鈴木邦男の愛国問答

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 今年の正月は毎日、神社や寺に行ってきた。年末から年始にかけて、原稿、本の校正、資料整理などで、ずっと家で仕事していた。でも、家に引きこもっているだけではダメだと思い、昼食時に近くの神社に行ってきた。1日は飯田橋の東京大神宮。2日は巣鴨のとげぬき地蔵(高岩寺)。3日は東郷神社。4日は、ちょっと遠出をして、千葉県の香取神宮。どこも大変な人だった。その中でも一番印象に残ったのは、東郷神社だ。

 東郷神社は原宿にある。原宿には明治神宮もある。明治神宮は都内で最も参拝客が多い神社だ。だから、その特長を印象づけようとしたのではないのだろうか。東郷神社には「勢い」「積極性」を感じた。神社の中は大きなのぼりが沢山立っていた。そこには「God of Victory」「勝利の神様」と大書されている。ご祭神は東郷平八郎。日露戦争の日本海海戦でロシア艦隊を撃破した司令官だ。その時の様子は絵画にされ、数多く展示されていた。堂々と日本海海戦で戦い、勝利したのだから、誰からも文句は言わせない。ロシアだって何も言えない。「勝った! 勝った!」と手放しで喜べる。だから、「勝利の神様」だ。

 「勝利」を願う人々が沢山来ていた。受験生や資格を取ろうとしている人々、スポーツ選手など。これは目の付け所がいい。この神社の隣に「生長の家」本部があり、学生時代にはよく来た。本部の帰りに東郷神社にもよく行った。その頃は、静かな神社で「勝利の神様」と自己主張はしてなかったと思う。学生時代は乃木坂にある「生長の家 学生道場」に住んでいた。乃木坂の上りきったところにあり、隣は乃木神社だった。乃木将軍が祭神だ。でも戦争は得意ではないようだ。そして明治天皇が亡くなると、乃木さんと夫人は天皇に殉じた。誠の人である。尽忠の人だ。ただ、「God of Victory」とは言えない。他にも軍人を祭った神社はあるだろうが、「勝利の神様」と積極的に言っている神社は他にない。

 そうだ。靖国神社がある。でもここは一人の祭神ではない。国のために亡くなった人々を祀っている。「A級戦犯」が合祀されてからは中国、韓国などから、厳しい抗議が続いている。昭和天皇も、今上天皇も、それ以来参拝していない。「戦争で亡くなった人々を慰霊しているだけだ」と自民党は言っている。「A級戦犯」を合祀したのは間違っているのだ、だから分祀したほうがいいと言う人は多い。でも、「一緒に合祀」には、祀られている「A級戦犯」の人々だって反対だろう。赤紙一枚で戦場に集められ、死んでいた人々が眠っている所だ。戦争を始め、命令を出した立場の人間とは違う。だから分祀した方がいいと思う。

 ここで別の視点から考えてみよう。去年の10月13日、産経新聞に大きな「意見広告」が載った。全面広告だ。〈ご存知ですか? 靖国神社に祀られているのは官軍のみで、賊軍と称された方々が祀られていないことを…〉という。官軍といわれる人々だけを祀ってきたことは事実だ。でも、〈神話の国譲りに始まり、菅原道真公を祀る天満宮や、将門首塚など我々日本人は歴史や文明の転換を担った敗者にも常に畏敬の念を持って祀ってきました〉。だから、靖国神社にも「官軍」だけでなく「賊軍」の人たちも祀るべきだという。

 〈そのような中で、西郷南洲や江藤新平、白虎隊、新選組などの賊軍と称された方々も、近代日本のために志を持って行動したことは、勝者・敗者の別なく認められるべきで、これらの諸霊が靖国神社に祀られていないことは誠に残念極まりないことです〉

 その上で、こう言う。〈有史以来、日本人が育んできた魂の源流に今一度鑑み、未来に向けて憂いなき歴史を継いでいくためにも、靖国神社に過去の内戦においてお亡くなりになった全ての御霊を合祀願うよう申し出る次第です〉

 亀井静香、石原慎太郎、平沢勝栄…などが、「呼びかけ人」になっている。これは各方面にかなり衝撃を与えた。天皇陛下の靖国神社へのご参拝もお願いしている。天皇陛下、宮内庁、靖国神社はどう思われたのか。政府もこれで動くとは思えないが、全ての戦死者を慰霊するというのは気持ちとしては分かるが、すぐには無理だろう。

 勝者・敗者の区別なく慰霊することは大切だ。ただ、それで明治維新を否定し、歴史を均等にならしてしまうことはいいことなのか。まだまだ問題は残る。西郷を慕う人々によって「南洲神社」が全国に建てられている。白虎隊を慰霊する人々も多い。新選組のファンも多いし、「ひの新選組まつり」なども日野では行われている。それらが独自にやられ、紹介され、その中で「勝者・敗者」を超える視点が生まれてくるのだろう。みんな国のために戦い、死んだのだから同じだ、と性急に合祀する必要はないのではないか。そんなことを感じた。

 安倍首相が真珠湾を訪れ、慰霊した。未来へ向けての歩みだと思う。でも、「あれは正義の戦だ」「アメリカに謝るように思われてはならない」と反対する人もいる。「東条英機は戦犯ではない。愛国者だ。英雄だ」と言う人もいる。靖国神社に合祀などしないで、「東条神社をつくれ!」という言う人もいる。「東条神社」や「八紘一宇神社」など、大東亜戦争は聖戦だと叫ぶ人たちがドッと参拝に行くだろう。でも、「God of Victory」にはならない。

「God of Victory」は、東郷神社だけにしておいてほしい。あえて、歴史をほじくり返し、過去の全てに「正義」を求める必要はない。日本の歴史には、間違いもあり、はずかしいこともあり、それでも「いとおしい」と思い抱きしめる。それが愛国心だろう。客観的に歴史を見て、それから理想の日本をつくるのだ。

 

  

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第214回“God of Victory”」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    初詣に連日出かけた鈴木邦男さんがそこで考えたこと。過去をすべて「正義」に置き換えるのではなく、日本の歴史のはずかしいこと、まちがったことも、全て受け入れてこその「愛国心」ではないか、と問いかけています。
    それにしても東郷神社が、「God of Victory」ののぼりを掲げているとは、知りませんでした。
    合格祈願やスポーツの試合の勝利を祈って…お参りするという気分もわからないわけではないですが、
    祭神の由来を知ると、どこか違和感を覚えるのは、私だけでしょうか。

  2. 平将門だけじゃなく、北一輝とか大杉栄とか幸徳秋水とか竹中労とか太田龍とかも野村 秋介とか祀って欲しいですね!あと鈴木邦男も!

  3. PUNKちぇべ より:

    愛国心とは、ときに恥にまみれても自分たちの過ちを受け入れ、真摯に反省し、日本人として正しくあるべく行動することだと思います。「あれは正義の戦だ」と宣う連中が標榜するアイコクシンは、遠目には自己愛の延長としか映らないことでしょう。

  4. 多賀恭一 より:

    敗戦の元凶、東条英機と山本五十六は
    「God of Defeat」だな。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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