鈴木邦男の愛国問答

 これは凄い。素晴らしい。よくぞ出してくれた! と拍手しました。この本を読んで、そう感じました。日本の出版界も捨てたもんじゃない、希望があると思いました。これは出版界における〈革命〉かもしれません。だって、自分たちの問題として、自分たちの業界から火の手を上げたからです。「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」編の『NOヘイト! 出版の製造者責任を考える』(ころから)です。実に感動的な本です。
 
 どこの書店でも、新刊書コーナーにヘイト本が氾濫している。書店に入ると、すぐに目につく。「嫌だな」と思うお客さんは多いはずだ。実際、「これはひどい」と思い発言している人はいる。僕も時々、書いてきた。でも、売れてるから置いてるんだろう。こんな本を読んで「気分がスッキリする」人もいるのだろう。なさけないと思う。それにしても、売れさえすればいいのか。名の通った大出版社までがヘイト本を出している。その出版社に勤めている人はどう思っているのだろう。そのことが、ずっと疑問だった。たとえどんな内容でも、「わが社の本が売れるからいい」と思っているのか。あるいは「何もそこまでやらなくても」と思ってはいても、会社の方針には反対できないのか。その声を聞いてみたかった。しかし、聞く手段がない。又、書店の人たちはどう思っているのか。「玄関が汚れているようで嫌だ。これでは書店に来るのが嫌だと思う人が増えるのではないか」。そう思う書店員だっているはずだ。でも、その声を聞く手段もない。書店に行った時、「どう思うんだ」と書店員に聞いたら、クレーマーだと思われてしまう。あるいは、「右翼が嫌がらせに来た」と警察を呼ばれるかもしれない。だから言えないし、悶々としていた。
 
 ところが、やってくれたんだ。出版関係者が立ち上がり、この本を作ってくれた。出版社の人々の声も出ている。書店員さんの声も出ている。偉い。勇気がある。と思いました。外部から「けしからん」と言ってる我々とは違います。内部からの声ですから、大変だったと思います。ありがたいです。頭が下がります。
 この本を編集した「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」趣旨文が、この本の初めに出てました。その中で、こう言ってます。

〈中国や韓国など他国および民族集団、あるいは在日外国人など少数者へのバッシングを目的とした出版物(便宜上「ヘイト出版」と総称します)、そして、それと関連して日本の過去の戦争を正当化し、近隣諸国との対立を煽るような出版物は、すでに「産業」として成立しています。『マンガ嫌韓流』が話題を呼んでから約10年。いまや名の知れた大手出版社が同種の本を出し、何万部という部数を競う現実があります〉

 事態はこんなに深刻なのだ。それにしても、「産業」になっているのか。恥ずべき産業だ。『呆韓論』『愚韓新論』などという本もあった。悪口ならば何を言ってもいいとなれば、どんどんエスカレートするし、悪口の創意工夫の技術も磨かれるのだろう。「ものづくり」日本の「匠の技」なのか。そんな方面には使ってほしくないのに。この「趣旨文」の最後はこう結ばれている。

〈出版を生業とする私たち自身が、ヘイト出版に異議を唱える上では葛藤もあります。しかし、だからこそ、「自分は加担しない」という個々人の表明に期待します。
 「私は、差別や憎しみを飯の種にしたくない」
 「私たちの愛する書店という空間を、憎しみの言葉であふれさせたくない」
 私たちはそう表明し、本を愛する多くの方々とともに、この問題と向き合いたいと願います〉

 勇気がある。堂々とした宣言だ。この宣言のもとに多くの出版関係者、書店員が集まった。そして内部から声をあげる。だから、第2章の〈書店員は「ヘイト本」をどう見ているのか?〉は興味深く読んだ。ある書店員は「危惧を覚えるほど売れています」と言う。そして、こう言う。
 
〈他国が悪い、日本の中に入り込んでいる在日外国人が悪いんだ、という図式はとても簡略で甘美であるとすら思えます。人のせいにできるのですから。一番楽な思考停止状態になれるBOXを求めた結果なのかと思っています〉

 又、他の書店員はこう答えています。

〈いま現在は、売れ筋商品・新刊コーナーの一等地に一段コーナーを設けて集められています。バランス感覚はゼロです。ついでに『日本が戦ってくれて感謝しています』のような「大東亜戦争肯定論」が並んでいます〉

