清水直子(しみず・なおこ) フリーライター。プレカリアートユニオン書記長。1973年東京都生まれ。群馬県で育つ。1996年中央大学卒業後、労働関連の専門誌編集部を経て、1998年よりフリーランスに。フリーター全般労働組合、派遣ユニオンの役員を経て、2012年4月にプレカリアートユニオンの結成に参加。著書に『自分らしく働きたい—だれもが自信と誇りをもって』(大日本図書・09年)、『おしえて ぼくらが持ってる働く権利』(合同出版・08年)、『新版 知らないと損するパート&契約社員の労働法』(東洋経済新報社・05年)ほか。共編著に『フリーター労組の生存ハンドブック 』(大月書店・09年)。
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非正規雇用でも働く上でのトラブルを相談できるユニオンがあるということは、ある程度知られるようになりました。一方、これらの「若者ユニオン」は、個別のトラブルを解決する「駆け込み寺」にとどまり、労働条件をよくすることは難しいという限界がありました。
これまでの経験を踏まえて、非正規雇用も若い正社員も職場で仲間を増やし、よりよい労働条件をかちとるための場をつくりたいと結成された「プレカリアートユニオン」書記長の清水直子さんから寄稿をいただきました。
■雇用不安を背景にした全体主義に流されない
この数年、フリーターでも水商売でも働く上でのトラブルを相談できる個人加盟の労働組合があるということは、雨宮処凛さんの本の影響などもあり、ある程度知られるようになった。一方、こうした「若者ユニオン」は、個別の労働トラブルに対処する「駆け込み寺」にとどまってしまい、いわゆる集団的な労使関係を築きにくい、という限界もあった。
働く上でのトラブルについて、会社にお金を払わせたり、謝らせたりして退職するという解決をしても——それ自体はとても意義のあることだが、次の職場もたいていは前と変わらない労働条件。そもそも、別の仕事に就くのも一苦労だ。それならば、今の職場で、仲間と力を合わせて、少しでも将来に希望がもてるような条件を獲得するほうがいいのではないか。
そんな思いで、非正規雇用が中心の個人加盟組合で活動してきた有志が、非正規雇用でも、若年正社員でも、職場で仲間を増やし労働条件をよくするために活動できる場をつくろうと、プレカリアートユニオン(大平正巳委員長)を結成した。
4月9日に行ったプレカリアートユニオンの設立大会では、「非正規雇用、若年正社員の駆け込み寺から砦へ」「誰でも30歳で最低年収240万円を実現しよう」などのスローガンを掲げて、ワーキング・プアからの脱却、希望すれば一人につき一人は子どもを育てられる収入の確保、生活支援の充実などを目指して活動することを決め、連合傘下の全国ユニオン(全国コミュニティ・ユニオン連合会)に加盟した。
また、5月26日には、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんを招いて、事務所のあるユニオン運動センターで設立記念シンポジウムを開催した。プレカリアートユニオンは、「雇用不安を背景とした全体主義に流されないための情報・時間・空間・収入の確保」も目標に掲げている。シンポジウムで湯浅さんは、大阪で橋下徹大阪市長ら維新の会が選挙で支持を広げた理由について、「民主主義の空洞化・形骸化」と「民主主義のしっぺ返し」があると次のように指摘した。
「誰かもっとうまく決めてくれるやつはいないかと、政治家に幻想と幻滅を繰り返した結果として、橋下大阪市長らが支持を得ている。労働組合や市民団体などの組織が、組織に属さない小さい声をきちんと拾わずに軽視してきたことの影響もあるのではないか」
ではそのような「民主主義の空洞化・形骸化」「民主主義のしっぺ返し」には、どう対応すべきなのだろうか。
「このユニオンもそのひとつだが、社会の様々なところに結びつきを作り、非正規の不安定雇用問題、正社員の過酷な労働の問題に共通の課題を見いだしながら解決していくような取り組みが重要。寄り添い型でそれぞれの状況にあったサポートや問題解決を行い、対応を蓄積することが、結果的には社会を強くする。どんな人が立候補しても振り回されない社会を作ることになると思う」と湯浅さんは語る。
■非正規も若い正社員も職場に仲間を
民主主義を活発化するツールの一つが労働組合だ。プレカリアートユニオンの大平正巳委員長は、「日本では4割が非正規雇用になり、20代から40代前半では6割が非正規雇用。非正規雇用は、今や企業に欠かせない力として期待される一方で、有期雇用契約で都合のよいときに捨てられる存在だ。有期雇用の労働者が、労働条件の維持向上を目指して会社に交渉を申し入れても、雇い止めによって職を失う恐れがあるため、在職中に立ち上がる非正規雇用の労働者は少ない。しかし、会社と立ち向かう基盤が奪われているからこそ、働く上での問題を解決するためには労働組合を作ることが必要」と語った。
