日本の若者は、政治や社会運動、平和運動には関心がない。
そう言われることが少なくないですが、本当にそうでしょうか?
各方面で活躍する若者に、かれらが取り組んでいる活動の内容や、動機について聞いてみました。
佐藤潤一
(さとう じゅんいち) 1977年生まれ。アメリカのコロラド州フォート・ルイス大学在学中に、NGO「リザルツ」の活動に参加し、貧困問題に取り組む。また、メキシコ・チワワ州で1年間先住民族のタラウマラ人と生活をともにし、貧困問題と環境問題の関係を研究。帰国後の2001年、NGO「グリーンピース・ジャパン」のスタッフに。有害物質問題担当、キャンペーン部長、海洋生態系問題担当部長を経て現在ポリシーアドバイザー。共著に、『刑罰に脅かされる表現の自由――NGO・ジャーナリストの知る権利をどこまで守れるか?』(グリーンピース・ジャパン編+海渡雄一監修、現代人文社)、訳書に『ゴミポリシー』(築地書館)がある。
■「クジラ肉横領」をめぐる逮捕事件の真相
──さて、グリーンピースでの活動についてさらにお聞きしていきたいと思います。
グリーンピースは前回お話を伺ったように、いろんな環境問題に幅広く取り組まれていますが、日本でよく知られているのはやはり捕鯨問題に関する取り組みだと思います。そして、実は佐藤さんは昨年6月、その活動の中で「警察に逮捕される」という経験をされているんですよね。
TVなどでもかなり大きく報道されましたが、実際のところどういう状況だったんでしょうか。罪状は、「宅配便業者の倉庫から鯨肉5万円相当を持ち帰った」という「窃盗罪」でしたよね?
沖縄最大の干潟である「泡瀬干潟」を埋め立てないよう訴えるため、小型ゴムボートで現地を視察に訪れた佐藤さんたち、グリーンピースのスタッフ。 (c)Greenpeace/Masaya Noda
捕鯨問題を含む海洋生態系問題の担当として、日本の調査捕鯨の実態を広く知らせるキャンペーンをやっていたときに、1本の電話がかかってきたんです。「以前に調査捕鯨船に乗っていた」という船員の方からでした。
彼が言っていたのは、「調査捕鯨船では、鯨を捕りすぎて船に乗りきらなくて、余った分を捨てている。“余すところなく使っている”なんて大嘘だ。それどころか、高く売れる部位は船員が持って帰っているんだ」ということ。「無駄に捕って捨てるなんて、ほかの漁では絶対に考えられないことだ」と怒っていました。
それをきっかけに調査を始めて、実態を広く知らせるために、船員さんたちを「横領罪」で告発しようということになったんですね。調査捕鯨は税金でやっている事業であって、そこから鯨肉を持ち帰っているわけですから。もちろん、彼らだけを非難するつもりはまったくなくて、そういうことを可能にしている全体のシステム自体を告発したかったので、今に至るまで船員さんたちの個人名は一切出していないんです。
──それがどうして一転「逮捕される側」に?
証拠集めのために、追跡調査をしていたんですね。捕鯨船から「横領」された鯨肉が一般の人の家に行って、それが居酒屋などに売られるところまでを、写真やビデオで記録しよう、と。それで、捕鯨船から送り出された箱を追いかけて、青森のある運送会社配送所へ行ったわけです。
そうしたら、そこに中身がパンパンに詰まった段ボール箱があった。中身は「段ボール」とか書いてあったにもかかわらず、高級なクジラ肉が入っていたんです。それを目にしたときに、「これを見過ごすのは、そのまま横領を見過ごすことだな」と思って。
──そして、それを「証拠品」として持ち帰った……。
最初はそこまではするつもりはなかったんですが、いったんどこかに配送されて、一般の人の家の中に入ってしまったら、「これは去年の肉です」とかなんとか、何とでも言い訳ができてしまうし、それよりは目の前にあるこれをどうにかすべきだろう、という判断でした。
東京に戻った後、持ち帰った鯨肉を調査レポートと一緒に東京地検に提出し、横領行為の告発を申し入れました。もちろんその時点で、自分たちにも捜査がおよぶことは予想できましたから、警察や検察には「自分たちはこういうことをやりました、取り調べが必要ならいつでも行きます」と伝えてあったんです。だから、取り調べはあるかなとは思ってましたけど、連絡なしでいきなり逮捕とは驚きでした。それも、私たちが告発した横領罪のほうは同じ日におとがめなしの不起訴ですから(※)。
※私たちが告発した横領罪のほうは〜…佐藤さんともう1人のグリーンピーススタッフが逮捕された2008年6月20日、東京地検は佐藤さんらが告発していた「船員らによるクジラ肉横領」について不起訴処分とすることを決定した。
──マスコミでもかなり大きく取り上げられていましたが…
