鈴木邦男の愛国問答

 もう、「監視カメラ」なんて言えなくなったな。「防犯カメラ」のおかげで犯人は捕まったんだから。以前は、「これは国民を監視するものだ。許せない!」と言ってたのに。日本中に「防犯カメラ」があったおかげで、『黒子のバスケ』脅迫事件の犯人は捕まったんだ。
 脅迫状を送っていただけでは捕まらなかっただろう。ところがコンビニに毒入り菓子を置いたりした。コンビニには防犯カメラがある。こりゃ、捕まるかもしれないな、と思った。でも、コンビニでは、日数が経ってるので消してしまったという。いや、そう新聞に発表して、犯人を油断させたのかもしれない。そう言ったら、「カメラは、いろんな所にあるから写ってます。警察は追いつめているでしょう。逮捕は時間の問題ですよ」と篠田さんは言う。篠田さんは月刊『創』の編集長だ。12月15日(日)阿佐ヶ谷ロフトで、篠田さんと『黒子のバスケ』脅迫事件について話していたのだ。この直後、店の人が紙切れを持って走ってくる。「犯人が今、捕まったそうです。ニュース速報でやってました」。凄い。篠田さんの言うとおりになった。
 かつて、グリコ・森永事件があった。又、朝日新聞記者を殺害した赤報隊事件があった。両方とも、凶悪犯罪だし、膨大な「犯行声明文」を出し、警察をキリキリ舞いさせた。グリコ・森永事件は「かい人21面相」を自称していた。「劇場型犯罪」と言われ、脅迫文や犯行声明文で警察、マスコミ、国民が動かされていた。俺が日本を動かしている。地球を回している。…と、高揚を感じたのだろう。だから、「愉快犯」と言われた。
 21面相も赤報隊も捕まらないまま、姿を消した。時効になった。二つの犯罪をまねたのだろう。『黒子のバスケ』脅迫犯は膨大な量の犯行声明文を出し、月刊『創』にも届いた。『創』は大きく取り上げた。そのこともあって、阿佐ヶ谷ロフトでのイベントになった。ただ、ロフトで取り上げたのはこの事件だけではない。この日のテーマは、〈2013年 日本を騒がせた2つの“闇”に迫る!!〉だった。第1部が『黒子のバスケ』脅迫事件。第2部が「ヘイトスピーチとネトウヨ」だった。第2部のゲストとして山口祐二郎氏と僕が出た。
 早めに行ったら、「第1部から出てください」と篠田さんは言う。でも、事件のことはよく知らないので客席で聞いてますよと言った。第1部はゲストはなしで、篠田さんが1人で話す。人気漫画『黒子のバスケ』に関し、出版社や関連イベント会場などに大量の脅迫状が送りつけられた。内容が許せないとか、「反日だ!」というのもある。何と500通もの脅迫状を出したという。これも凄い。作者に対する怨みなのか。内容に許せないところがあり(「反日的」だとか)、その義憤でやったのか。単なる愉快犯なのか。500通も送ったが、マスコミにはまともに取り上げてもらえない。その焦りからなのか、『創』には今までの脅迫状の全てを送ってよこしたという。『創』ならキチンと取り上げてくれるという「期待」があったのかもしれない。
 『創』は田代まさしさんや、カレー事件の林眞須美さんなど、いろんな事件の手記を載せている。そのことを知って、脅迫状のワンセットを送ってきたのだろうと篠田さんは言う。「作者に対する個人的な怨みではなく、この漫画が大人気になったことへの嫉妬でしょう。『反日』などと書いてるが、政治的背景はないでしょう。愉快犯的な人物で、30代の男でしょう」と言う。(実際、その通りだった)
 第1部はスライドを使いながら、脅迫事件について説明し、事件の経過について話をして、終わる。10分間の休憩のあと、第2部がスタート。はじめは、在特会などのヘイトスピーチデモについて話す。それに反対して「しばき隊」にも参加した山口祐二郎氏の報告も聞く。ネトウヨ現象などについては僕が話す。
 ただ、第1部の『黒子のバスケ』脅迫事件が気になったので、篠田さんに、いろいろと聞いた。僕も「政治的背景」はないと思う、と言った。大体にして、右翼・左翼・市民運動をしてる人や、少しでも政治的背景のある人ならば、絶対に、「犯行声明文」などとは言わない。法律に触れる行為であっても、やってることは正義だと思っている。だから、「檄」とか「声明文」とは言っても、「犯行声明文」などとは言わない。これは警察が決めつけ、マスコミが報道する時の言葉だ。
 それに、500通もの大量の脅迫文を出すなんて、ちょっと異常だ。「革命的警戒心」もない。さらに、コンビニに毒入り菓子を置いたりしている。コンビニには防犯カメラがあるし、そこに写った犯人を警察は公開するのではないか。でも、店ではもう消したという。いや、「そう言え」と警察に言われてるのではないか。そんな疑問を口にした。篠田さんは、「店のビデオは消したのかもしれない。しかし、外にだっていくらでもあるし、捕まるのは時間の問題でしょう」と言う。そして、この直後に「犯人逮捕」の速報が入った。そして急遽、なぜ捕まったのか、の話になった。
 脅迫犯が模倣した「グリコ・森永事件」や「赤報隊事件」。あれは時間もかけ、かなりの準備をし、「プロ的」なやり口を感じる。しかし、今回は、余りにアマチュア的だ。だから捕まったのだろうと僕が言ったら、「いや、違います」と篠田さんは言う。「今、プロ的と言ったけど、グリコ・森永事件や赤報隊事件でも、今なら完全に捕まります」と言う。防犯カメラはそれだけ性能がいいし、進化している。又、ネット上での捜査手法も格段に進んでいます、と。
 そうなのか。危なかった。事件に直接のかかわりはないが、赤報隊の犯人(らしきグループ)が僕に接触をしてきた。そのことを当時、『週刊SPA!』に書いたら、それだけでガサ入れ(家宅捜索)された。「こいつは何か知ってるんじゃないか」と思われたのだ。又、何度か別件逮捕された。時効寸前には、アパートに火をつけられた。警察は張り込みをしてたはずなのに、その監視の目をかいくぐって火をつけたのか。まさか警察は黙認したわけではないだろう。
 僕は、いろんな人に会っている。自分でもよく覚えてない。中には不審な人や、犯罪にかかわった人もいるだろう。その「犯人」たちと、何らかの接触があって、どこかの防犯カメラに写っていたら、これはもう「立派な証拠」になる。逃げられない。その時は、「負けました、ごめんなさい」と言うしかないのか。
 今回の「犯人逮捕」で、さらに防犯カメラが増えるだろう。「悪いことをしてないんだから、何を撮られても大丈夫だ。それに犯罪の予防になるし、いいことだ」と一般の国民は思っているだろう。「個人だって隠したい秘密はあるのだから、国家だってあるだろう」と、漠然と国民は思っている。それで「特定秘密保護法」も簡単に通った。中国・韓国にやられ放題でいいのか。国の守りをしっかりしろ、という「国民感情」に押されて、「憲法改正」に進みつつある。権力が力ずくで国民をおどしているわけではない。「安全」「安心」「平和」を求める国民感情が求めているのだ。少なくとも、そう思わされている。そんな、国民の不安な感情に乗っかって、次々と法案がつくられている。そんな感じがする。

