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【スタッフコラム】

あえて「国防」をテーマにした
『相棒 劇場版Ⅲ』に拍手を送りたい

寺川薫(編集者)

 現在公開中の『相棒 劇場版Ⅲ 巨大密室!特命係 絶海の孤島へ』のテーマは、ずばり「国防」です。

 私がネット上で見たかぎりでは、本作はさまざまな角度から批判されていますが、その傾向は大きく分けて二つ。脚本や舞台設定、人物描写など「一映画作品」としての批判。そしてもう一つは国防という「テーマ」とそれに対する「作り手側の意図」に対する批判です。

 それらを読んだうえでも私は、このテーマを、『相棒』というエンターテインメント作品として世に送り出したことについて、大げさな意味ではなく、スタッフ・俳優など本作の関係者すべての方へ拍手を送りたいと思います。

単なる刑事ドラマではなく、社会的な問題を積極的に取り上げてきた『相棒』

 単発の2時間ドラマとして2000年に放送されて以来、今年3月までに12シーズン(全225話) を数える人気ドラマとなった『相棒』シリーズ。水谷豊扮する警視庁特命係の杉下右京警部が、その超人的な頭脳と洞察力をもとに難事件を解決していく刑事ドラマですが、これまでに死刑制度、裁判員制度、冤罪、格差問題、クローン技術と生命倫理、時効制度、犯罪被害者の人権、NGO人質事件と自己責任問題、政治家と警察の癒着などなど多岐にわたる社会的な問題をテーマにしてきました。

 12シーズンも続くほど『相棒』が支持されている理由は、リアルな設定や緻密な脚本にあることは間違いないと思いますが、その時々の、または時代を先取りした社会的なテーマを積極的にドラマに取り入れてきたことも支持を得られた大きな理由と言えるでしょう。

 今回で劇場版としては3作目(スピンオフも含めると5作目)となる『相棒』ですが、1作目はイラク人質事件と自己責任問題を彷彿とさせるテーマで、2作目は警察内部の腐敗や権力闘争を描きました。そして今作は前述のとおり「国防」をテーマにし、「集団的自衛権」や「憲法九条」までをも想起させる内容です。

 東京都の八丈島の先にある民間人所有の孤島「鳳凰島」が今作の舞台。そこには自衛隊出身者を中心とする「民兵組織」が常駐し、訓練を続けていますが、民兵の1人が死亡する「事故」が起こります。民兵組織の不穏な行動を調査するよう命じられた右京は島に潜入し、事故の真相とさらにその裏に隠された「大いなる陰謀」を暴いていきます。

 前述の「二つの批判」のうち、「映画作品」としての批判については、私も同感する部分がいくつかあります。詳細は書きませんが、物語に「大味な展開」があったり、事件の謎解きに関してもツッコミ所が多々あったりします。映画だからこその「張り切りすぎな部分」が裏目に出ているとでも言いましょうか。
 でも、そんなことは「小さな問題」だと思えてしまうほど、本作では「国防」というテーマがズシリと重たく響いてきます。社会的な問題を長年にわたって取り上げてきたこの人気ドラマシリーズだからこそ、国防や安全保障というデリケートな問題を、エンターテインメント作品に違和感なく落とし込めたのでしょう。

「軍事力を拡大すべきだ」という主張に対して主人公・右京の答えは…

 物語の後半で、主人公の杉下右京と対峙する民兵組織のリーダーが、現在の日本の安全保障や国防について、以下のようなことを語ります。
 「この国を守るためには武器を持たなければならない。この国の人々は、自分たちの国が攻められたら、友人が助けてくれると思い込んでいるようだが、その友人は我々に危害を及ぼすかもしれない国と手を組もうとしている。そんな友人が我々を守ってくれるのか」
 だからこそ「自分の国は自分たちで守るしかない」と。

 「友人」とは米国を、「危害を加える相手」とは中国のことを指しているのでしょう。さらには「核兵器を持ってもよい国と、いけない国があるのはおかしい」「本来なら日本は核兵器を持つべきだが、それができないのなら生物化学兵器を持つべきだ」と。そして、それらのことを考えもしないあなた方は「平和ボケという名の重い病に冒されている」と言います。

 日米同盟の強化を目指す安倍首相と考え方は少し違いますが、「他国の脅威」を理由に、今以上の軍事力や軍事的展開が必要だとする点では、まったく同じ発想と言えます。

 これに対して右京はこう言います。
 「あなたこそ冒されていますよ、国防という名の流行病に」

 軍事力による解決を明確に否定し、所詮、命のやり取りによって大切なものを守るという行為は大いなる矛盾を孕んでいるとも言います。
 集団的自衛権の論争がここまで盛り上がってきたなかでの映画公開は偶然でしょうし、脚本は2年前から練っていたというので「安倍政権批判を盛り込んだ映画」などと単純に言うことはできませんが、結果として、安倍首相の進める安保政策を批判する形となっています。

 このセリフや考え方に対しては、以下のような批判があります(ネット上の意見を引用・要約)。

 「目の前の脅威に対して具体的な反論になっていない」
 「(朝日新聞の子会社の)テレビ朝日によるプロパガンダ映画。反日映画」
 「核兵器による平和は悲しいが、警察がいなければ保てない日常生活の市民的平和も悲しい。そんなことに気づかないとは、きわめて幼稚な議論だ」
 「『はやり病』の一言。これで全てが白けてしまった」
 「防衛庁と自衛隊のイメージダウンをはかろうかという糞映画」

