三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

ヘリパッド建設やオスプレイ強行配備に反対する沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いた『標的の村』、そして美しい海を埋め立てて巨大な軍港を備えた新基地が造られようとしている辺野古での人々の戦いを描いた『戦場ぬ止み』など、ドキュメンタリー映画を通じて、沖縄の現状を伝えてきた映画監督三上智恵さん。今も現場でカメラを回し続けている三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。不定期連載でお届けします。

第51回

住民説明会というFAKE
〜宮古島自衛隊配備〜

 元海兵隊の兵士である軍属が起こした無残な事件の発覚からひと月。沖縄はまだ、深い悲しみとやり場のない怒りに包まれている、そして特に今回は多くの県民が自責の念で苦しんでいる。容疑者が強姦と殺人容疑で再逮捕された。予想してはいても、続報が出る度にまた歯を食いしばり涙目になる。ニュースに接しては溜息をつく、そんな日々は続く。今週末には事件に抗議する緊急県民集会が開かれる。あなたの娘であり、私の妹であり、恋人であったかも知れないごく身近な彼女を守れなかったこの社会を呪う慟哭は、まだまだ島を黒く覆っている。梅雨明けを告げる糸満ハーレーも済んだのに、沖縄の空はまだ暗く、重たい。

 それでもさらなる国防の負担を島々にねじ込もうとする勢力は、悲しみに暮れる時間も与えてはくれない。3月末、日本最西端の与那国島についに自衛隊が配備されたのに続き、石垣島では4月末に一回目、5月末に二回目の防衛省主催の住民説明会がたたみかけるように済まされた。そして用地取得費用の予算化も決まり、水資源の問題で難航する宮古島のスケジュールを追い越さんばかりの勢いで、石垣島の要塞化計画は加速している。

 第46回でお伝えしたように、地下水に頼る宮古島では、水源地の上に描かれた駐屯地計画を一度撤回させた。反対する住民たちは国会前に行って訴え、防衛省に撤回を要請し、島では誘致派も巻き込んでシンポジウムを開き、議会に誓願を出し、市長に面談を申し入れ、もう取材する側がついていくのがやっとというほど全力で動き回っている。この数ヶ月、宮古島市民の底力には圧倒されっぱなしだった。

 特に、度々紹介してきた宮古の若いお母さんたちのグループ「てぃだぬふぁ」の活躍は目を見張るものがあった。石垣で先に行われた説明会のビデオを即日入手して研究し、資料を読み込み、宮古で説明会があるときには本当の意味で疑問に答えてもらい問題点を共有する場にしようと、勉強会に次ぐ勉強会を重ねてきた。そしてついに先週末、宮古島初の防衛省主催の説明会を迎えた。彼女たちは前日も遅くまで作戦会議を開きシミュレーションを繰り返した。誰が指名されてもデータも示しながら言質を取ろうと、準備万端で会場に入った。

 一部の住民は、まずは宮古島の市長の説明を求めるべきで、それがない限りアリバイづくりの説明会には協力しないと会場に入らずに抗議を続けた。ボイコットという抵抗の形は石垣でも実践されている。こちらも筋は通っている。
 しかし「てぃだぬふぁ」共同代表の石嶺香織さんは、国に直接強い反対の意思を示し、次の抵抗に繋げる鍵を掴もうと、3人の子の手を引いて会場に乗り込んだ。最近、香織さんの夫は、のめり込みすぎている彼女を心配して「ブレーキも必要じゃないか」とたしなめた場面もあったそうだ。しかしこの日は会場のうしろで子守りを引受けてくれ、香織さんは最前線で防衛省と対峙した。

 水問題に対する不安、中国に対する恐れから自衛隊を歓迎する声のほか、様々な疑問が上がった。なぜ、修正した計画も水源地の近くなのか。なぜ、場所の変更ができないのか。防衛省は、軍の機密の関わるからなのか「全部は説明できない」という回答を繰り返し、会場の苛立ちは募る。自衛隊や国防に理解のある島民にとっても、地下水の汚染は死活問題だ。

 ようやく指名された香織さんは「まずは地下水を守る審議会に諮るべきだ」とのべて、その理由と活断層のこと、2つをぶつけた。しかし欲張りすぎたのか、会場からは「早く質問しろ」とヤジが飛ぶ。疑問が一つも解決されないフラストレーションで、賛成、反対、未決定、いずれの市民も不信感だけが増していった。香織さんはじめ、事態を打開したいと切なる思いで臨んだ参加者も、いずれも空中戦のまま時間切れを迎える。

