わたしたちの日韓

歴史認識をめぐる論争、ヘイトスピーチの蔓延…
近年で最悪ともいわれる状況を迎えている日韓関係。
けれど、こんなときだからこそ、
国境を越えた「わたしたちの日韓」という視点が必要だーー。
在日コリアン3世のルポライター、姜誠さんはそう語ります。
対立する二つの国の国民同士ではなく、
「日韓」という一つの地域に暮らす住民として、
この地域に、お互いの国に、どう平和を築いていくのか。
連載を通じて、じっくり考えていきたいと思います。

第3回

原発の安全基準をどう考える?

和解の「押し売り」でなく

 このコラム連載の初回に、「わたしたちの日韓が必要なワケ」という一文を書きました。
 それを読んだという方から、こんな指摘を受けました。
 「日韓の間が険悪になっているのは、それ相当の理由があってのこと。上辺だけの和解なら、最初からしない方がよいのでは?」
 そのことばを聞いて、「ああ、初回のコラムで書き漏らしていたことがあった。説明不足だった」と気づかされました。まずはその補足をしてみたいと思います。
 わたしが連載第1回目に日韓の人々が「互いの言い分に耳を傾けて争いや対立のタネを少なくし、少しでもよりよい関係を築いていくべき」と書いたのは、とくに仲良くなりたいとも思っていない人たちに、むりやり和解を押しつけようとするものではありません。
 人間であれば、好き嫌いは当然、あります。だから、そうした好き嫌いを抑えてまで、日韓の人々がベタベタと「仲良しごっこ」をする必要はありません。
 そうではなく、たとえ日韓の人々が互いに口を交わしたくないほど冷めた関係であったとしても、双方が自分の信条に基づいて自由に発言でき、なおかつ互いの個性や文化・歴史的差異が尊重される、国境を越えた公共空間作り、協働のプロセスが必要だと言いたかったのです。
 それが日韓の隣国関係の安定のみならず、それぞれの国の民主的価値の増進、さらには北東アジアの域内益の増進につながると、わたしは考えています。それがこのコラムでお伝えしたかった「わたしたちの日韓」の意味です。

日韓は世界有数の多原発立地エリア

 さて、本題に戻りましょう。今回のコラムのテーマは原発の安全性についてです。
 日本も韓国も原発大国です。日本はアメリカ、フランスに続いて第3位、韓国は4位のロシアに次ぐ世界5位の原発を保有しています。地域的に見ると、日本列島と朝鮮半島は世界有数の多原発立地エリアなのです。
 しかも日韓両国とも国土が狭く、原発の好適地が少ないため、1ヶ所(それもほとんどが海沿いです)にいくつもの原発が鈴なりに立地しています。
 そのため、海からの攻撃やテロに弱い。あるいは1基に過酷事故が起きると、高い線量に阻まれて作業員が近づけず、隣接の原発までコントロールできなくなって事故が複合化するなどの共通の弱みを抱えているのです。
 福島第一原発事故を見ればわかるように、原発事故の影響はひとつの地域、国家にとどまりません。原発がトラブルを起こし、大量の放射性物質が放出されれば、ほかの国にまで悪影響が及びます。
 韓国の原発の8割は日本海に面した東海岸に集中しています。日本海上空には偏西風が吹いており、もし韓国の原発で事故が起きれば、その西側にある日本列島もまた汚染されます。
 韓国にしても、もし九州の玄海原発で過酷事故が起これば、放射能汚染が玄界灘に広がり、その対岸にある慶尚南道、全羅道、済州島など、韓国南部の自治体は大きなダメージを負うことでしょう。
 こう考えると、日本と韓国は原発事故が起きると、その発生国がどちらであれ、もう一方の国も放射能汚染にさらされるという共通の利害関係を抱えていることがわかります。

