三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

沖縄・普天間基地へのオスプレイ配備をめぐる抵抗運動の様子や、新たな米軍基地建設計画が進む沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いたドキュメンタリー映画『標的の村』を撮影した三上智恵さん。辺野古や高江の 現状を引き続き記録するべく、今も現場でカメラを回し続けています。その三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。毎週連載でお届けします。

第18回

文子おばあのブローチ

 辺野古の住民で、今、基地建設に反対する座り込みに欠かさず参加しているおばあの島袋文子さん(84)のことは、この連載でも度々紹介してきた。筋金入りの反戦思想は、ご自身が15歳の時に南部の戦地で火炎放射器に焼かれ、奇跡的に生還した壮絶な体験からきている。今回は文子おばあのロングインタビューをお届けしたい。

 沖縄戦が終わっても文子さんの地獄は終わらなかった。父を亡くし、目が不自由な母と幼い弟を抱え、男手がなく掘建て小屋さえ立てられず、雨露がしのげないどころか強盗などの犯罪にも怯えながらの生活が続き、ずっと辛酸をなめてきたのだ。

  その後も生活のため、文子さんは自分を炎で焼いたアメリカ兵の「ママさん」としてメイドの職についた。世話をした将校クラスのアメリカ人は礼儀正しく優しい人が多かったが、憎しみは消えなかったと言う。割り切って仕事をしていても、少しでも沖縄の人を見下すようなことを言われた時には、綺麗に洗濯して糊付けしたシーツを全部引き剥がし、庭の水溜りにぶち込んで泥まみれにして怒ったと言う。本人に殴りかかってもかなわないからと、自分が必死に綺麗にした洗濯物を、踏みつけ怒りを表す若き文子さん。その姿を思うと泣けてくる。

 幼い頃、奉公に出されて学校に通えなかった文子さんは、長い間字が書けなかった。戦中戦後のどさくさで学校に行けず、字の読み書きが出来ないのはこの年代の方々なら当たり前のことだ。 そんな文子さんに字を教えてくれたのは、基地関係の仕事をしていた夫だった。キャンプシュワブの建設の仕事につき、二人で辺野古に移り住み、それからおよそ60年ここで暮らしている。

 「生きていて、楽しいと思ったことは何にもなかった」

 苦労ばかりの人生だったと彼女は言う。優しい夫ではあったが、子宝に恵まれなかったことと、沖縄では珍しくもない夫の女性関係などに心を痛めたこともある。よそ者、寄留民だと区別され、居場所がない気持ちになったこともある。

 それでも、甥っ子、姪っ子さんたちに我が親以上に大切にされている文子さん。足代わりになってくれる信頼できるご近所さんたちとの関係などは、私の目にはとても恵まれていると映る。

 また、彼女は手先がものすごく器用で、気の強い一面とは裏腹に、フリフリ、キラキラした小物が大好きで、彼女の家の壁にはブローチやマスコット、壁掛けなど手づくりの可愛いものが所狭しと並んでいる。そして惜しげもなく訪れた人たちにプレゼントしている。

 今回紹介する映像も、本真珠のついたブローチを私にくれる場面から始まっている。

 実は大の「おばあちゃんっ子」であった私は、小学校の頃、実の祖母から針と糸で作るこういう可愛らしいものを教わり片っ端から作っていた。そんな時間が大好きだった。だから、おばあちゃんたちが青春時代に戦争で女の子らしい格好もできず、可愛いマスコットひとつ持てなかったこと。それを取り戻すように、還暦を過ぎてようやく時間ができ、手芸に夢中になる気持ちがよくわかる。少女のように楽しげなおばあたちのこういう姿には、ちょっぴり切ない気持ちになる。

 そんな彼女が知事選勝利の日に言った言葉「生きていて良かった」、この一言がずっと私の胸に刺さっている。冒頭に書いた通り、彼女はずっと私に「生きてきて何もいいことはなかった」と言い続けていたのだ。