 私はこの2ヶ月で3つの説明会を見た。いずれも沖縄防衛局の森浩久企画部長が説明にあたった。とても穏やかに誠意を持って忍耐強く話されているなと感心した。大変誠実で理性的な方だと思う。しかし彼の態度とは裏腹に、説明される内容は要点をずらした同じ話ばかり。礼儀正しく丁寧な口調ではあっても「住民の疑問に本気で向き合う誠意」は、ない。

 「FAKE」という文字が浮かんだ。そうだ。これはすべてフェイク、この場は偽物なのだ。
 「住民に誠意を持って丁寧に説明し」「住民のご理解を頂いて」「住民の安全はもちろん最優先で」…。沖縄に基地を押しつける場面では、これが国側の常套句だ。しかし人権を奪うような理不尽な生活環境を強要しながら、いくら「丁寧に」説明しても「ご理解」を引き出せるわけがない。それでも何百回も繰り返し催眠術よろしく「丁寧に」説明を重ねれば「思考停止」や「麻痺」「諦め」から来る「ご理解」をもぎ取れるのかも知れない。

 今回、宮古島に配備される地対艦ミサイル部隊は、敵の軍艦が宮古海峡を通れないようにするためのもの。それは説明会でも言っている。宮古島への直接攻撃に対応できる装備ではない。しかし「それが島の安全のため」と100回言われれば、私たちを守るためなのねと信じた方がラクになれる。そうなのだ。理性で理解させるのは無理でも、最終的には思考停止でもいい。最悪そこまで持っていくのが彼らの任務なのかもしれない。

 しかしこの任務は一体誰の幸福や利益のために遂行されているのだろう? 南西諸島の軍事要塞化を、ここまで住民を置き去りにしてでも無理矢理進めようという意思は、どこから生まれてきたのか? 天の上でFAKEな説明会の糸を操る主は、その顔が見えない。

 ひとつ、確かに解ることは、森さんをはじめここにいる防衛省の担当者が自衛隊基地を造りたい本体ではないこと。しかしみんなで示し合わせて大事な何かを隠していること。そして誰一人として楽しそうではないこと。一体この仕組みを動かしているのは誰なのか。

 私は今、5年前に自衛隊幹部の教育機関「統合幕僚学校」がまとめたリポートを読んでいる。500ページにも及ぶ膨大な量で、諸外国の最新の軍事情報の調査研究から将来の防衛計画に繋げる目的でまとめられたものだ。驚くのはここに示唆されていることが怖いほどすべて、この5年で実現されてしまっていることだ。報告の中核は2011年にアメリカ国防総省が打ち出した「エアシーバトル構想」を受けての提言であり、日本の自衛隊はこれに積極的に貢献するべきだと訴える。そのためには集団的自衛権をはじめ、武器輸出の解禁、民間からの徴用などが必要だとしていて、なんとこれはすべて安倍政権が実現させている。

 さらに驚くのは、戦争や内乱、災害時に憲法を停止させ内閣が強権を掌握できる「国家緊急事態法」の整備についても触れている。熊本地震発生の翌日に菅官房長官がすかさずこれに言及したのも、国防上必要だとするこのような報告書の内容が基底にあったのか。また、防衛産業の育成の必要性にも言及しているが、それも目下進んでいる。となると、ここに書かれている下地島空港の軍事利用や改憲までも現実になりはしないか、不気味な感覚に襲われてしまう。何より、自衛隊のトップが国防上必要だと提言した内容がほとんど実現していく国というのは、軍部に決定権がある軍民統制と変わりがないではないか。それともこのリポートの提言と現実が一致したのは単なる偶然に過ぎないのだろうか。

 友人でもある矢部宏治さんの新著『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(集英社インターナショナル)を読み進めるうちに、ようやく飲み込めたことがある。数々の日米密約と戦後史の謎に迫ってきた矢部さんは、今回は自衛隊の指揮権の問題に進んでいく。これから読む方の楽しみのために詳細は省くが、一行で表現するなら今回の謎は「日本人に公表はできないが、有事の際自衛隊はアメリカの指揮権下に入る。そのことは吉田茂をはじめ日本のトップが保証してきた」という事実だ。沖縄にいると日々のニュースで軍の動きが取り上げられるので実感するのだが、この十数年、日米の合同演習、共同訓練が頻繁になり、基地の共同使用が進み、しかしその内容をみると、自衛隊はこのまま行けば米軍の下部組織のようになってしまうのでは? という疑念を払拭できないでいたが、なんのことはない。最初からアメリカのために作られ、アメリカの意の範囲内でしか動けない軍隊だったということのようだ。それならやはり、日本は軍事的には植民地のままということになる。

