(伊藤真/幻冬舎新書)
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マガ9学校などで憲法の話をする際の著者はびしっとスーツで決めて、背筋を伸ばし、やさしい口調だが、よく通る声で語る。見た目に隙がない。ときに面白みに欠ける印象を相手に与えるのではないかとも思うのだが、本書の「58『服装』『身だしなみ』は説得力の重要な要素」で、
「たとえば憲法についての講演するときも、塾で教えているときと同じビジネススーツにネクタイを身につける。ふつうに生活している人たちの共感を得ようと思ったら、身だしなみもふつうにしたほうがいいと思うからです。『中小企業を経営しているふつうのビジネスパーソンが、護憲を唱えているんだ』と思ってもらえれば、世間的な『護憲のイメージ』を敬遠している人たちも、その主張を受け入れやすくなるのではないでしょうか」
説得とは相手を言い負かすことではない、と著者は言う。互いの共通のゴールを明らかにし、そこへ向かうよう促すことだ。だから、相手と意見が異なっても、「しかし」とか「でも」という言葉を挟まないようにした方がいい。たとえば戦争を放棄するとする憲法9条を非常識だという人に対しては、「たしかに非常識ですね」とまずは肯定する。と同時に、かつては「非常識」とみなされていた「奴隷制反対」や「女性の社会進出」が現在では「常識」になっている事実を示してみる。あるいはアメリカに戦争参加を求められたときの切り札として重要なカードとなる「現実」を語ってみる。
これらは、本書で何度か述べられる、相手の不安や悩みを解消するには「時間軸」や「空間軸」を広げてみるという手法であるが、同時に、反対意見の人を容易に翻意させられると思わない方がいいという指摘も忘れない。
紹介例が憲法に偏ってしまったが、著者は、たとえ相手が家族であっても、自分とは考え方や感じ方が違う「他人」とみて、「言わなくてもわかる」は通じないと心得るべきだと説く。「29息子に説得されてゲーム機を買うことに」で、ゲーム機を買ってもらいたい息子さんが、「親を説得できる3つの理由を挙げよ」という父親に対し、それに答える代わりに質問攻めへと転じ、ゲーム機購入に「うん」と言わせるまでのやり取りは微笑ましい。
本書ではほとんど語られていないが、私自身はこれら68のメソッドは、口説きのテクニックとしても活用できるのではないかと思ってしまった。読んでお試しあれ。
(芳地隆之)