逮捕前日の夜に、テレビ局から電話がかかってきて「佐藤さん、明日逮捕されますよ。コメントください」って言われたんです。その後テレビを見ていたら、「グリーンピースのスタッフが逮捕」というニュースが流れていて、自分の顔写真が出ていました(笑)。
逮捕された後も、青森まで連行される際に上野から新幹線に乗ったんですが、ドアが開いたらそこにTVカメラがあってびっくりしました。その日の朝にあった家宅捜索の様子も、家族がドアを開けるところから全部生放送されてましたね。取り調べが始まった後も、私が話したことがどんどんマスコミにリークされてましたし、「警察がここまで情報を流していいのか」と、すごい違和感がありました。私自身は留置所に入っていましたから、外部のことはわかりませんでしたが、親族は本当に大変だったと思います。
その後、私は結局27日間拘留されていたんですけど、その間、1〜2日を除いてほぼ毎日、朝の8時から夜の9時くらいまで取り調べがありました。そうなるとやっぱり疲れてくるし、「家族に早く会いたいだろう」とか「これを言えば早く保釈されるよ」とか言われたりもする。これでは冤罪が起きるな、と思いましたね。日本の司法というのも、本当に問題だらけだな、と感じました。
絶滅が危惧されているヤンバルクイナの生息するやんばるの森の保護を求め座り込みに参加する佐藤さん。沖縄本島の山原(やんばる)の森では、米軍基地のヘリパッド建設が進んでいる。 (c)Greenpeace
■税金がつぎ込まれる「調査捕鯨」は必要なのか
──さて、佐藤さんがその「全体のシステム自体」を告発したかったという調査捕鯨ですが、日本国内では賛成反対と、意見も分かれていますよね。グリーンピースが「反対」を掲げているのは、どんなところを問題にされているんですか?
日本では、調査捕鯨の実態というのはあまりにも知られていなくて、「日本の近くでやってるんだろう」とか、「捕っているといっても、年に数頭だろう」と思っている人も多いと思うんです。だから「調査捕鯨反対」というと、「海外のやつに言われたくない」とか「鯨がかわいいから食べるなっていうんだろう」とかいう話になってしまうんですね。
でも、実際には日本は、クジラ保護区である南極の海まで行って、絶滅危惧種を含めて年に1000頭近くもクジラを捕っているんです。そういう状況が、日本の中で意識されているよりもはるかに大きく国際的な日本の評判を下げている。それに、調査だというけれど、この20年間で1万頭近く捕り続けてきて、それでまだ調査の結果が出ていないというのは、調査自体がまったく無意味だということを、自ら証明してるようなものだと思いませんか?
──しかも、先ほどの話でいうと、その「調査」のために捕った鯨肉が「余って」捨てられている、と……。
「調査」だから、計画で決めた捕獲数は必ず確保しないといけないという考えなのです。そうでないと、「必要な科学データが十分に集まらなかった」という結論になって、「じゃあ調査の意味がないじゃないか」という国際的な批判を受けることになる。だからとにかく捕るんだけど、その計画された数自体が多すぎるので、船の冷凍庫に入りきらなくて捨てるということになるわけです。
役所が「年末に予算が余るから使っちゃわなきゃ」というのと同じような構図ですよね。そもそも、計画で決められた数というのも、きちんとした科学的根拠があるのではなくて、国際捕鯨委員会で他国から厳しく批判されてきたから、それに対抗する意識で「捕獲数を倍にする」と言ってしまっているようなものなんです。
しかも、問題なのはこうした事業が、さっきも言ったように私たちの税金を使って行われているということです。
──税金ですか。
調査捕鯨の主体になっているのは「日本鯨類研究所」という財団法人ですが、ここには水産庁から毎年5億円以上という多額の補助金が20年以上も流れているんですよ。
──5億円!
しかも、問題の「クジラ肉のお土産」は、船員さんたちだけじゃなくて鯨研の研究者、そして水産庁の職員までがもらって帰っていたということが分かっているんですが、これまでにそうやって持ち帰られた鯨肉は後に水産庁が認めただけでも1年で約2000万円相当になる計算。国土交通省の税金でマッサージチェアを買ったという話だけで問題になるのに、これが問題にならないのはあまりにもおかしい、ということになりますよね。
それから、海洋生態系全体という視点から見れば、実は捕鯨の問題は小さな問題に過ぎないんですね。今、世界の海が置かれている状況というのは本当に限界で、「2048年までに、人間が食べられる魚はいなくなるんじゃないか」と言われているくらいなんです。
──それは、環境の変化でということですか?
