9条なしに、日本の経済は成り立たない
編集部
さて、憲法9条のお話も伺いたいと思うのですが、辻井さんは1927年のお生まれということで、戦争体験がおありですね。
辻井
そうですね。消防士が兵隊にとられていなくなった補充に動員されて、帝都防衛隊というのに編入されていました。
編集部
そのときは、おいくつだったんですか。
辻井
高校生で、17かそこらでした。空襲警報が鳴ると、自宅から青山墓地を抜けて、四谷の消防署へ行くんです。そこが僕の勤務先だった。
そして、なぜか僕は班長だったから、第何班は江東区へ行け、墨田区へ行け、と指示を出すんです。それで3人が死にました。その、僕が「行け」と言ったことでね。
それで、人間って怖いなと思うのは、空襲が終わって、朝になって家に帰るでしょう。途中、死体があちこちに転がってるわけですよ。最初はそれにびっくりする。ところが、3回、4回目となると、もうびっくりしないんです。
編集部
慣れてしまうんですね。
辻井
そうです。同じように、戦場へ行って残虐な行為をしてしまうというのも、慣れてしまって、つまり言い換えれば正常な感覚が麻痺してしまえば十分に起こりえると思った。だから戦争は怖い、戦場へ行っちゃいけないんだと思いましたね。
そういう経験もしてますから、9条はもう、絶対に大事です。マスコミ9条の会の呼びかけ人にもなっていますし、かたや経済人として考えても、今、9条がなかったら日本の経済は成り立たないと考えています。
編集部
そう考えておられる理由を、もう少し詳しくお話しいただけますか?
辻井
今、日本が工業生産を維持するためには、石油を積んだ船がマラッカ海峡を平和に航海できなくてはなりません。そうでなければ、日本の産業は一ヶ月しかもたない。平和が維持されているということは、日本経済の維持、発展の前提条件なんです。9条があってこそ、日本の経済は生きていけるんですよ。
それから、経済ばかりじゃなくて、日本の主要穀物の自給率は40%を切ってます。ということは、海外からの輸入がストップしたらとたんに人口の60%は餓えるんですよ。そのときになって急いで畑を耕しても、収穫まで1年かかるんですからね。
そういうあらゆる条件をとってみても、9条でもって平和が保たれていないと、日本はやっていけない。9条は、日本のためだけじゃなく相手にとっても——つまり国際的にも、有益な憲法なんだと思います。
編集部
逆にいえば、もし9条が日本になくなったら…。
辻井
昔よく、いろんな国で言われたのは、「9条がなくなったら、あれだけ発達した経済権益を守るために、日本は必ず再軍備するだろう」ということですね。そうなったら、アジアにとって日本はもっとも危険な軍事国家になりかねない、と。
私は、今回の恐慌でアメリカの一極支配の時代は終わったと考えています。今は長いトンネルの中に入っているけれど、そのトンネルを抜けたときには、完全に多極化の時代になっている。少なくとも中国がもう一つの極、そしてEUがさらにもう一つの極として残ることは間違いないでしょう。やっぱり50年かけてつくられてきたEUは強いですよ。技術もあるし文化もある。「今はEUは貨幣も下落してるし、だめだ」という財界人が多いんですけど、文化的要素をまったくカウントしていない考え方だなと思います。
そしてアメリカも一つの極としては残るでしょうから、EUと中国とアメリカが三つの極です。日本はたぶんそこに残らない。残らないほうがいいでしょう。そしてどの極とも仲良くしていい関係を結ぶことで、中規模の通商国家、交易国家として残ればいいんです。その条件が9条の保持なんですよ。
世界恐慌の末に、世界は多極化の時代に入り、
日本は、どの国とも仲良くできる中規模の通商国家、交易国家として残るといい。
しかしそうなるための条件が9条の保持だという、辻井さんの言葉には、大きな希望が持てます。
これまでのアメリカべったりの政治や外交とは決別し、
新しい日本の在り方を世界に示すためにも、一国平和主義に陥らないためにも、
今こそ憲法と9条の理念をきちんと世界にアピールしていく時ではないでしょうか?
辻井さん、ありがとうございました。