鈴木邦男の愛国問答

 「なぜ大量殺人を止められなかったんだ!」「犯人はお前の友だちじゃないか!」「事件を予告してたじゃないか!」…と言われた。批判された。例の淡路島の事件だ。淡路島で5人の人々が次々に殺された。その犯人のことだ。確かに友人なのかもしれない。だって「友達申請」されて、認めたんだから。去年の秋ごろだ。それ以来、この「友人」は、頻繁にメールをよこした。フェイスブックにも大量の書き込みがある。事件の2日前にも書かれていた。

 ただ、「犯行予告」ではない。自分がいかに攻撃され、被害を受けているか。それが綿々と書かれている。そして「集団ストーカー犯罪」と「テクノロジー犯罪」に自分は襲われている。兵庫県警もこれに手を貸している。その手下のヤクザや右翼も自分を攻撃している。…そう書いている。そしてヤクザや右翼の実名が書かれ、住所も書かれている。自宅の地図まで添えられている。「右翼の鈴木さんなら分かるだろう」と言わんばかりだ。
 
 実は、犯人からのメールは僕だけではなく、何人かの政治家にも来たようだ。週刊誌に出ていた。「この人なら分かってくれるはずだ」と犯人が思った政治家にメールしたようだ。皆、同じような内容だ。ただ、僕に来たものは「右翼」のことが多く書かれていた。個人の名前、団体の名前、その運動についても詳しく書かれている。その部分はどうも事実のようだ。政治家は警察に届けたのだろう。それで、犯人から一方的に送られたメールだと分かった。犯人も取り調べで、そのことは話しているのだろう。警察だって、まさか犯人と政治家に「共犯関係」があるとは思ってもいない。
 
 では僕はどうか。僕は警察に届けてない。実は、この手のメール、手紙、電話、FAX…は、山ほど来る。「あっ、又か」と思ってしまう。感覚が麻痺しているのかもしれない。それに、ブログ、メール、フェイスブックなどは全て、皆に見られていると思う。又、僕に来た大量のメールには、別に「犯罪性」はない。むしろ、いかに自分は被害を受けているか。いじめられ、差別されているか。そのことを長々と書いている。事件の直前などそうだ。だから、淡路島の事件があった時も、全く気付かなかった。
 
 少し後になって、「この犯人はお前の友達じゃないか!」「なぜ会って止めなかったんだ」と言われて、初めて気が付いたのだ。メールは本名で書いている。これでは誰でも気付く。
 それに、自分の顔写真もフェイスブックには出している。テレビで「犯人の写真」として出しているものだ。ここから取ったようだ。
 メールは「多くの人にこのことを知ってもらいたい」というのもあるし、又一方、「鈴木さんだけに知ってもらいたい」というのもある。前者だが、こんなふうだ。

 〈日本の右翼勢力と協力組織は、国内外各地で、集団ストーカー犯罪とテクノロジー犯罪を行っています。一般市民を奴隷にする為の犯罪です〉

 そして、こんな「事実」をつけ加えている。

 〈但し、日本の右翼勢力と協力組織には、米軍産複合体とユダヤ勢力が付いています。彼らは、集団ストーカー犯罪とテクノロジー犯罪を隠蔽する為に、日本を戦争国家にする為に、悪法を次々と成立させています。彼らは、人工地震兵器のHAARPなどを使っていますので、ご注意ください〉

 僕個人にあてたメールでは、右翼の現状、団体、個人について書かれている。「この男の行動はあやしい」と書く。では何故、僕に来たのだろう。以前、『公安警察の手口』(ちくま新書)を書いたからだろう。これを読んでいる。又、「個人のストーカー」ではなく、「集団ストーカー」犯罪についての本が出ていて、僕がHPで書いたのだ。奇妙な本だったが紹介した。さらに僕は、右翼の人よりも左翼の人の方が付き合いがある。「元は右翼だが、今はむしろ左翼」だと思っているらしい。
 この人は「右翼」「ヤクザ」は嫌いだし、攻撃するが、何故か「左翼」には、好感を持っている。こう書く。

 〈一般市民と左派の皆さん! 早く、右翼勢力と協力組織が秘密裏に行っている集団ストーカー犯罪とテクノロジー犯罪に気が付いてください! 奴等は一般市民と左翼勢力に知られないように、在日勢力と○○○○の組織犯罪だと主張し、上手に行動保守や右派議員、一族議員の支持者を増やしています。奴等は悪法を次々と成立させた後に、左翼勢力の犯罪だと主張し始め、左翼狩りを扇動する事になるはずです。そうなれば、人権・平和・反戦で活動しているジャーナリスト、左翼勢力、平和の為の宗教者などは根絶されますので、日本は終わります〉

 何やら憂国の叫びだ。今や、日本に左翼はいなくなった。がんばってくれ! と言っている。これだけ見ると、その通りだ。僕もこれは言っている。でも、この人は何と、5人の殺人を実行した。ここで言っていることと、余りに違う。何があったのだろうか。「お前が会って命をかけて止めたらよかったんだ!」と言われると返す言葉がない。でも、このメールを読んだ限りでは、全く気が付かなかった。4月1日、姫路に行った時、元兵庫県警の刑事さんだった飛松五男さんに会った。今までのメールを全部見せて、相談した。「鈴木さんのせいじゃないですよ」と言ってくれたが…。この事件の前におどされていた人々は何度も警察に相談してたという。でも防げなかった。ましてや、(何も知らない)僕が防げるはずはない。そうは思うが、まだ考え込んでいる。

 

  

※コメントは承認制です。
第173回淡路島の事件について考えている」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    紹介されたようなメールが、もしも自分に届いたら、私は何かできたでしょうか。男性は自宅に引きこもりがちだったとも伝えられています。似たような事件はこれまでにもありました。こうした事件が起きるもっと手前で、個人ではなく社会のあり方としてなら、何かできたことはあったのでしょうか…。鈴木さんと同じく考え込んでしまいます。

  2. とろ より:

    この手の方は少なからず存在するようですから,あまり気にされない方がいいと思いますよ。
    ただ,危ない人のようでしたから近付かない方がいいんだろうなとは思いましたが,近所の方々はどーすればよかったんですかね。考えていることが危ないってだけじゃ拘禁することは無理でしょうし。

  3. 多賀恭一 より:

    やさしい社会は、なによりも犯罪者に優しいので、正直者が馬鹿を見やすいのだ。
    鈴木さんは考え方を変えざるを得ない時に来ているのかもしれない。
    しかし、極端から極端に立場を変えると後悔することになるだろう。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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