 又、僕らは、「ヘイト本が多いな」と思うだけだが、なぜ「多い」のか、キチンと分析している人もいる。さすがは書店員だ。毎日、本に接し、本の流れを見ているから、違うと思った。

〈残念ながら非常によく売れています。現時点としては、コーナーでまとめられているので、一種の仕掛け販売になってしまっているからだと思います〉

〈「圧倒的に売れている」というよりも、「一定部数売れる本が定期的に出版され続けている」というのが、それらの書籍が目立ってみえる要因であると思います〉

 なるほどそうか、と思いました。そんなに断トツのベストセラーがあるわけではない。ただ、勇ましいヘイト本が次から次と出ている。本の題名も凄い。著者は結構まじめに書いてても、出版社側が「これじゃ売れません。もっとドギツイ題名にしましょう」と言ってるケースも多いのだろう。この本には「資料②」として、〈嫌韓嫌中のタイトルを眺めてみる〉も出ている。よくもこれだけ悪口、批判ができるものだと関心する。

『日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体』
『「妄想大国」韓国を嗤う』
『2014年、中国は崩壊する』
『沈没国家・韓国、侵略国家・中国のヤバすぎる真実』
『中国を永久に黙らせる100問100答』

 こんな本を毎日見ている書店員も大変だろう。この本で、こう答えていた書店員がいた。

〈わかりやすいストーリーを組み立てて、刺激的に書かれているのではないでしょうか。そのわかりやすさに読者は安心するのではないでしょうか〉

 これも言えますね。この前、書店に行ったら、こんな本があった。『中国が世界地図から消える日』。ひどい。そこまで言うか、と思った。外国に対する憎悪のオンパレードだ。どれだけ罵倒できるか。憎しみをおしつけられるか。その競争だ。これを見て思い出したことがある。戦争中のスローガン、標語に似ている。

「米英を消して明るい世界地図」

 これとそっくりだ。又、「日の丸で埋めよ倫敦(ロンドン)、紐育(ニューヨーク)」などという標語もある。森川方達編・著の『帝国ニッポン標語集』(現代書館)に出ていた。あるいは戦争中の標語よりも、今のヘイト本の題名の方が、ずっと下品で憎悪を煽っているのかもしれない。だって、『中国人、韓国人にはなぜ「心」がないのか』という本も出ている。心がないから人間じゃない。だから何を言っても、やってもいいと言うのか。
 「でも韓国、中国がひどいことをするからだ。子どもの時から〈反日〉教育を徹底的にやっているし」と反論する人もいる。じゃ、韓国、中国の書店では「反日本」がうず高く積まれ、売れているんだろう。だから、日本の書店でも「対抗上」「自衛的に」ヘイト本が並び、売れているのだろう。実は、僕もそう思っていた。ところが、加藤直樹氏は「違う」という。これは意外だった。
 
〈私はソウルに行くときはいつも教保文庫に立ち寄るのですが、「嫌韓」本に対応するような「反日」本など見たことがありません。つまり『日本人にはなぜ心がないのか』『悪日論』『妄想大国日本を嗤う』などといったタイトルの本を見たことがない〉
 
 これには驚きました。ヘイトスピーチのデモを見て、「下品だな」と思っても「でも中国、韓国がひどいことをしてるんだから、これくらいは仕方ない」と思っている人がいる。だから、ヘイト本の氾濫を見ても、「向こうでもやってるんだろう」と勝手に妄想している。僕自身もそんな愚かな思い込みがあった。この本は、そんな思い込みを正してくれる。又、ヘイト本に対し、これだけ多くの人たちが反対している。それを証明している。

 別に買う気はなくてもフラリと書店に入り、「今どんな本が売れてるのかな」と見る人は多い。この本の「あとがきにかえて」で言ってるが、「書店は公共空間である」。そして、「本はそれ自体が広告である」。だからこそ、真剣に取り組まなくてはならない。この本をキッカケに、どんどん論議が起きることを期待したい。

 

  

※コメントは承認制です。
第163回 「ヘイト本」について考えよう」 に12件のコメント

  1. magazine9 より:

