- 特別企画 -

ろくでなし子さんの
再逮捕を考える

漫画家ろくでなし子さんとライター北原みのりさんが12月3日、警視庁に逮捕された問題は各方面に波紋を広げています。北原さんは6日に釈放されましたが、再逮捕のろくでなし子さんは未だに勾留されたままです。表現の自由や表現規制問題に詳しい、ライターの臺宏士 (だい・ひろし)さんより寄稿をいただきましたので、紹介します。

 今日(12月10日)までの7日間は人権週間だった。1948年12月10日に国連で世界人権宣言が採択されたことを記念して、その翌年から日本でも設けられた。皮肉にも漫画家の、ろくでなし子さんが警視庁に再逮捕されたのは、人権週間が始まる前日(3日)だった。
 偶然だったのか、意図的に外したのかは定かではない。いずれにしても、東京では漫画をターゲットにした青少年健全育成条例の改正問題をはじめ、最近は性表現に対する取り締まりが厳しくなっている。もちろん、表現の自由を、憲法21条が保障しているからといって、性表現であっても何でもOKだとは思わない。
 しかし、今回の再逮捕では腑に落ちない点がいくつもある。
 一つは、最初の逮捕をめぐってである。
 今年7月12日に、ろくでなし子さんは企画に協力してくれた人に対して、自らの性器の3Dプリンター用データを提供したことが刑法のわいせつ物頒布罪に当たるとされた。ところが、18日には容疑を否認のまま処分保留で釈放された。裁判所がそれ以上の勾留を認めなかったのだ。
 今日、下着ドロボーでも容疑を認めなければ最長の23日間は留置所暮らしになるほどだ。全国から釈放を求める多くの署名が寄せられる中で、異例の判断だったと言ってもいいと思う。その刑事処分もはっきりしないまま、再逮捕に踏み切ったのはいかにも不自然だ。この間、ろくでなし子さんは逃亡したわけでもない。証拠物は恐らく、最初の逮捕時に家宅捜索して根こそぎ持って行っただろうから、隠滅しようにもできないのではないだろうか。身柄を確保するまでの理由があったのだろうかと疑問を抱く人は少なくない。
 もう一つは、逮捕の根拠となった刑法の条文の適用である。少し長いが引用する。
 刑法175条は「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする」と規定する。
 わいせつ物の「頒布」と「陳列」という2つの犯罪行為を一つの条文にまとめているのでわかりにくいが、要は前者は、わいせつ物を不特定多数の人にインターネットで販売したりすること。後者は、わいせつ物をインターネットで閲覧できるようにする状態を示す。文字通りお店のショーケースなどに陳列した場合も含む。
 ちなみに刑法174条の公然わいせつ罪はいわば、路上で裸になるような行為でこちらは「6ヶ月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金」と格段と軽い。刑法の専門家によると、この違いは、公然わいせつが記憶にしか残らないのに対して、わいせつ物には永続性があるかららしい。
 さて、今回の再逮捕に話を戻す。公然陳列罪が新たに適用された。しかしながら、同じ陳列であってもいつでもどこでもインターネットで見られるケースとは明らかに異なる。今回の場合、一緒に同じ罪の疑いで逮捕された北原みのりさんが経営するアダルトショップまでわざわざ足を運ばなければ、ろくでなし子さんが陳列した「作品」を見ることはできないし、アダルトショップは一般の人が行くような場所ではない。
 今夏にはこんな問題も起きた。写真家・鷹野隆大さんが名古屋市の愛知県美術館で展示した男性器が写った作品を愛知県警が「わいせつだ」として撤去を求めたのだ。鑑賞には年齢制限をして、展示箇所にも特別な配慮をしていたがそれでも許可されず、白い布で覆っての展示に追い込まれた。
 ところで、ろくでなし子さんの作品のように、映像や写真と異なり、リアリティーにかける表現までもがわいせつ物と判断された最近のケースに出版社の松文館が出した成人向けのコミックがある。著者と社長と編集責任者の3人が逮捕された(2002年)。無罪を主張し、最高裁まで争った社長は、罰金150万円(一審は懲役1年、執行猶予3年・2007年)だった。懲役刑から罰金刑となった理由は絵という表現も考慮されたらしい。
 世はインターネット社会。わいせつをめぐる社会の通念も相当、変化してきた。アダルトショップや美術館での陳列や18歳未満の青少年への販売を自粛していたコミックはネット上のコンテンツと比べれば、現実の社会への侵害度は遥かに小さい。
 従って、今回のようなケースでの陳列罪による拘束は、よほどの悪質性が認められない限り、慎重であるべきだろう。一方、こうした作品を見る権利への侵害という観点はもっと強調されてよい。
 ろくでなし子さんは釈放後、記者会見、講演、漫画連載などあらゆる機会をとらえて不当逮捕を訴えてきた。北原さんは6日に釈放されたが、接見禁止のままの勾留が続いている。
 今回の再逮捕は、表現の自由と密接にかかわる。これは、捜査関係者こそ人権週間に考えるべきテーマである。

臺宏士(ライター)

臺宏士(だい・ひろし)1966年生まれ。元毎日新聞記者。著書に『個人情報保護法の狙い』、『危ない住基ネット』(ともに緑風出版)、『秘密保護法は何をねらうか』(共著、高文研)など。

 

  

※コメントは承認制です。
ろくでなし子さんの
再逮捕を考える
」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    刑法175条には「わいせつ物」の定義がされていないことから、「芸術」なのか「わいせつ物」なのかという様々な議論がこれまでにもありました。それにしてもなぜこのタイミングで再逮捕なのか? また「作品を展示」していた店舗オーナーでもある、北原みのりさんもが一緒に「逮捕」されテレビでも大きく報道もされる「事件」になったことについては、疑問や不安を感じずにはいられません。

  2. 負けないで下さい!
    応援しています!!

  3. AS より:

    「わいせつ物」どころか、「わいせつ」の定義さえ存在しません。
    広辞苑でも「わいせつ」とは“みだらなこと”、その「みだら」とは“わいせつなこと”と記されているのみ。トートロジーと化しています。

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