財界人ではなく、経済人でいたい
編集部
経済人としての目から見ても、それが日本の進むべき道だということですよね。しかし、実際には大企業などからは「9条改憲」の声が多く聞かれます。また、今回の大不況では「派遣切り」など、大企業による労働者の切り捨ても大きな問題になりました。
辻井
そういうことを考えても、日本は今、本当に危ない。最近私は、9条の話をするときには25条の生存権の話も一緒にしているんです。
「労働する」というのは、国民の基本的人権の大事な部分です。それを、会社がもたないからといって平気で無視するというのは、それ自体が反社会的行為。従って、労働者のクビを切って会社をもたせるというのは、基本的に間違いだし憲法違反だ、という話をしています。
それから、労働権の一つとしてスト権がありますよね。最近、フランスで大規模な交通ゼネストがあったんです。みんな当然ぶつぶつ言いますよ。不便だから。だけど、労働者がストをする権利は基本的人権だという意識があるから、「社会性をどう考えているんだ」とか批判するメディアは一つもなかった。
日本で同じことがあったら、今のメディアは「国賊だ」と言いかねない。労総組合の指導者を袋叩きにすると思います。メディアの中に、スト権、ひいては労働権が基本的人権だという感覚がないんですよ。その観点からしても、本当に日本のメディアはダメですね。
それに、経済界のリーダーも本当にひどくなりましたね。会社が危ないからクビを切って何が悪いんだ、と居直りするんですから。
編集部
以前、辻井さんが「(自分は)財界人ではなくて経済人だ」とおっしゃっていたのをお聞きしたことがあります。
辻井
それは今でも変わりませんね。自分を財界人だと思ったことはないし、言ったこともない。そう言われたら否定します。どうせ誤解されるんなら、ちょっとでも名誉な方向に誤解されたいじゃないですか(笑)。
編集部
さて、最後に「マガ9」読者からの質問を一つ。作家の村上春樹さんによる、文学賞の「エルサレム賞」授賞式での「壁と卵」のスピーチをどうお聞きになりましたか、というものなんですが…。
辻井
僕は素直に評価します。やっぱり村上さんはいいな、と思った。「私は常に卵の側に立つ」という言葉は素直に受け取ったし、こういう発言をするのなら、今後たとえば彼がノーベル賞をもらっても抵抗はないな、という感じでした。
もちろん、批評家は「それは素直すぎるよ」と言うでしょうし(笑)、わざとらしいとかPRの匂いがするという声もありましたが。でも、これだけ評価できるものが乏しい時代ですから、ちょっとでも評価できるものは、僕は素直に評価したいと思うんです。
編集部
本当にそうですね。ありがとうございました。
世界恐慌の末に、世界は多極化の時代に入り、
日本は、どの国とも仲良くできる中規模の通商国家、交易国家として残るといい。
しかしそうなるための条件が9条の保持だという、辻井さんの言葉には、大きな希望が持てます。
これまでのアメリカべったりの政治や外交とは決別し、
新しい日本の在り方を世界に示すためにも、一国平和主義に陥らないためにも、
今こそ憲法と9条の理念をきちんと世界にアピールしていく時ではないでしょうか?
辻井さん、ありがとうございました。