わたしたちの日韓

歴史認識をめぐる論争、ヘイトスピーチの蔓延…
近年で最悪ともいわれる状況を迎えている日韓関係。
けれど、こんなときだからこそ、
国境を越えた「わたしたちの日韓」という視点が必要だーー。
在日コリアン3世のルポライター、姜誠さんはそう語ります。
対立する二つの国の国民同士ではなく、
「日韓」という一つの地域に暮らす住民として、
この地域に、お互いの国に、どう平和を築いていくのか。
連載を通じて、じっくり考えていきたいと思います。

第5回

日韓首脳会談を成功させるには

雪解けムードを演出した政治妥結

 6月22日は日本と韓国が国交を正常化して50周年となる日でした。
 この3年間、日韓では首脳会談が開かれないほど、両国間関係が悪化していました。
 そうした情勢を反映して、22日には東京とソウルでそれぞれの大使館が主催して修好50周年を祝う式典が予定されていましたが、安倍首相、朴クネ大統領ともに出席を見送るという険悪なムードでした。
 ところが、前日の21日となって急転直下、両首脳の式典出席が決まったのです。
 呼び水となったのは、「日本明治期の産業革命遺産」の世界遺産登録問題でした。
 登録をめざす日本に、韓国は強く反対していました。その経緯はこのコラムの第2回に書いた通りです。
 しかし、韓国のユンビョンセ外相が21日に急遽来日し、岸田外務大臣と4年ぶりの外相会談を開き、政治妥結が図られました。韓国が問題とする1910年以降の朝鮮人強制徴用の史実も展示に反映させることを条件に、韓国が日本の遺産登録を積極的に支持することが合意されたのです。
 このことをきっかけに、22日の式典の日韓両首脳の参加実現どころか、日韓首脳会談を年内に開こうという気運も高まっています。やっと日韓の間で、外交交渉らしい交渉が実現しました。
 ユネスコ世界遺産委員会21カ国のうち、日本の申請登録に賛意を示していたのはインド、ベトナムなど12カ国にとどまっていました。さらにその後、セネガル、セルビアといった国々も態度保留に転じる動きを見せ、可決に必要な3分の2以上、14カ国の支持を得るのは難しい状況となっていました。ドイツをはじめとする委員国の多くが遺産登録が政治問題化することを嫌い、日韓が事前に調整し、問題解決することを求めたのです。
 韓国も委員国であり、ここで韓国が全面支持に回れば、日本の遺産登録は実現します。韓国の提案を日本が受け入れるメリットは十分にあったのです。
 一方の韓国はMERS感染症の対応への不手際から、朴クネ政権の支持率は政権発足以来、最低の29%に下落していました。日本との関係改善が遅れていることへの国民の不満も大きく、ここで目に見える成果を上げ、ポイントを稼ぎたいという事情がありました。
 世界遺産登録問題をめぐる政治妥結は日韓政府だけでなく、日韓の国民にとってもよい妥協となりました。

追試に向けた仮合格にすぎない

 とはいえ、この雪解けムードを手放しで喜ぶことはできません。
 世界遺産登録問題を取材していて、ある自民党関係者からこんなぼやきを聞かされたことがあります。
 「なぜ、こんなことが日韓の懸案になるのか? 以前なら、日韓の外務担当者などが事務レベルで事前調整し、政治問題化することはなかった。安倍首相、朴クネ大統領の組み合わせになってから、政治対立がエスカレートしている。問題を解決するのが政治家の仕事なのに、政治家がかえって問題をこじらせている。政治が機能していない」
 その通りだとわたしも思います。とくに日韓の両リーダーの責任は重いと思います。
 安倍首相には強硬な態度が目につきます。今回の一連の政治妥結でも、官邸サイドでは「待っていれば、韓国側がいずれ折れてくる」という声が少なくなかったと聞いています。
 朴クネ大統領には頑なな態度が目につきます。対日外交では原則論を振りかざすだけで、事態打開に向けて自らが主導的に動くことはありません。そのため、国内の保守陣営からも「慰安婦問題などの歴史認識問題と、日韓の安全保障、経済問題は別トラックで交渉すべきだ」という批判が高まっているほどです。
 そして両リーダーに共通する決定的な弱点。話すことばが空疎で、人々の胸にまったく響かないのです。
 今回の政治妥結で、日韓関係は改善しました。とはいえ、満点の内容からはほど遠い。辛うじて及第点に届いたというだけで、この先には「追試」が待っています。それは日韓首脳会談です。
 この「追試」を安倍首相、朴クネ大統領がどうさばくのか、日韓に暮らすわたしたちは注視せざるを得ません。