    書店の嫌韓嫌中コーナーに、違和感を感じている人は多いはず。それを表すように出版された『NOヘイト!』の本への反響は大きいようです。「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」の設立経緯については、メンバー3人にお話をうかがった、マガジン9の記事「なぜ僕らは『ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会』を立ち上げたのか?」でも紹介しています。あわせてご覧ください。

  2. コジロー より:

    今朝(11月12日)のTBS・TV「あさチャン」で街頭インタビューを中心に中国人の日本観を紹介し、意外と全面的な日本嫌いは少なく、総じて「日本製品や日本の文化は好きだけど、日本の政治家の歴史認識が嫌い」という人が多いと伝えたまでは、こちらもそうだろうと納得。ところがこれに続き、「なぜか?」と問い、中国の教科書を開いて見せて、「徹底した反日教育」がなされているためと解説されたのには仰天した。日本の侵略や南京虐殺は史実だろう。それを教えることが「反日」というなら、蒙古襲来を日本史で教えたら反モンゴル教育ってことになるぞ。しかし、こんな認識がいまのマスコミの常識なのかと思うと、本当に恐ろしい。そんななかで、勇気ある行動をとられた出版関係者の皆さんに心から敬意を表します。いま、問われているのは日本の良識だと思います。

  3. 多賀恭一 より:

    人間は所詮、反省しない生き物であり、
    自分は正しいと自惚れたい生き物であり、
    他人を落としめて、自分自身が立派であると思い込みたい生き物なのだ。
    その低俗な喜びのためには惜しげもなく金を使いたがる。
    残念なことだが、
    実に残念なことだが、
    人類の魂を救うことは不可能に近い。

  4. 豊田 澄夫 より:

    ヘイト本とやらの著者や出版社の低劣さには全く呆れたものです。彼らのような連中こそ「エセ愛国者」であり、三島由紀夫氏のような知性や品性とは全く無縁の阿呆どもだと考えています。

  5. ピースメーカー より:

    第49回の「映画『ザ・コ―ヴ』を観た」を読んだ後で、
    http://www.magazine9.jp/kunio/100428/
    改めて第163回の「『ヘイト本』について考えよう」を読んだら、果たしてこの文章を同じ人物が書いたのか判らなくなる人が続出するのではないでしょうか?
    他人がとある表現に対して憤っているのに対して、「『上映拒否』だけはやめてほしい」などといっておきながら、自分がとある表現に対して憤ったら、その表現の排除運動をする団体を絶賛しているのだから、論理的一貫性がまるでありません。
    この話を太地町のイルカ漁師が聞いたら、十割の確率で「何が『議論』だ、ふざけるな!」と答えるのではないでしょうか?
    自分の意見は一分も譲ることなく、他人ばかりに受忍を要求するのは、「議論」ではなく「戦争」、それも敗者に対して要求する段階でしか実現できない話です。
    そして、そのようなやり方しか考えられない人間は、「差別」や「憎悪」といった問題には最も関わらせるべきではない私は思います。

  6. 前田淳 より:

    中韓の反日教育というのは歴史上の事実を憎悪を扇動する形で教えていることを指してるんじゃないですか?
    元寇の主力が朝鮮軍で、対馬で行った残虐行為や、終戦時に半島から引き揚げようとした日本人が
    朝鮮人にどういう目に遭ったのか、あるいは日中開戦の一因と言われている通州事件も日本の教科書では
    取り上げていませんよね?こういった事実を利用して中韓への憎悪を煽る形の教育をしているのであれば
    反中反韓教育を行っていることになりますが、日本ではそんなことはしていないでしょう。
    それをやっているのが中韓の反日教育です。
    嫌韓本が問題になってるのは、事実の指摘を越えた嫌韓感情の扇動のようなものが行われているからですし
    これらの書籍を問題視するのであれば、当然中国や韓国の反日教育も問題視するべきだと思いますが
    違いますかね?