心もとない日韓原発の安全基準

 そうであるなら、日韓に暮らす人々は自国の原発の安全基準だけでなく、隣国の原発の安全基準にも関心を払わないわけにはいきません。
 もし、日韓の原発の安全基準が万全なら安心できるのですが、じつは日本も韓国も心もとないというのが現実です。
 日本の原発の安全基準は3・11の事故を経て、たしかに強化されました。
 しかし、「世界一厳しい」と安倍首相が胸を張るほど万全なのかと言われれば、首をひねってしまいます。ヨーロッパの原発などでは当たり前となっているコアキャッチャー(事故でメルトダウンした核燃料が外部に漏れないよう受け止める設備)の設置義務さえありません。
 避難計画などももっぱら自治体に任せっきりで、原子力規制委員会はプラントの安全性にかかわる審査しか関与しようとしません。
 アメリカでは避難計画の不備を理由に、廃炉を決定したケースもあります。原子力規制委員会の田中委員長が川内原発1号機、2号機の安全審査にあたり、「基準への適合は審査したが、安全だとはわたしは言わない」といみじくも語ったように、「日本の原発の安全基準は世界一厳しい」というセリフはまやかしにすぎません。
 韓国の原発の心もとなさにいたっては、日本どころではありません。ここ数年、韓国の原発では事故が多発し、多くの国民がその安全性に疑心を抱いています。
 たとえば、釜山市郊外に立地する古里原発ではトラブルによって、昨年だけで6度も運転停止しています。この原発では2012年にも17分間、全電源停止事故が起き、原子炉の冷却水温度が20度も上昇した事故も起きています。しかもこの時、原発を運営する韓国水力原子力は作業員らにかん口令を敷き、事故を1ヶ月間も隠蔽していたのです。
 こうしたこともあって、韓国では「セウォル号の次は古里1号機だ」という声もあるほどです。
 死者289名を出したセウォル号沈没事故の原因は規制の不備、運用の不徹底が原因でした。韓国では抜け穴だらけの規制やずさんな管理監督によって、地下鉄事故や公共建造物の崩落事故などが続出しており、その状況を「官災」と呼んでいます。そして多くの国民はセウォル号の次にやってくる「官災」は原発事故ではないのかと、警戒を強めているのです。

日韓で原発安全コンソーシアムを

 このような状況を考えると、日韓は共通の原発安全基準を作り、そのルールを順守したり、安全技術の交流を図るなどの枠組み――国際コンソーシアムを作るべきだと、わたしは考えています。
 一方の国が厳しい安全基準の下、原発を安全に運転していたとしても、もう一方の国の安全基準がずさんで事故が起きれば、その惨禍は両国に及ぶのです。それを防ぐには両国が協働するしかありません。
 その意味で、韓国の朴クネ大統領が昨年8月15日の独立記念式典で、中国も含めた日中韓の3カ国で「原子力安全協議体を設置しよう」と呼びかけたことは注目に値します。
 中国が保有する原発は現在、17基ほどですが、建設中、計画中のものは54基もあります。近い将来、中国が日本、韓国をしのぐ原発大国になることは確実です。
 いまでも日本や韓国に中国から黄砂やPM2.5などの汚染物質が飛来していることを考えれば、原発の安全基準は3カ国共通であることに越したことはありません。
 実際、日中韓の原発関係者の間でも、原発の安全性向上に関しては国境の壁を取り払い、3カ国が協力しなければならない」と受けとめる向きが多く、昨年秋には韓国の古里原発で大量の放射性物質が外部に流出する事故が発生したとの想定の下、日中韓の3国が共同で対処する訓練も実施されています。
 ところが、こうした動きはこのところの歴史認識などをめぐる日韓、日中関係の冷え込みを反映してか、大きなニュースとして扱われることはありませんでした。
 「日韓は協力する必要はない。断交すればよい」
 ネットではそんな書き込みが相変わらず、あふれています。しかし、日韓が断交なんてできるはずがありません。
 それどころか隣国だからこそ、相手の言い分に耳を傾け、よく話し合い、協働しなければならないことが日韓間には山積みなのです。国境を越えて、原発の安全性を担保するという仕事もそのひとつ。いたずらにナショナリズムを煽り、日韓の断交を叫ぶ人々はあまりに短慮で無責任すぎるのではないでしょうか?

 

  

※コメントは承認制です。
第3回原発の安全基準をどう考える?」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    「隣国のことなんて関係ない」といくら言ったところで、こうして原発事故ひとつとっても、無関係ではいられないことが分かります。地域情勢にしても、自国のことだけ考えていたらいいという訳にはいきません。近隣地域と安定した関係をつくることは、最終的には自分たちの暮らしを守るためでもあります。“日韓関係“といっても、そこには多層的な関わり方があるはず。原発の安全基準は、国を超えた共通の関心ごと。福島原発事故の経験を踏まえて、日韓の市民同士が協力して出来ることもあるでしょうし、そうする意義はお互いにとって大きいと思います。

  2. 世田谷代田 より:

    確かに日本とこれら東アジア諸国が原子力安全協議体を創設し、
    原発の安全性向上のために国境の壁を取り払うことで
    協力していければとても素晴らしい事だと思います。
    しかし、心配なのはこういう場合、大抵先方から
    「資金は日本が出せ。技術は無償供与しろ」と要求が来て
    協力資金が不正流用されたり、提供した技術がメイド・イン・チャイナや
    コリアとして第三国に輸出、販売されてしまうということもあり得るということです。
    (新幹線でそのような例がありました)
    日韓が断交しないためにも
    まずは相互に情報を開示して信頼関係を築いていくことが必要なのではないのでしょうか。
    ちなみに我が国は台湾と断交していますが紆余曲折はあれ、原発を輸出しています。
    国交は無くても原発安全の協力は出来なくもないとは思いますが。
    どうも失礼いたしました。

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姜誠

かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。

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