それもありますけど、過剰漁業の問題が大きいですね。特に大型の魚は過剰に取られる傾向が強く、捕りつくしてしまうともう回復できません。魚をたくさん食べる日本人にも、すごく身近な問題です。
だから、本来いま税金を使ってやるべきなのは、日本の沿岸漁業をちゃんと守って、持続的な漁業を実現する。そして食料自給率を上げることのはずなんです。そうでなければ、未来の資源を今わたしたちが使い果たしてしまう。それなのに、官僚的な捕鯨にムダな税金が使われている。その分を、持続的な沿岸漁業の再生のために使って欲しいです。
──海洋生態系全体が危機に瀕している今、少なくとも今のような規模で、それだけの予算をかけて「調査捕鯨」を継続する必要があるのか? ということですね。捕鯨問題というと、どうしても文化論的な話になりがちですが、まずその前にそれは環境問題、資源問題でもあるんですね。
外務省主催の「鯨類の持続可能な利用に関するセミナー」会場前にて(2008年3月) (c)Greenpeace
■「楽しそう」「面白そう」な市民運動の形を
──さて、まだこれから裁判の「本番」もありますが、それも含めて、今後やりたいこと、目指すことなどを教えてください。
まずは、やっぱりクジラ肉の件については、まだまだはっきりさせたい部分がかなりありますので……。明らかに悪いことが行われているのに、それがまったく見過ごされているというのは、やっぱり納得できない。裁判を通じて、そのあたりにちゃんと光が当てられるようにしたいと思っています。
あとは、日本の市民運動への社会の認識を、もう少し違うものに変えていければ、と思いますね。
──というと。
日本では、NGOとか市民団体がまだまだ軽視されている部分があるじゃないですか。そこから一歩踏み出したい。まずは、NGOの活動なんかを、真剣だけど楽しそうだとか面白そうだとか、そういうふうにイメージを変えていくことが重要かなと思います。
──佐藤さん自身も、それがさまざまな活動にかかわる第一歩になったわけですもんね。一方、今の日本社会だと、たとえば周りの友人との会話などでも、環境とか平和とか人権とか、そうした社会的な話題は出しにくい雰囲気があったりしますが……。
その意味では、それが今回の事件の利点だったかもしれません(笑)。捕鯨問題とかって、普通に正攻法ではたしかになかなか話す機会をつくれないんですけど、「逮捕されちゃった」というので、「なんでそんなことになったんだよ」と友人に聞かれるので、それが話の切り口になるんですよね。
まあ、もちろんみんなびっくりしますけど(笑)、そうやって議論のきっかけをつくっていくのもNGOの役割だなと思います。ヨーロッパなど海外のNGOはそこがうまいですよね。外に出てアクティビティをどんどんやって、批判もあるけれども、その日の夜にはそのアクティビティについて酒場でみんなが真剣に議論していたりする。そんなふうに話しやすい雰囲気をつくっていくことも大事だな、と。
そしてそれを通じて、もっと市民がいろんなことに対して声をあげられて、その意見が実際に社会のあり方に反映されていくようなシステムを確立したい。そのためには、NGOが政府や企業からきちんと「対等の立場」として見られるようにならないといけないとも思います。
──なるほど。そうやって声を上げながら実現したい、佐藤さんが考える「平和」な社会ってどんなことだと思いますか?
50年、100年先が余裕をもって考えられるような社会ですかね。子供ができてから特にそう思いはじめました。環境問題をあつかっていると、どんなに意見が異なる人でも50年、100年先の目指す社会を議論するとあまり違わないんですよね。でも1年先、2年先を議論すると大きく違う。平和についても同じだと思います。だから憲法9条があることにすごい意義があるんだと思います。これだって「次の世代」を議論しているものですから。
捕鯨母船・日新丸の前で抗議メッセージ「これで調査といえますか?」
2008年4月 (C)Greenpeace / Naomi Toyoda
賛否両論が入り乱れる捕鯨問題ですが、少なくとも感情論ではない、
もっと本質的な議論が必要では? と感じさせられます。
「NGOや市民運動のイメージを変えたい」との言葉にも、
期待したくなりました。
佐藤さん、ありがとうございました!