日韓首脳会談を成功させるポイント

 それでは日韓首脳会談を成功に導くにはどうすればいいのでしょうか? ポイントはいくつかあります。
 まずは両首脳は私的な欲求や思惑を封じなければなりません。祖父の岸信介首相の遺志を継ぐかのように、戦後レジュームからの脱却と「戦争できる国づくり」へとひた走る安倍首相と、父である朴チョンヒ大統領にまつわる親日批判を払拭し、その再評価を願う朴大統領。ふたりはともに自己の政治目標を達成するため、過度なナショナリズムに訴えることで、政治家としての求心力を高めようとしているように見えます。ここ数年、日韓ともにリーダーの政治ぶりには、いたずらにナショナリズムを煽るポピュリズム的体質と、人権侵害も辞さない強権的な手法が目立つのです。
 そのせいで日韓間に不和のタネがまかれ、二国間の交流や協働が阻害されるとしたら、これほど罪なことはありません。
 首脳会談の議題の設定も大切です。
 会談成功の成否を握るのは慰安婦問題です。ただ、この問題をめぐる日韓政府の立場の隔たりは大きく、双方の国民の認識や感情も落差があります。とても一朝一夕に解決しません。
 もし韓国の世論が納得するなら、首脳会談にはあえて議題として取り上げないという選択肢もありえるでしょう。
 そうではなく、慰安婦問題を取り上げ、一定の解決を目指すというのなら、焦点は「責任」の取り方になります。
 安倍首相は河野談話、村山談話はともに継承すると明言しています。つまり政府として、慰安婦問題への関与と責任を認めるということです。
 ただ、その「責任」の取り方をめぐっては、「法的責任」を求める韓国と、「道義的責任」にとどめたい日本の間で対立していました。韓国が「道義的責任」では真の謝罪と補償にならないと反発する一方で、日本側は「補償問題は65年の日韓条約ですでに解決ずみであり、『法的責任』は取れない」と、拒否の姿勢を示しているのです。
 もし首脳会談で慰安問題の解決を目指すのなら、この「法的責任」と「道義的責任」の中間あたりの「責任」を模索することが、妥結の落としどころとなるでしょう。「法的責任」というキーワードに固執せず、日本政府の取る行動が実質的に「法的責任」と変わらないものであればよいのです。これなら、日本も受け入れ可能で、日韓条約が定めた日韓間の法的安定性も損なわれません。

