時々お散歩日記

 ついに安倍内閣は、中長期的エネルギー政策の在り方を示す「エネルギー基本計画」を4月11日、閣議決定した。多分、のちの世で、この国を誤った方向へ導くことになった原因のひとつとして記憶されることになるだろう。
 この計画の冒頭には、こんな文言がある(朝日新聞4月12日付より引用。以下同じ)。

【はじめに】 政府・原子力事業者はいわゆる「安全神話」に陥り、十分な過酷事故への対応ができず、悲惨な事態を防ぐことができなかったことへの深い反省を一時たりとも放念してはならない。

 正直、よく言うよ、である。
 もう報道されたのでご存知の方も多いだろうが、実はこのくだりは、叩き台の段階では文頭にあったものの、原発推進派議員や経産省の強い抵抗で、【はじめに】からは外され、ずっと後ろの目立たない部分に押し込められていた。さすがに批判を浴び、ようやく復活したという経緯があった。批判がなければ「深い反省」は、文字通り「後回し」だったろう。
 もしほんとうに、政府や電力会社に「深い反省」があるのなら、せめて
 「深い反省を踏まえて、原発再稼働は、福島原発事故原因の究明が完全に終了した時点まで凍結することとする」
 というくらいの覚悟を示すべきではないのか。まあ、ないものねだり、というしかないけれど。

 そして、計画はこう続く。

【原子力】 運転コストが低く変動も少なく、需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源。

 これも当初は「基盤となる重要なベース電源」という表現だったのが、批判を浴びて書き直され、「ベース電源」が「ベースロード電源」に変わった。「ベースロード」とは「常に安定した電力を供給できる」というものだという。つまり、原発は「安定電源」だというのだ。
 あれだけの悲惨な大事故を起こしながら、なお「安定電源」だと言い切る根性には恐れ入るしかない。
 福島原発事故による停電はどれだけ続いたか。さらに、その後の計画停電は、人々の暮らしにどれだけ深刻な影響を与えたか。いったい、原発のどこが「安定電源」なのか。
 それを考えれば「ベースロード電源」という言い方のまやかしが分かるだろう。

 さらに、詐術がある。
 「運転コストが低く…」と書かれていることだ。確かに、一度動かしてしまえば、直接コストはそれほど高くないとの計算がある。例えば、2010年の経産省資源エネルギー庁が試算したところによれば、次のようになる。

原子力=5~6円
火力=8円
水力=8~13円
太陽光=49円
風力=10~14円
地熱=8~22円

 しかし、大島堅一立命館大学教授の研究ではまったく違う。

原子力=10.68円
火力=9.90円
水力=3.98円

 原発電力が決して安くはないということは、もはや常識の域に達している。むろん、それでも安い! と言い張る人はいるけれど、ならば、その人たちには、きちんとした計算式を提示してほしいものだ。
 原発電力のコストが決して安価ではないという理由を、以下に簡単に書いておこう。

 原発には、直接の運転コストではない様々な(他の電源にはない)費用がかかっている。それをコストに入れない計算で「原発電力は安い」というのは、どう考えてもごまかしにすぎない。
 まず、他の電源と比較すれば、原発の建設費は数倍にも及ぶし、原発関連費の多様さは他の電源とは比べようもない。
 経産省は1kwhあたり1~2円ほどのバックエンド(事後処理)費用は発電コストに含まれているというが、すでに2.2兆円以上もの費用をかけながら何度も運転延期を繰り返す六ヶ所村の再処理工場費用(電事連でさえ最終的には10兆円以上かかると言っている)などを考えれば、バックエンドコストがそんな額で済むはずもない。
 そのほかに、電源3法などで使われる地元対策費、電力会社が秘密裏に原発立地自治体へ落とす寄付金、いわゆる原子力ムラへの交付金その他、高速増殖炉「もんじゅ」の維持・管理費、高レベル放射性廃棄物処理費、MOX燃料加工費、使用済み核燃料の中間貯蔵費などが、現在でも直接的に負担せざるを得ない原発関連費用だが、これらがコストには入れられていない。
 また、廃炉費用も問題だ。東海原発(16.6万kw)はすでに廃炉作業に入っているが、費用は約1千億円と試算されている。とすれば、100万kw級の原発廃炉費用はどれくらいになるのか。少なくとも2千億円はくだらないと見る研究者が多い。
 さらに、福島原発事故対策費は、現段階ですでに5兆円を超えているはずだが、最終的に13兆円超とも言われている。なぜ「とも言われている」などとあいまいにしか書けないのかといえば、福島原発事故の処理費は、単に事故原発の廃炉費だけではなく、被災された方々への補償に、いったいどれくらいかかるのかがいまだに分からないからなのだ。
 金額で人の人生は決められないし、失われた故郷をカネで買い戻すことなどできはしない。それでも、原発被災者たちへの補償や子どもたちの健康のケアなどは、いくら多額の費用がかかろうとやらなければならないし、それが電力会社と政府の絶対的な責任だろう。
 これらを合算すれば、いったいいくらになるのか。
 その上、あの小泉純一郎元首相が目覚めたように、使用済み核燃料の最終処分費用は、まさに計算のしようもないほどの天文学的数字になる。10万年ともいわれる核燃料の保管期間、このコストを計算できる方がいるなら、ぜひ教えを乞いたい。多分、「兆」という単位では済まないだろう。
 以上のことを考えれば、原発を「安定電源」であり「低コスト」などと主張するこの「新エネルギー基本計画」がいかに不思議な代物であるか、分かってもらえると思う。
 
