伊勢崎賢治●いせざき・けんじ 1957年東京生まれ。大学卒業後、インド留学中にスラム住民の居住権獲得運動に携わる。国際NGOスタッフとしてアフリカ各地で活動後、東ティモール、シェラレオネ、 アフガニスタンで紛争処理を指揮。現在、東京外国語大学教授。紛争予防・平和構築講座を担当。著書に『東チモール県知事日記』(藤原書店)、『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)など。近著に『伊勢崎賢治の平和構築ゼミ』(大月書店)がある。
オバマ大統領の「3万人増派」は、予測されていたこと
──12月1日、アメリカのオバマ大統領が、ニューヨーク州ウエストポイントの陸軍兵士官学校での演説の中で、「2010年度までにアフガン駐留米軍を3万人増派し、1年半後に撤退を開始する」という方針を発表しました。伊勢崎さんは、この方針をどうごらんになりますか。
内容的には、ほぼ事前に予測されていたとおりだったと思います。
というのは、オバマがアフガン駐留米軍の司令官に任命した米軍のマクリスタル将軍は、「4万人以上増派しないと確実に我々は負ける。それでも確実に勝てる保障はない」と主張しています。自分が任命した司令官がそこまで言っているのに、増派ゼロということはあり得ません。しかし、4万人出してしまうと、今度は国内の増派反対勢力が黙っていない。だから中間をとって3万人、そしてさらにもう一つの緩衝材料として「撤退」を言ったわけです。
本来、撤退計画を明示した増派なんて、少なくともアフガン戦争の文脈においてはあり得ません。軍事的には完全に崩壊しているし、オバマ自身もそれは分かっていたはずです。それでも、「撤退」を言わないと国内世論が保たないことも分かっていた。だから言わざるを得なかったんです。
増派を決めた時に行った演説は、すごく苦し紛れだったという印象があります。ただ、演説のやり方自体は非常にうまかったし、その方針を出すまでの間、関係者を集めて議論して、悩み抜く姿をちゃんと見せていた。そこが鳩山政権による普天間基地移転問題の先送り──この決定自体は、僕はいいことだと思うんだけど──とは違うところですね。
──たしかに鳩山政権がそのあたりをもっとうまくやれば、「優柔不断」とか言われずに支持率もこんなに下落しなかったのでは、と残念に思います。
さて、オバマ大統領の「苦し紛れ」の方針のもとで、今後の情勢はどうなっていくのでしょうか。
アメリカが単独で軍事的な勝利を収めることは、不可能。すべてはアフガンの隣国であるパキスタン頼み。タリバンはというと、米の「撤退」が分かっているから、その間は、主力部隊はパキスタンに引いておいて「低予算」の自爆テロに徹すればいい。だから、オバマ戦略は、タリバンをアフガニスタン、パキスタン両方から「挟み撃ち」にしないと意味をなさないわけだけど、果たしてそれができるのか。
パキスタンが「協力する」と言ったとしても、米の弱みを握ったことは確実に意識しており、その見返りに軍事支援を求めてくるでしょうし、そうなれば今度はパキスタンと敵対しているインドが反発する。つまり、パキスタンとインド、両方の機嫌を伺いながら戦いを進めなくてはいけない。
そもそも、タリバンそのものをつくり、今でも裏で支援していると言われる、パキスタン軍とその諜報機関にどこまで依存できるのか。でも、依存しなければならない…。本当に、苦し紛れの戦略です。
政治的和解に向けての会議を日本で開催
──アメリカは、ますます難しい局面に突っ込んできてしまった、と・・・。そんな中、今年11月23日には東京で、アフガン問題の解決と和平について話し合う国際会議が開かれましたね。伊勢崎さんは、その主催者の1人でしたが、開催の意義をどう評価されますか。
政治的和解に向けての第一段階としては大成功だったと思います。同じタリバンという問題を抱えながらアフガニスタンとは全く信頼醸成のないパキスタン。イスラム2大聖地を抱えタリバンとも対話可能だが、国内の反王室派にアルカイダ信奉者がだぶるサウジアラビア。タリバンとは敵対関係にあるが、米という存在において「敵の敵は友」かもしれない隣国イラン。そして「敵」と戦う本体のNATOからも、それぞれ閣僚・司令官クラスの実務者たちが集まって、メディアをシャットアウトし非公式会議にしたおかげで、本音トークをすることができた。
例えば、タリバンという「敵」と交渉ができたとして、どこまでタリバンの要求をこちらが呑めるか、みたいなシミュレーションをやる。参加者はそれぞれ国、組織の威信を背負っているから考え方が全然違うわけで、でも、相手はひとつ。その中では一致できない部分のほうが多かったけれど、少なくとも今、どこまでなら最低限一致できるのかが分かりました。今後は、ここで話し合われた内容を、それぞれが実際の内政、外交の場、実務レベルに落とし込んでいく。それが次の段階ということになります。
──東京での開催ですが、日本はどんな役割を果たしたのでしょうか?