 私は、自衛隊を国防軍にすることのデメリットや米国追随を強めることのデメリットを考えて、憲法九条は当分の間は変えないほうがよいと思っており、この映画で言えば主人公の杉下右京と同じ考えです。
 でも、昨今の中国やロシアの動きを目にするにつけ、他国の脅威を理由に「軍隊保持」や「軍事力の強化」を主張する論に対して、全否定することはできないというのが正直なところです。むしろ、中国の脅威を心配する人の気持ちはよく分かりますし、私自身も中国の南シナ海等での行為に対して嫌悪感を覚えています。

 本作に対して私が拍手を送る理由も、何も主人公の杉下右京が軍事力強化を否定したから、ということではありません。刑事の物語でありながら、あえて「国防」というテーマを取り上げた、その姿勢を賞賛したいのです。

 映画の構成としては、軍事力強化を唱える民兵組織のリーダーを主人公がきっぱり否定する形をとっていますが、相手を全否定する描き方には見えませんでした。民兵組織のリーダーは声高に叫ぶことなく、むしろ語り口は冷静で、その姿からは彼なりに真剣にこの国を考えての結論だということがしっかりと伝わってきます。
 軍事力での解決を主張する人物をもっと好戦的な人間として描くことも可能でしょうが、あえてそうしないところも本作への好感が持てる理由です。

 私たちは、たとえば憲法九条に関して、護憲派・改憲派とついつい単純に分けてしまいがちですが、改憲・護憲どちらの立場にしても「日本が平和であってほしい」という思いは同じだと思います。日本の平和を守る、そのための手段をめぐって意見の対立が生じるわけですが、話し合いによって理解し合える余地はまだまだあるはずで、そこからさらなる建設的議論が展開できるのではないか、そんなことも本作を見て感じたことでした。

 エンターテインメントの世界において、日本は欧米に比べて政治的・社会的主張をする作品や発言をする歌手、俳優が少ないのはご存じのとおりです。3・11以降は、原発に対して旗幟を鮮明にする歌手や俳優が出てきましたが、国防や安全保障、そして憲法について態度を明らかにしているのはまだまだ少数です。特に、政府と反対の意見を述べる人はほんの一握りで、テレビメディアを主な活動拠点とする方たちからの政府への異論・反論は皆無とも言えます。

 そんななかでの今回の『相棒』です。本作への批判的な見方があることは理解できますが、エンターテインメントの世界がこうして国防や安全保障をテーマにした作品を世に送り出すことへの異論は少ないのではないでしょうか。
 もちろん、改憲や軍事力拡大を主張する作品が今後出てきてもよいと思います。どんな主義主張であれ、そうしたエンターテインメント作品が今よりももっとつくられることで、いわゆる「無関心層」の考えるきっかけになればよいのではないかと私は思っています。

 

  

※コメントは承認制です。
スタッフコラム:あえて「国防」をテーマにした『相棒 劇場版Ⅲ』に拍手を送りたい」 に4件のコメント

  1. 結論だけいうと、ヨーロッパみたいな国境を越えた連携した市民運動のアジアには存在しないから、恐怖を煽って軍隊がシャシャリ出てくるんだと思うんですよね。そもそも民主化運動の存在すら許されない国もあるわけだし。でもどの国でも「戦争やだな〜」と思ってる人たちはたくさんいるわけで、ナショナリズムの高まりは、同時にその「やだな〜」の高まりでもあるわけなのだから、ナショナリズムの高まりを逆手にとって、今まで存在しなかったトランスナショナルなネットワークを作るチャンスでもやってきてるんだと思うんですよね。それが出来て、各々の国で監視を始めれば、自衛隊も韓国軍も人民解放軍も好き勝手なことができなくなる。

  2. 実川将太 より:

    いつも楽しく拝読しています。
    〈でも、昨今の中国やロシアの動きを目にするにつけ、他国の脅威を理由 に「軍隊保持」や「軍事力の強化」を主張する論に対して、全否定することはできないというのが正直なところです。むしろ、中国の脅威を心配する人の気持ちはよく分かりますし、私自身も中国の南シナ海等での行為に 対して嫌悪感を覚えています。〉
    投稿者には、前回の『永遠の0』の件も含めて、この記事の筆者がなぜ貴誌にコミットしているのか、よくわかりません。
    あと、〈防衛庁〉ではなく防衛省だと思います。
    それでは失礼いたします。

  3. くろとり より:

    改憲派はともかく護憲派に「日本が平和であってほしい」という考えが根底にあるとは到底思えません。改憲派にもごく一部に戦争を積極的に求める連中もいるのかも知れませんがそんな連中はごくごく一部です。しかし、民主主義で出来た日本の政府を否定する割には民主主義ですらない他国の政府を信用し、日本政府の言うことは何一つ信用しないくせに他国の政府の言うことはたやすく信用する。
    挙句の果てには世界に対し、日本の悪口を言いふらす連中が大多数なのに何処を信用しろと?
    正直、護憲派の連中は日本を否定し、外国に売り渡す事を目的にしているのではないかとすら思えます。

  4. Rrrrrrrrr より:

    結局ブログ主や杉下右京が、軍事力拡大論に対して何ら有効な反論をできていない。
    流行り病、と捨て台詞で侮辱して終わるなんてテキトーを通り越して、
    もはや杉下さんのキャラすらも破壊していた。

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