日韓が互いの心情を「想像」することの大切さ

 日韓首脳会談を成果あるものにするためには、政府だけでなく、日韓に住むわたしたち、一人ひとりの努力も必要となります。双方の国民が相手に対し、その心情を思いやる「想像力」を養う努力です。
 日本国内では韓国に対して、「過去の歴史については、すでに何度も謝罪してきた」、「いったい、いつまで謝ればいいんだ」という不満が高まっています。
 実際に村山談話ではかなり踏み込んだ形で、過去の植民地支配について謝罪と反省が表明されています。多くの植民地を経営したかつての列強国も、じつは自らの植民地支配を明確な形で謝罪していません。過去の歴史に真摯に向き合ったとされるドイツでさえ、その謝罪は主にナチスの戦争犯罪が中心であり、他の植民地支配の歴史については積極的に触れてはいません。
 その点で、過去の植民地支配を謝罪した村山談話は際立っています。わたしはこの村山談話で日本は世界に謝罪の意を十分に伝えたと感じています。
 元慰安婦への償い事業を行ったアジア女性基金の動きについても、不十分な点はあったとしても、国民からの寄付による償い金に加え、首相のお詫びの手紙が用意され、国庫から福祉医療援助費などが支出された点などを考えれば、実質的に日本政府が「法的責任」を認めたに等しい内容だったと考えます。河野談話の発表からアジア女性基金が動き出すこのプロセスで、慰安婦問題を解決できなかったことは本当に残念なことでした。
 ただ、こうした日本の取り組みが韓国で十分に認識されているとは言えません。日本に住み暮らしてみるとわかるのですが、わたしは過去の歴史に真摯に向き合おうと努力する日本人は多いと実感しています。
 ただ、韓国内ではその対極にある一部の動き――歴史修正主義的な動きのみが大きく喧伝され、それが日本全体の姿として受けとめられる傾向があります。
 先日、ドイツのメルケル首相が来日し、隣国との関係改善の秘訣を聞かれ、こう答えました。
 「ドイツが過去の歴史ときちんと向き合ったことに加え、隣国(フランス)の寛容さもあったからだ」
 韓国人にとって、傾聴に値することばだと思います。なぜ、多くの日本人が「何度謝ればいいんだ」という怒りを口にするのか、このメルケル首相のことばに照らし合わせてその心情を「想像」し、自分たちの日本とのつきあい方に欠点はなかったか、内省してみる必要があります。ドイツに対してフランスが寛容を示したように、韓国もまた日本に対して寛容を発揮する必要があるのではないでしょうか?
 一方の日本側もまた、韓国の人々の心情を「想像」してほしいと思います。
 50年前に締結された日韓条約では植民地支配の責任をあいまいにしたい日本と、日本から資金を導入し、経済復興を急ぎたい韓国の思惑が一致し、歴史清算は果たされないままに終わりました。当時、日本でも韓国でも激しい反対運動が起こったのは、その動きが「不正義」と映ったからでした。
 そのことを多くの韓国の人々はいまも痛みとして感じています。この「貧しさから抜け出るために、過去の歴史清算をきちんとできなかった」との忸怩たる韓国国民の思いが、日本に歴史の直視を迫る動きとなって噴出しているのです。
 ところが、そんな韓国側の思いに、日本側は「すべて日韓条約で解決ずみ」との主張を崩しません。国際法は重く、両国が合意して締結したのだからその主張は当然ですが、その主張を聞くたびに、韓国の市民社会は痛みと反発を覚えているという事実を日本の人々には「想像」してほしいと思います。
 外交は内交によって左右されます。安倍政権と朴クネ政権がいかに対立しても、日韓のひとびとが互いの心情を「想像」し、歩み寄りの姿勢を示せば、外交当局者もそれを無視できません。
 外交は民間でも可能なのです。むしろ、政治が機能していない時こそ、民間による外交が大切となります。
 日韓の人々が互いの心情を思いやり、「想像」し、協働することこそが本コラムのテーマである「わたしたちの日韓」の形成につながるのです。日韓国交正常化50周年を迎え、そのことを改めて認識しています。

 

  

※コメントは承認制です。
第5回 日韓首脳会談を成功させるには」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    ひとまずは最悪の時期を脱した、かとも思える日韓関係。しかしもちろん、ここからが「本番」。〈話すことばが空疎で、人々の胸にまったく響かない〉リーダーたちだけに丸投げしておくわけにはいきません。互いの心情を「想像」する努力を、どれだけ重ねていけるかーー。それは、私たち一人ひとりにかかっています。

  2. とろ より:

    遺産登録,韓国国内まとまりますかね~。
    もう,与党の議員から反対姿勢が明確にでているようです。
    来年韓国総選挙らしいですし,今の大統領の共に沈みたくない人達はたくさんいるでしょうから,
    一筋縄ではいかないだろうな。

  3. 大曽根 より:

    >日本側は「すべて日韓条約で解決ずみ」との主張を崩しません。(中略)その主張を聞くたびに、韓国の市民社会は痛みと反発を覚えているという事実……。
    賠償してしまうと、条約が無効になってしまい、それをさけるため、アジア女性基金をつくって対処しようとしたのに、韓国内の反発で崩れたと記憶しております。日本は原理原則を大事にする国民だから、韓国の市民レベルが進化しないと、現状より前進するのは無理なんじゃないかな~?

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姜誠

かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。

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