会議の主催は中立の「世界宗教者会議」で、日本政府の「ひもつき」ではありません。日本政府も、一参加国として出席したという形です。
ただ、開催場所が日本だったということには意味があったと思います。というのは、ヨーロッパでもアメリカでも、他の国にはアフガンをはじめとする当事国出身の人々のコミュニティがあって、それがロビーグループ、政治集団にもなっている。日本にはそうした利害関係がありませんから、参加者にとっては集まりやすい場所だったといえるでしょう。だいいちテロリストがいない。
──こういう意見もあります。「まだ戦争を続けているアフガニスタンに、日本がのこのこ出かけていって、何ができる? 日本とは文化も歴史も異なるイスラム社会のことは、我々にはわかりっこないのだから。9条を盾にして“放っておく”のがいいんだ」。これは、決して少なくない考えだと思いますが。
それを日本人が言うのは、「正論」だと思いますよ。日本は島国ですし、ディアスポラもいません。アメリカやヨーロッパとは、異なります。
しかし、今回のこの戦いは、核兵器こそ使っていませんが、全世界戦です。基本通念からして我々とはまったく違う「敵」。たとえば彼らにとっての「秩序」が我々にとっての「人権侵害」になるというような相手との戦いで、価値観そのものの衝突という面もある。そこに、全世界が巻き込まれているわけです。
そうである以上、日本だけがアフガンを「放っておく」というのは外交上ありえないし、欧米にそうしろとも言えない。これだけ、アフガン人などイスラム勢力の西洋社会における同化が進んでいる状況、つまり海外の政治問題が西洋社会の政局になる状況で、「放っておく」のは、やりたくても、不可能です。
現在のアフガニスタンは、通常の人道援助をやる治安状況にありません。だから、鳩山政権の例の「50億ドル」のアフガン「民生支援」も、プレッジ(公約)したのはいいが実際に現場で消化するのに困難を極めるでしょう。しかし日本は、アフガニスタンでは、例外的に中立なイメージがあります。「敵」との「講和」が、もし必要な状況になれば、日本しか、その交渉役を担える存在はないように思えます。それは、先の東京会議でも、確認されたことです。
外交選択の一つに「武力行使」を再び選ぼうとしている
──最後に、2009年も終わりということで、アフガン問題のほかに、最近のニュースなどで気になっていることがあれば教えていただけますか。
いくつかありますが、一つは現在、海上保安庁が進めている、巡視船「しきしま」の同型船建設計画についてですね。
今年3月、ソマリア沖に海上自衛隊が派遣された際にも、当初はこの「しきしま」を派遣すべきだという話があったのですが、保安庁にある巡視船はこの一隻だけ。それを送るわけにはいかないということで、結局は自衛艦派遣ということになったんですね。そこで、巡視船の数を増やして、今後はそっちを送れるようにしようというわけです。
ところが、ソマリアへの自衛隊派遣に反対していたはずの与党社民党までが、この巡視船建設計画を後押ししているんだそうです。派遣されるのが海上保安庁の巡視船であれば、「自衛隊派遣」ではないから自分たちの顔が立つから、ということなんでしょうか。
でも、そんなのソマリアの「海賊」たちにとってはどちらでも同じですよ。同じような装備を持った同じような船で、どちらが自衛隊でどちらが海上保安庁かなんて関係ない。問題なのは「武力行使かどうか」なんですから。「自衛隊じゃなければいい」。武力行使という究極の外交選択が、単にメンツの問題に成り下がっている。
ソマリア自衛隊派遣に反対キャンペーンを張った「ピースボート」が、ソマリア沖にさしかかった時、(航路を変更すればいいのに)その自衛隊に護衛された。その「ピースボート」の立ち上げメンバーの一人辻元さんが国交省副大臣で「しきしま」同型船建造…。辻元さんは好きな政治家ですが、これ、シャレにならんでしょう?
