森永卓郎の戦争と平和講座

 2010年6月2日の民主党両院議員総会で、鳩山総理が辞意を表明した。辞任の最大の理由は、米軍普天間飛行場の移設問題だった。「最低でも県外、少なくとも県外」と鳩山総理は言い続けてきた。しかし、鳩山総理は5月28日に、普天間飛行場の移設先を「辺野古周辺」とする自民党政権が作った移転計画をそのまま丸呑みした日米共同声明を発表してしまった。

 鳩山総理とともに、国外への移転を主張しつづけた社民党の福島瑞穂党首は、政府方針の閣議決定への署名を拒否した。その結果、鳩山総理から大臣を罷免された。結局、社民党は連立政権から離脱することになったのだが、これは、あまりに理不尽な罷免だった。なぜなら福島党首は、鳩山総理と同じことを言い続けたに過ぎなかったからだ。

 しかし、もっと理不尽だったのは、鳩山総理が、辞任する条件として小沢幹事長の退任を要求したことだ。普天間の問題は、鳩山総理が自分の言葉を守らなかったことが非難されたのだ。責任はすべて鳩山総理にあり、小沢幹事長には一切ない。それどころか、小沢幹事長は「マニフェストを変えてはならない」、「社民党との連立を解消してはならない」と言い続けていた。そして、福島党首に「鳩山総理よりも、君の言うことの方が、筋が通っている」と話したというのだ。誰が考えたってそうだ。昨年、衆議院選挙で示した民主党のマニフェストには、「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてある。ここから、どうやって自民党政権案の辺野古移設受け入れという発想が出てくるのか。

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 実は、罷免された後、5月31日に、私がコメンテータをしているTBSの情報番組に福島党首が国会からの生中継で出演してくれた。そのとき、毎日新聞の岸井成格さんが、福島党首に突然質問をした。「鳩山総理の心変わりは、昨年12月だったのではないですか」。

 福島党首は、明らかに動揺した。実は昨年12月に、福島党首は「政府が辺野古沿岸部への移設を決めれば連立離脱を辞さない」という発言をすでにしている。この時点で、福島党首は鳩山総理の異変に気付いていたのだろう。そうでなければ、内閣の一員が、そんな発言をするはずがないのだ。

 明確な証拠があるわけではないが、かなり以前から鳩山総理は「辺野古」に決めていたのではないか。そうだとすると、県外移転を模索するという鳩山総理の芝居に、国民は付き合わされてきたことになる。さらに勘ぐれば、総理就任直後に、オバマ大統領に「トラスト・ミー」と言った時点から、辺野古に決めていた可能性さえ否定できないのだ。

 それでは、なぜ鳩山総理は、決着期限の直前に、突然辺野古を持ち出したのか。私は、最初から小沢幹事長をつぶすために辺野古を使おうとしていたのではないかと考えている。

 昨年の衆議院選挙の際に発表された民主党のマニフェストは、小沢マニフェストだった。そこに流れる平和主義、平等主義の思想は、民主党の市場原理主義者グループにとっては、耐え難いものだったし、社民党の存在も目障りだった。

 もし、鳩山総理が辺野古を強行すれば社民党の離脱は目に見えている。そして、鳩山総理が辞任するタイミングで、小沢幹事長を道連れにすることができれば、社民党と小沢グループという目の上のたんこぶを一気に「始末」することができるのだ。辞任は参院選直前までひっぱる必要がある。小沢グループが民主党から出て行っては困るからだ。

 実際に、鳩山前総理はその通りに行動したし、後任の菅直人総理が作った内閣、そして党役員の人事は、前原・野田グループという市場原理主義者たちのオンパレードとなった。

 菅直人総理も6月3日の記者会見で、小沢一郎前幹事長について「しばらく静かにしていただいたほうがいい」と小沢カラーの一掃を示唆し、普天間問題についても、「日米合意を踏まえて対処していく」と辺野古を既成事実化してしまった。

 実は、民主党政権以来、私はとても嫌な感じがしていたことがある。それは、テレビやラジオで小沢氏の擁護と取られる発言をすると、猛烈な非難や嫌がらせを受けたことだ。その感じが、ちょうど小泉内閣のときに小泉総理を批判すると受けた非難や嫌がらせと、とても似ていたのだ。

 私は小沢氏と交流があるわけではなく、人物そのものは、よく知らない。ただ、民主党政権誕生以来から小沢氏にかけられた政治とカネの疑惑については、釈然としない気分が続いていた。それは、小沢氏に向かう得体の知れない力の存在があったからだ。

 2009年3月に、西松建設の疑惑関連で、小沢氏の公設秘書である大久保隆規容疑者が逮捕され、起訴された。新政治問題研究会、未来産業研究会という西松建設OBが代表を務める政治団体から、小沢氏の事務所は政治献金を受け取っていた。そのことは、政治資金報告書にもきちんと記載されていたが、政治団体の実質的な支配者は西松建設だったのだから、西松建設からの献金だと書かなくてはならないというのが検察側の主張だ。そうした技術的な面は、私はよく分からないが、はっきりしていることは、これらの政治団体からは、自民党の大物議員を含めて、少なくとも19人の政治家が献金を受けていた。にもかかわらず、それらの政治家は一切おとがめを受けていないという事実だ。当時、元警察庁長官で官僚トップの漆間巌官房副長官が西松建設の献金問題で「自民党側は立件できない」と発言したと伝えられたが、まさにその通りになったのだ。

 そして2010年1月15日には、小沢氏の資金管理団体「陸山会」が2004年に取得した土地の購入原資4億円が、政治資金収支報告書に記載されていなかったとして、東京地検特捜部が小沢氏の3人の元秘書を逮捕した。これが小沢氏の「政治とカネ」の問題の決定打となったが、この事件に関しても、不動産の取得に関しては、きちんと政治資金収支報告書に記載されていた。記載されていなかったのは、お金が足りなかった小沢氏の事務所に代わって、小沢氏自身が一時立て替えをしたという部分だけだった。私は、そのことが秘書を逮捕するほどの大きな犯罪だとは思わないし、小沢氏の関与についても、検察自身が嫌疑不十分で不起訴としているのだ。なぜ、小沢氏だけが、こうもねらい打ちされるのか。

 結論を書こう。米国は日本に巨大な利権を持っている。代表例が、思いやり予算だ。駐留米軍の人件費を除くほぼ全ての経費は、日本が支払ってくれる。辺野古に新設される新たな軍事基地も、コストは日本持ちだ。ただ、実は米国が利権を持っているだけでなく、日本にも、日米同盟で利権を握っている人たちはたくさんいるのだ。基地や軍事産業だけでなく、例えば日本の輸出メーカーが安心して米国にモノを売れるのも、日米同盟があってからこそだ。

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 そうした日米同盟利権のどこから力が働いているのかは、よく分からないが、日本の大企業、役人、ジャーナリスト、評論家の多くが、その利権で潤っている。だから、小沢一郎のような、中国びいきで、アメリカに立ち向かうような政治家は許せないのだ。

 過去を振り返ると、日中国交正常化を実現した田中角栄元総理や米国の国債を売りたいと言った橋本龍太郎元総理は、人気が高かったにもかかわらず、失脚してしまった。その一方で、親米派の中曽根康弘元総理や小泉純一郎元総理は、長期政権を実現している。

 戦後65年経っても、日本はまだまだアメリカの占領地なのかも知れない。

 

  

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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