 

  

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第141回 「安全」「安心」「平和」を求める国民の不安が作り出した法律」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    防犯カメラ(監視カメラ)の犯罪抑止効果についてはいまだ諸説あり、「意見が分かれている状況。犯罪捜査には一定の効果があるものだとしても、「(別に何も悪いことをしていなくても)撮られるのは嫌だ」という感覚を、簡単に押さえつけていいものなのか? という疑問があります。
    そういえば、初めて鈴木さんにインタビューさせていただいたときも、「安全や平和を求める」自然な気持ちを、権力がうまく利用して監視を強めていくメカニズムについて、いろいろお話しいただいたのでした。こちらで読めますので、未読の方はぜひ。また、2月には伊勢崎賢治さんとそのゼミ生による、ずばり〈「自由」と「安全」〉がテーマのマガ9学校も予定しています。こちらもあわせて、ぜひ!

  2. ピースメーカー より:

    >権力が力づくで国民をおどしているわけではない。「安全」「安心」「平和」を求める
    >国民感情が求めているのだ。少なくとも、そう思わされている。そんな、国民の不安
    >な感情に乗っかって、次々と法案がつくられている。そんな感じがする。

    これはごもっともだと私は思います。 この問題の解決には如何に「国民の不安な感情」を解消するかに尽きますが、安直に反中嫌韓のジャーナリズムやネット発言を非難して潰せば問題解決という事にはならないでしょう。
    なぜなら日頃、反中嫌韓的な発言を非難する人々には、平行して「放射能が危険」「米軍基地が危険」「集団的自衛権が危険」「武器輸出三原則廃止が危険」「安倍政権はファシズム」といった論調を繰り返している人々が多いですが、そんなことをしていてはいつまでたっても「国民の不安な感情」はありつづけるでしょう。
    そういう論調をする人々は、「それは人々が安倍政権を打倒するときのみに向かう感情となる」といまだに盲信しているかもしれませんが、近隣諸国は原発もあれば核兵器もあるし、軍事基地もあり武器輸出にも躊躇いをもたず、そういう論調をする人々の定義を当てはめれば、近隣諸国は「ファシズム国家」になるからです。
    安倍政権もファシズム、近隣諸国もファシズムならば、日本国民に不安になるなと諌める人の方が不遜でしょう。

  3. 多賀恭一 より:

    防犯カメラを見ているのが警察だけだから問題なのであって、
    国民全体が見ていれば問題ない。
    尖閣沖の中国船による衝突も、国民が見ることができたから良かったのだ。

  4. hiroshi より:

    「安全」「安心」「平和」を求める国民の不安が作り出した法律

    新聞の世論調査などを見る限り、秘密保護法については、上記の理屈が当てはまるか疑問ですが、監視カメラの場合、安全、安心の為には、個人のプライバシーの多少の侵害はしょうがないと言う言い方が出来るかもしれません。(ちょっと飛躍した解釈かもしれませんが)同じ理屈で、安保や沖縄基地問題、憲法改正、国防軍、基本的人権や表現の自由の制限もすべてしょうがないと言えるかもしれません。又、生活保護の問題でも、不正受給を無くす為なら、補足率が更に下がってもしょうがない。とか、国際競争の為なら、賃金の引き下げや法人税減税、結果として消費税増税、社会保障費削減、解雇規制緩和など、色々としょうがないと言えるかもしれません。
    その先に、どんな未来があるか、どんな社会が出来上がるか、不安が解消され、安心して生活出来るのか?1つ1つの問題に関して、よくよく考えないといけないと思いました。
    秘密保護法に関しては、現行法ではダメなのか?何が違うのか?現行の情報公開や公文書管理の見直しが必要ではないのか?他国や国際基準と比較してどうか?本当にこの法律で安心が得られるのか?よく考えるべきだと思います。本当に不安なのなら、なぜよく議論もせずに簡単に?通してしまったのか疑問が残ります。

    余談ですが、監視カメラとオリンピックについて、堤未果さんの面白い指摘があるので、紹介します。
    「オリンピックというショックドクトリン~進められる監視と情報統制~」
    http://blogs.yahoo.co.jp/bunbaba530/68267556.html

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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