「日米同盟」をめぐり実態のない危機感を煽る「マスメディア」
それからもう一つ、普天間基地移設をめぐる交渉が難航していますが、メディアやそれに登場してくる大学の先生や評論家がこぞって「基軸である日米同盟が崩れる。国家をゆるがす一大事」と。「政権が変わって政策が変わるのは当然でも、外交政策は別だ」なんて、米を待たせたら日米の信頼が崩れるなんて、とにかく、やたら危機感を煽る。彼ら、何の根拠もないでしょう。オバマさんだって、今回の増派を決めるのに何ヶ月もかけたのに。
政権交代後、ちょっと前までは、「インド洋の給油活動」の延長停止が、この危機感を煽る対象だった。もう、今ではどこかに行っちゃった感じでしょう?
実は、僕はアフガン問題で、今年になってから、オバマのチームと非公式な協議を重ねてきたのですが、彼らとの本音トークはこうでした。
非NATO加盟国でありながら協力している日本の存在。日本の離脱は、米にとって、緩みつつあるNATOの結束を維持するのに、ちょっと心配。一方で、日本にとって給油活動は一番お気軽な貢献。なにせ、年間80億円で済むし(米は2兆円!)、日本人が死ぬ可能性は全くない。日本には、違憲行為でも米のために無理してやっているんだという気持ちがあるから、米が給油活動でよしと言っている限り、日本はそれ以上の貢献を考えないよ。こう、米側に言うと、給油活動は中止しても「ま、いいか」となる。
結果的に、鳩山政権から、給油活動の10倍にあたる「5年で50億ドル(4500億円)」を引き出した。もともと給油活動は、NATOの本体活動(アフガン本土での作戦)から見ると、まったく目立たないものだから、止めるという決定をしても、全然波風立たない。
このように、実態の無い危機感を煽るメディアは、もう「プロパガンダ」です。
鳩山さんが普天間の決定を引き延ばしている時、メディアは連日、日米関係の悪化を煽りに煽った。しかし鳩山さんの「決定延期の決定」に米報道官が理解を示す表明をしたとたん、すーっと。煽っていた時には、しびれを切らしたルース在京米大使が岡田外相と北沢防衛相に声を荒らげたとまで報道した。これ、あり得ないでしょ?
財政的にも軍事的にも米の属国状態のアフガニスタンで、在カブール米大使がこんなことしたら、次の日には、米大使館に抗議の群衆が殺到、米軍の装甲車にも投石が始まるでしょう。だから、米高官は、そんな高飛車な態度はぜったいとらない。大使なんて、たかが官僚です。ところが、相手政府の閣僚は「民衆から選ばれた人」。米自身、民主主義への信奉から、そして、国家主権の観点から、外交官は、どんなに弱い政府に対してでも、その閣僚に対して、声を荒げるなんて絶対しない。
僕は、この報道はガセネタを誇張しただけと思っていますが、たとえ本当だとしても、メディアは自粛すべきでしょ? 偏狭なナショナリズムを煽る危険性があるから。それを、保守系ならまだしもリベラル系の大手メディアもやる。
とにかく「日米同盟」をドラマ化したいんでしょう。登場人物の愛憎劇みたいに。でも、大手メディアがやることじゃない。
大手メディアのドラマ報道。まさに「プロパガンダ」です。
「マガジン9」では、アフガニスタン問題は「ほっとけない」問題として、引き続き注目し、
伊勢崎さんの発言などを掲載していく予定です。
また、ここ最近の普天間基地移設をめぐる「マスメディアの報道」への鋭い批判についても
読者のみなさんのご意見お待ちしております。