 沖縄戦を体験した方々を苦しめる「戦争トラウマ」について取材をしたことがある。文字通り、戦争中に受けた心の傷が後年になって心の中で暴れ出し、鬱やパニック、身体的な不調などを引き起こすものだ。意外なことに、見るも無惨な遺体や残虐行為などショッキングな場面を目撃したことよりも、泣いている赤ん坊を置き去りにしたとか、「助けることもできずに見殺しにした経験」の方が後々本人を苦しめていくらしい。本当は誰にも助けられなかったに違いないのだが、「あの時見殺しにして自分だけ生き延びた」「私の人生よりもあの人が生きていた方がずっとましだった」「浅ましくも自分は生き残ってしまった」という思いは、自己肯定感を育てられず、心を傷つけて行くらしい。

 「私の命なんてあの時終わっていたはずのオマケのようなもの。だから鳩山さんの車の前に下敷きになっても、基地を止めたかった」

 そう言って文子おばあが車にっ突っ込もうとしたことを前にも書いたが、生き延びてしまった、ということを喜びととらえられない、沖縄の高齢者の方々の背負う十字架を、私たちはもっとなんとか楽にしてあげられないものか。生きていてくれただけでどんなにありがたいかという思いを10人、100人が伝えれば、少しは荷が軽くなるのか。いや、そんなことでは解放されないのかもしれない。

 一番は、あの戦で別れた家族や友人に後生で会う時に
 「私は平和のために頑張ったの。もう沖縄に基地はないのよ」と言えること。それが最終的な解脱なのではないか。
 そんなことを考えてしまう。

 このインタビューの時にも、もしもおばあが頑張って基地を止められたら、誰が一番褒めてくれるかな? と聞いたら「それはもう、みんなさ。あの戦争で南洋も含めて何十万のうちなんちゅが行ってるからね。みーんな褒めてくれるよ。夢のような話だけどね…」と無邪気に笑った。

 どうしても、どうしても引き下がれない文子さんの闘い。警察も警察官である前に沖縄に生きる一人の若者である。彼女を無理やりトラックの前から引き剥がすのではなく、もう身体を貼らないでいい沖縄をどう創ればいいのか。十字架をおろし、身も心も軽やかに人生を楽しんでもらうためにどんなお手伝いができるのか。それをぜひ一緒に考えてほしい。

三上智恵監督新作製作のための
製作協力金カンパのお願い

沖縄の基地問題を描く、三上智恵監督新作の製作を来年の2015 年完成を目標に開始します。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

◎製作協力金10,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画HPにお名前を掲載させていただきます。
◎製作協力金30,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画エンドロール及び、映画HPにお名前を掲載させていただきます。
※掲載を希望されない方はお申し込みの際にお知らせ下さい。

■振込先
郵便振替口座 00190-8-513577
名義:三上智恵監督・沖縄記録映画を応援する会

 

  

※コメントは承認制です。
第18回 文子おばあのブローチ」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    「生きていて何もいいことがなかった」と常日頃語っていた彼女が、晴れやかな顔をして「生きていて良かった」と語った沖縄県知事選挙の投開票の日。誰のためでもない、戦争で亡くなった同胞たちの魂と、未来の命のために自分の人生をかけてきた、文子おばあ。優しさと強さが、ひしひしと伝わってくるロングインタビューでした。

  2. ピースメーカー より:

    第18回は前回と違い、島袋文子さんの「怒り」と同調するのではなく、彼女の「怒り」を万人に理解してもらおうとする「第三者」としてのスタンスに立っていたような感想を持ちました。、
    個人的にはジャーナリストの本分に立った記事のように思え、好感を持ちました。
    そして、少なくとも「同調」はしないまでも、彼女の「怒り」を少しは「理解」できました。
    戦争がもたらした個人の不幸な経験から生まれた彼女の「怒り」は、戦後の日本で大した不幸を経験したわけでもないのに、自身の「怒り」を正当化する(左右を問わずの)人間と比べて、はるかに自然な「怒り」です。
    とはいえ、島袋文子さんの「怒り」はまっとうなものだとしても、「怒り」が平和をもたらすことはないのです。
    「怒り」を持つ人々を受けとめつつ、平和への方策を提示するというのが、戦後日本に生まれた大して不幸な経験をしていないリベラルな人々がすべき役割なのだと私は思います。

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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