(2012年サウジアラビア・ドイツ/ハイファ・アル=マンスール監督)
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女性が外出するときは黒いヒジャブで全身を覆う。家族の系譜に記されるのは男性のみ。男の子を生めない妻は、夫が第二夫人をもつことに甘んじる――サウジアラビアにおける現実の一面である。
しかし、この映画の主人公である10才の少女、ワジダはそこから少しはみ出している。男性と顔を合わせてはいけないとする女学校に通っているものの、近所の少年と悪ふざけもするし、普段履いている靴は他の女子生徒の黒いスクール用ではなく、スニーカーだ。
そんな彼女がある日、町の小さな店に運ばれてきた新品の自転車に心を奪われる。しかし、サウジアラビアでは、女性が自転車に乗るなどとんでもないという風潮があり、価格は800リヤルとワジダの手が届くものではない。ミサンガをつくったり、上級生がボーイフレンドに書いた手紙を渡してあげたりして、小銭を貯めても、夢の実現には程遠い。
そんなとき校内コーラン暗唱コンテストが開かれることになった。優勝賞金は1000リヤル。劣等生で問題児のレッテルを張られていたワジダは心機一転、学校の宗教クラブに入り、コーランの猛勉強を始める。
どうやってワジダが自転車を手に入れたのかの説明は控えるが、映画の最後、サドルにまたがった彼女がカメラに向ける表情には、物語の始まりでは見られなかった精悍さが宿っていた。厳格なイスラム社会における一人の少女の自由を求めた、ささやかだが、勇気のある行動ゆえだろう。
サウジアラビアでは映画館の設置が禁止されているという。しかもアル=マンスール監督は女性だ。二重三重のハンデを背負ってつくられたこの映画は、しかし、悲壮感を漂わせてはいない。作り手に、社会のハードルをひとつずつ乗り越えていこうとする軽やかさがある。
世界には宗教や慣習によって女性が自転車に乗ることが困難な社会がある。それでも自分の願いを叶えようと知恵を絞り、努力を重ねる少女がいて、そんな彼女を支えてあげようとする少年がいる。
人が悩みや希望を抱えながら生きていることは――その中身が違えども――万国共通だ。知らない国の人間を身近な存在にしてくれる映画って、本当に素敵だと思う。
(芳地隆之)