  7. ピースメーカー より:

    「のりこえねっと」の共同代表である鈴木邦男さんは、自身が「ヘイトスピーチ」の加害者になった事があるという自覚は皆無だろう。
    しかしマイノリティである自分達の伝統を滅ぼそうと、やりたい放題で言いたい放題の反捕鯨団体や、その所業を擁護し、自分達の伝統を野蛮と非難する鈴木さんは、太地町のイルカ漁師達の主観からすれば「ヘイト」である。
    たとえ、「のりこえねっと」や鈴木さんが如何に反捕鯨団体は「ヘイト」ではないと反論しても、現実的に「被害者」であるイルカ漁師達にとっては「知ったことか!」であろう。
    「ヘイト」の定義はあくまで主観的なものであり、「被害者」が「加害者」を主観で認識した時点で生じるものであるということであり、故に「反ヘイト」の人間が「ヘイト」を行うという事態もありうるのだ。
    「ヘイト」という定義が確立できないという事は、「ヘイト表現」の規制が「表現の自由」へ致命傷を与えかねないのである。(続く)

  8. ピースメーカー より:

    (続き)イルカ漁師達の主観では、「嫌韓嫌中」本がヘイトで『ザ・コ―ヴ(反イルカ漁映画)』がヘイトではないという定義は「差別」である。
    「ヘイト表現」の規制が「憎悪」や「差別」を抑止するという大義名分故に実施されるのならば、「憎悪」や「差別」の火種となりかねない『ザ・コ―ヴ』は放映禁止という事になる。
    「ヘイト」と「差別」のコンボが揃えば誰もが表現を規制できるならば、別に国家体制が「表現の自由」を主体的に規制しなくても、異なる価値観を持つ万人が万人の闘争を遂行するための武器として互いにそれを用い、その結果、他者の表現を規制しようと互いに監視し合う、「表現の自由」が死んだ世界を招くというリスクがある。
    規制賛成派はこのリスクを軽視しているが、弁護士の山口貴士氏のように、
    http://blogos.com/article/92684/
    多くの識者が表現の自由に対する重大な脅威であると論じている。
    この様な規制反対派の主張は極めて現実味を帯びていると私は考える。(了)

  9. hiroshi より:

    先ずは、ヘイトスピーチとは何か?を詳しく規定する必要がある様に思います。〜(人種差別撤廃条約)その四条本文は、以下のように定める。「締約国は、①人種的優越や、皮膚の色や民族的出身を同じくする人々の集団の優越を説く思想・理論に基づいていたり、②いかなる形態であれ人種的憎悪・差別を正当化したり助長しようとする、あらゆる宣伝や団体を非難し、このような差別のあらゆる煽動・行為の根絶を目的とする迅速で積極的な措置をとることを約束する。〜師岡康子著「ヘイトスピーチとは何か」より引用。」とあります。

  10. hiroshi より:

    例えば、上記の『中国が世界地図から消える日』はどうか?何ページのどの段落のどの部分がこれに当たるのか?とか、中国の教科書のどの部分がこれに当たるのか?教師の発言に問題があるのか?とか、映画『ザ・コ―ヴ』のどの部分が該当するのか?とか、具体的に議論する為にも、人種差別/ヘイトスピーチを規定する基本法の制定が必要なのだと思います。ちなみに韓国在住の方が、韓国の教科書について詳しく紹介している動画があるので、興味のある方は観てみては如何でしょうか?
    http://www.norikoenet.org/movies/20140825-movie.html
    http://www.norikoenet.org/movies/20141027-movie.html

  11. com より:

    最近、兵庫県尼崎市内のデパート内書店に立ち寄ったのですが、
    ヘイト本の特設コーナー等が一切無く、逆に新鮮な気持ちになりました。
    もちろん、ベストセラーの棚にはその類の本も並んでいましたが、
    そちらは控えめで、特設棚ではあくまで「当書店オススメ」に拘っているようでした。

    歴史小説が充実していて、硬い本もある程度は取り揃えており、
    久しぶりに心地よい本棚巡りをしました。
    私には「ヘイトの定義」といった難しい議論は出来ませんが、
    攻撃的な見出しが並ぶ書店よりも、こっちの方が良いと感じたので投稿しました。

  12. こんちゃん より:

    >僕自身もそんな愚かな思い込みがあった。

    正直、反省して欲しいです。

    中国でも韓国でも、今の日本のネトウヨビジネスのような異常な商売は成り立っていません。
    政治家の一部が目立つために反日を煽ったりはしていますが、それが大衆に根付いたり、ましてやビジネスとして成り立ったりはしていません。
    そこまで暇ではない、また愚かではないんです。

    今の日本人の一部は世界でも最低レベルの民度に落ち込んでいます。

    政治家、官僚、教育の質が悪かったといわざるを得ません。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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