良の展開だったことは間違いないだろう。けれど、その「ハッピーエンド」さえ、もはや永久に成らないことになった。その事実は、あまりにもあまりにも、重い。
劇場公開はすでに終わっているし、DVDも販売されていないようだけれど、1人でも多くの人に見られる機会があれば、と思う(公式サイトから予告編を見ることができます)。まずは10月19日(月)に、東京・霞が関の弁護士会館で上映があるとの情報なので、可能な方はぜひ足を運んでみてほしい。公開当時の齊藤監督へのインタビューも、こちらから読めます。
(西村リユ)