田原牧●たはら・まき 1962年生まれ。東京新聞(中日新聞東京本社)特別報道部デスク。1987年中日新聞に入社、社会部を経て95年、カイロ・アメリカン大学に語学留学。カイロ支局を経て現職。同志社大学・一神教学際研究センター共同研究員。日本アラブ協会発行「季刊アラブ」編集委員。
政府軍と反政府勢力による内戦で化学兵器までが使用され、11万人以上が犠牲になったともいわれる中東・シリア。国連決議を受けて、国際監視団による化学兵器と製造設備の廃棄作業が始まりましたが、現在も各地では激しい戦闘が続いているといいます。
一時期、アメリカの主導による軍事介入の可能性が高まったときには、イラク戦争を引き合いに出して反対する声も多く聞かれました。その一方で、「イラク戦争とは事情が違う」と指摘する、決して少なくはない声も。もちろん、軍事力に頼った「解決」を支持はできないけれど、同時にその争いにどんな背景があるのか、私たちはもう少し知る必要があるのかもしれない。そんな思いを抱きました。
東京新聞特報部デスクで、長年中東地域を取材してきたジャーナリスト・田原牧さんに、シリアの状況について、そして「アラブの春」の現在について、解説いただいてきました。
■始まりは「民主化を求める若者たちのデモ」だった
――政府軍と反政府勢力が争っていると伝えられるシリアですが、そもそも「反政府勢力」とはどんな人たちなのでしょう?
最初、2011年の3月にアサド政権への民主化要求デモが始まったときは、その中心にいたのは若者たちでした。
1980年代などと比べればずいぶん緩くなったとはいうものの、国際標準的な感覚からすれば、シリアが独裁国家であることは間違いありません。一方、衛星テレビやインターネットによって、国民が海外の情報にリアルタイムで触れられるようにはなった。そこでエジプトの革命などの様子を見た若者たちが、「自分たちもデモをすれば、もう少しのびのび息ができるような社会になるんじゃないか」という思いで立ち上がったわけです。
だから、当初のデモの目的は政府の打倒ではなく、あくまで「民主化と自由を寄越せ」。アサド政権側も、それに対して多少は譲歩しようとする動きがありました。ところが、3カ月も経たずに、デモの主導権は政治、宗教、部族などといった領域で政権と利害対立のあるいわばプロの集団にとってかわられていくんですね。
――どんな勢力ですか?
ムスリム同胞団(※)など政府に非合法化されている政治勢力、腐敗の度がすぎて政権から放逐された政権の「身内」、密輸マフィア、さらには政権からの利益配分が滞った地方の部族集団などがそうです。いまの大統領であるバッシャール・アル=アサドは、父親のハーフェズからの世襲で2000年に大統領の座に就いたんですが、このとき、欧米からの圧力もあって市場原理をある程度導入しました。と同時に、それまで幅をきかせていた「田中角栄型」ともいうべきバラマキ政治――シリアって、もともと部族社会なので――が機能しなくなったんです。田中角栄の時代から突然、小泉純一郎の時代に移行したようなものですね。当然、それまで政権支持派で「バラマキ」の恩恵を受けていた人たちは不満を抱いて、反政府側に回るわけです。
つまりは、若者たちのデモに、いろんな思惑を持った玉石混交の集団が乗っかってきて、徐々にそちらが反政府勢力の中心になっていってしまった。主役が入れ替わってしまったわけで、そこに一つの悲劇があったと思います。
※ムスリム同胞団…エジプトを中心に、中東全体で活動するスンナ派の穏健派イスラム主義組織。2011年のエジプト革命の後に誕生したモルシ政権(2013年の軍事クーデターで崩壊)の中心。また、パレスチナで抵抗運動を続けるハマスも、ムスリム同胞団を母体とする。
――それはいつごろですか?
2011年の6月くらいですね。
そして、さらにその後、もう一つの大きな転機が訪れます。その年の暮れから翌2012年の初めにかけて、今度はイスラム主義者の中でも特に急進的な、日本ではいわゆる「アルカイダ系」として知られる集団が、反政府勢力の中で台頭してくるんですね。その中心になったのは隣国イラクに渡っていたシリア人の義勇兵たち、それに出稼ぎ先の湾岸諸国で過激思想に感化され、リーマンショックでクビになって戻ってきた若者たちです。
そうなると、もう闘争の目的自体が変わってしまいます。民主化とか自由化とかではなく、イスラム国家の建設を目指す戦いになっていくわけです。
「これまでシリアの問題になんか全然関心を払ってこなかった日本人が、いざ軍事介入だとなったら、集団的自衛権の問題との絡みで突然意見を言い始めるのはおこがましい」。
先日、伊勢崎賢治さんにシリアの争乱についてご意見を伺ったとき、伊勢崎さんが(自分はシリアに行ったこともないし、専門家でもないから詳しいことはわからないが、と前置きしつつ)おっしゃっていた言葉です(動画をこちらで見られます)。
もちろん、すべての問題に精通することはできないし(田原さんも「結局は、その国の人が何を食べて、毎日どんなことを思って生きてるのかといったことを知らなければ、本当の意味で問題の理解はできないのかもしれない」といったことを仰っていました)、知ったからといってそれだけで争いを止められるわけではないけれど、機会があるならば耳を傾けるようにはしていきたい。そしてその上で、自分たちに、日本にできることはないのか、考えていきたい。シリアの、エジプトのニュースを見つつ、そんなことを考えています。
最初の頃、アサドが妥協して選挙やった時点で手打ちにしとけば、ここまで酷い事態にはならなかったんだよね。でも周りが煽って選挙否定してしまった。今はなんとか落ち着きかかってるけど、まだ良くわからないね。今アメリカがデフォルトしかけている件、共和党の人質の1つにシリア軍事介入が含まれてる気もする。さすがにオバマは一言もいわないけど、可能性はある。