非正規雇用は、職場で立ち上がろうにも仲間がいないという人がほとんど。会社の意思決定から排除されており、自分がいつまで同じ職場にいるかも分からないので同僚や信頼できる上司からも排除されている。不安定さゆえの問題に対応するには、非正規雇用であっても、自分が今いる職場で労働条件の維持向上に取り組むのが一番効果的。仲間が集まって、交渉力をつければ、会社は簡単には切れない——ということだ。
さらに大平委員長は、「現場を動かしているのは自分たちだという実態に気づいて仲間を増やせば、会社は有期だからといっておいそれとはクビにできなくなる。そして、会社は問題解決のための話し合いに応じてくる。今までは、一方的に使い捨てられる弱い立場だった労働者が、労働組合というツールを使うことで、職場をどうしていくかという利害調整の当事者として、会社と渡り合うことができた。私たちは、法律を変えることも大切だが、実態として職場で力を持つことが非正規・有期問題を変える力になると考えている。不安定な労働者、仲間との結びつきが希薄な若年正社員こそ、今いる職場でよりよい条件を手に入れることが必要。プレカリアートユニオンは、そのために立ち上がる仲間を支援し、共に闘うために結成した」と語る。
利害調整の当事者であろうとすることの大切さ、当事者であろうとする人を支援することの必要性という、民主主義をめぐる問題意識を共有しながらの船出となった。
■「働く」条件は、交渉や争議で変えられる
私は、労働相談を受け、会社と交渉をしてきた経験から、高校や大学の授業で、働く前に知っておきたい労働法、などのテーマでお話をさせていただくことがある。そのときに、これだけは覚えてくださいと毎回言っているのが、「簡単にクビにはできない」「社長が正しいとは限らない」「働く条件は変えられる」ということ。労働者が簡単にクビにされてしまうことが横行しているが、本来そうしてはいけないので、闘いようがある。自分から辞めてしまうのは損だ。社長が正しいとは限らないのは当たり前で、自分の命や健康を守って働くために、何かおかしいと思ったら、そう思った自分の感覚を大事にして、まずは調べてみてほしい。そして、働く条件は変えられる、には、「仲間と力を合わせて」という続きがある。
働く上での法律的な知識は最低限必要なのだが、知っていれば何かあったときに身体が動くかというとそうでもない。例えば、私は1973年生まれのいわゆる「団塊ジュニア」だが、ストライキで身近な交通機関が止まったのを見たことはない。
ストライキを目撃するということは、働く条件は一方的に決められるものではなく、交渉や争議の力によって変えられる、働く上での問題は交渉や争議で変えていけるということを実感する機会にもなるのだが、私の年代でもそれを見る機会はなかった。より若い世代はなおさらだろう。だから、知識と合わせて、仲間と力を合わせて闘えること、解決できることを伝えていきたい。
■生きるためにつながり合い、助け合う
プレカリアート系の労働組合の仲間の多くは、労働や生活の不安定と精神的な不安定の二つの不安定さと向き合っている。
必然的に生存を守る活動にも取り組むことになり、私自身も非正規雇用でも安心して住める住宅確保事業に取り組んだり、生活保護申請の同行もしている。
また、組合員の多くは、働く期間を短く区切られる有期雇用、派遣など間接雇用の拡大により、使い捨てが前提の仕事を転々としてきたため、職場で丁寧に仕事を教わることで徐々に仕事ができるようになり、自信や意欲を持つ、という循環から縁遠くなっている。一方で、簡単な指示だけで要求に応えることが求められる。その上、四〇代、五〇代、六〇代になっても親が死んでも収入が上がる見込みはない。そんな経験や先行きの見えなさから、気持ちが不安定になりやすかったり、人を信頼しにくい仲間もいる。
それでも、労組の活動が、交渉によって自分のおかれた状況を変えられる、仲間と力を合わせて奪われたものを取り戻すことができる、と実感できる場にもなっている。
これからも、様々な不安定さを抱えて働き、生きる仲間が、生きるために、つながり、助け合い、現状を変えるため、書くという仕事と活動の現場を行ったり来たりしながら、生きていきたい。
●プレカリアートユニオンブログ
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電話 03-6273-2517
新宿区愛住町3 B-102
メールでの問い合わせ info@freeter-jutaku.org●参考資料
『自分らしく働きたい―だれもが自信と誇りをもって』
(大日本図書)清水直子著
『おしえて、ぼくらが持ってる働く権利
―ちゃんと働きたい若者たちのツヨーイ味方』
(合同出版)清水直子著