 問題点は多々あるけれど、もうひとつ指摘しておかなければならないのは、再生可能エネルギー(自然エネルギー)への冷淡さだ。計画からは、原発に代わる重要なエネルギー源としなければならないはずの再生可能エネルギーの導入目標が抜け落ちてしまっている。
 これも原発重視の基本計画の隠された点だ。
 そして最後に、ついに生き残ってしまった高速増殖炉「もんじゅ」や使用済み核燃料の最終処分の問題。「もんじゅ」が徹底的な金食い虫で、何の役にも立っていないことは、もはや隠しようもない事実。これについて、計画は以下のように触れている。

【核燃料サイクル】 核燃料サイクルは再処理やプルサーマルを推進。
 「もんじゅ」は廃棄物の減容・有害度の低減や核不拡散関連技術の向上のための国際的な研究拠点と位置づける。
 高レベル放射性廃棄物は国が前面に立って最終処分に向けた取り組みを進める。使用済み核燃料の貯蔵能力の拡大に向けて政府の取り組みを強化。

 日本以上の原発大国であるフランスさえ高速増殖炉研究「フェニックス計画」を断念、運転は不可能と結論した技術なのだ。それを「国際的な研究拠点」とどうやって位置づけられるというのだろう。
 もし「もんじゅ」を廃炉にしてしまえば、原子力ムラが「最終的な命綱」とする「核燃料サイクル」が崩壊してしまう。なんとかそれだけは避けようと、政官財学が一体となって必死にしがみついている、という構図なのだ。「もんじゅ」が放射性高レベル廃棄物の減容化につながるとは、ほとんどの研究者が信じていない、それこそ「夢(幻想)」だ。
 この「もんじゅ」には、これまですでに1兆円以上のカネがつぎ込まれ、現在でも毎日(毎月ではない!)5千万円を超えるカネが維持費として使われている。まさに金食い虫なのだ。

 これが、おおざっぱにみた政府(経産省)の「新エネルギー基本計画」の中身である。
 あれほどの悲惨な原発事故を忘れ、もう一度、原発大国へ戻ろうとする日本という国の政治家や官僚たち。
 未来を語り、夢を紡ぐという、政治家や官僚たちが持つべき本来の資質は、もう「夢の中」にしか存在しないのだろうか。
 少なくとも「エネルギー基本計画」を作った連中の頭の中に、残念ながら「未来」はない。あるのは「現在の利」だけ……。

 

  

※コメントは承認制です。
176 「エネルギー基本計画」を読む」 に3件のコメント

  1. 関あかね より:

    なんていうことだ、ああ、だれかこの(政府の)暴走を止めてください。いえ、みんなが、気付くべきなのだ

  2. kamo より:

    燃料電池があります。原発は要りません。co2問題も、温暖化問題も、エネルギー問題も全て解決します。
    考えてみてくれませんか。

  3. えいみい より:

    生命が生きるために必要な土や海や水をこてんぱんに汚す原子力をまた必要だという政府。命を汚す行為です。誰がこんなことを望んだのでしょう。狂気の世界が今の日本です。さよなら人類。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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