 統合幕僚リポートでは、今進んでいる先島の軍事要塞化と大いに関わりがあるエアシーバトル構想についても、米中の軍事衝突を想定し、南西諸島を「主戦場」と位置づけていることをはっきり認めた上で、この地域の防衛強化を叫んでいる。そもそもなぜA国がB国の優位に立つために、我々が自国の領土を戦場にされなければならないのか全く理解不能だが、矢部氏の指摘通りであれば、日本は「アメリカの作戦を離れてはどんな国防も不可能」という、絶望的な地点に行き着いてしまう。

 しかし、この密約や日米70年のもつれた歴史を理解せずには、民主的手続きを装った住民説明会で防衛省の役人が放つ言葉の嘘くささの病巣が解らない。生活者の危機感とまっとうな言葉が空中分解するこの異空間の正体が見えないのだ。彼らはがんじがらめの限界の中にいるのかも知れない。中には悩むことなく日米協力こそが唯一の安全策だと信じ込んでいる人も居るのかも知れない。そうだとしてもなお、やはり私には解せない。そのためにこの島々が主戦場になるという想定をなぜ易々と受け入れるのか。そうならないための軍備だ、などと、沖縄戦の教訓も軽んじて簡単に言ってしまえるのか。

 それならいっそのこと、こう言って欲しい。
 「第1列島線から中国の軍艦を出さないというのはアメリカの軍事戦略です。それに乗っかって一応この島にミサイルを置きますが、いやなに絶対に発射なんてしませんよ。そんなことをしたらここが戦場にされちゃうんで、そういう事態にならないことを保証します。心配ないです。協力するふりをするのも抑止力です。でもこの軍事作戦は日本にとってまずいので、違う方向に変えて見せます。絶対に。10年以内に!」と。

 国防に携わる仕事には苦しい事情がたくさんあるだろう。でも島民にはどこかで本音で語って欲しい。自分の家族を守るのと同等に、宮古島や石垣島の島民の命が何より大事だと説得して欲しい。国防に関することだからといって騙しも誤魔化しも当たり前だと思わないで欲しい。こっちも命がかかっているし、子どもたちの未来が掛かっているのだから、どんなことをしても嘘を暴いていく。が、何故、国民の安全を守ろうという人たちと、こんなに対立を続けなければならないのか。国防が仕事だという人たちと、沖縄は何年、悲しい、空しい応酬を強いられなければならないのか。お互いに不幸なだけではないか。

 防衛省のみなさんにお願いです。国境に生きる私たちの命を本気で守るつもりがあるなら、もっともっと違う言葉が用意できるはずではありませんか? 危険や負担は伴うけれど、全力で軽減させるから協力して欲しいと、腹を割って誠意を持ってぶつかってきてから初めて、議論が始まるのではないですか? FAKEで押し通すのは、もうやめにしませんか?

三上智恵監督新作製作のための
製作協力金カンパのお願い

『戦場ぬ止み』のその後――沖縄の基地問題を伝え続ける三上智恵監督が、年内の公開を目標に新作製作取り組んでいます。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

 

  

※コメントは承認制です。
第51回住民説明会というFAKE~宮古島自衛隊配備~」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    昨年の安保法制をめぐる国会のやりとりを聞いていたときに、空虚な芝居を見ているような錯覚に陥ったのを思い出します。「本音」は違うのではと感じているのに、設定された「建前」をタブーのように守って議論を交わすから、段々と何が本当の問題なのかわからなくなるし、一番大事な議論ができないままで終わってしまう――それは三上さんのいう「フェイク」にも通じる感覚かもしれません。
    沖縄を訪れたとき、何度か「ここに住んでいたら、世界のことが見えてくるよ」と言われたことがありました。世界の中で日本がどんな立場に置かれているのか、日米関係の実態はどうなのか、沖縄で起きている一つひとつから見えてくることがあります。

  2. 多賀恭一 より:

    中国に対する恐れが無くなれば、自衛隊も来ないのではないか。
    人民解放軍が存在しなければ、自衛隊も来ないのではないか。

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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