この人に聞きたい

アメリカ発の「Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)」は、誰でもが自由にネット上での署名活動を展開できる、署名プラットフォーム。ソーシャルメディアとの連携によって、声なき声や少数者の声を増幅させる仕組みも整っており、様々な「社会を変える」を実践。現在、世界196カ国で3000万人以上のユーザーが利用し、支部は世界18カ国に広がっています。日本には昨年7月に上陸。「日本女子サッカーチームのビジネスクラスへのアップグレード」や、「『はだしのゲン』の閲覧制限要請の撤回」など、いくつかの「変えたいを形にする」実績を作ってきました。日本代表を務めるハリス鈴木絵美さんに、「チェンジ」のこと、ネット選挙のこと、日本における社会運動の進め方などについて、お話を伺いました。

ハリス鈴木絵美(はりす・すずき・えみ)
ネット上で署名を集めて社会問題の解決を目指すサイト「Change.org」日本代表。米国人の父と日本人(江戸っ子)の母の間に東京で生まれる。日本の高校(インターナショナルスクール)卒業後、米イェール大学に留学。卒業後は、マッキンゼー&カンパニー、オバマ氏の選挙キャンペーンスタッフ、ソーシャルインキュベーター企業Purposeを経て、2012年にChange.orgの日本代表に就任し、日本版をスタートさせる。『はだしのゲン』の閲覧制限要請撤回の署名では、7日間で、2万筆以上を集めた。
オバマの選挙キャンペーンの経験は、
目からウロコでした

編集部
 島根県松江市の教育委員会が市内の小中学校に対し、漫画『はだしのゲン』の閲覧制限を要請していた件は、マスコミでも大騒ぎになって、結局要請は撤回になりました。が、そもそもこの件が注目を集めたのは、ハリス鈴木絵美さんが日本代表をつとめる署名サイト「Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)」に、「閲覧制限要請撤回」を求めて署名をしましょう、というキャンペーンが立ち上がり、それが新聞などのマスメディアに紹介され、短期間で署名が1万人以上集まったという経緯があったからでしたよね? これは、絵美さんが特に力を入れて仕掛けたとか、あったんでしょうか?

絵美
 いいえ。これは、ちょうど私が夏休みをとっている時に立ち上がったキャンペーンでした。東京にもどる新幹線の中で、友人から「『はだしのゲン』のがずいぶんと話題になってるみたいだね」っていうメッセージがきて、「え、何のこと?」ってサイト見たら、既に数千人分署名が集まってる。「おおー、がんばれ、みんな! 私は夏休みで遊んでたぜい」って感じでした(笑)。

編集部
 そうなんですか! こうやっていろいろとメディアで取り上げられてニュースになると、私も昔読んだにもかかわらず、『はだしのゲン』を読み返したくなって、思わず文庫本を買ってしまいました。そういう人は他にも大勢いたらしく、結局増刷したとかでまた話題になったり。『はだしのゲン』を読ませたい人にとっては、これ以上ない広告になりましたよね。

絵美
 サービスを提供している側のスタッフが、思いもつかないような活用の仕方をユーザーが始めて、いつの間にか素晴らしいキャンペーンが出来上がっている。そんな状況はこれまでにも多々ありましたが、これってネットというツールならではの素晴らしさだなと。例えば「チェンジ」の日本事務所には、フルタイムのスタッフは2人しかいません。この2人で、10万人の方をサポートしています。そういう点では、従来のすごく人件費がかかるような活動だけじゃなくて、一人の個人がネットによって大きな力を持てるような時代になりました。そこには希望を持ちますよね。だって今回最初に署名を呼びかけた発信者さんが、2万筆を自分で集めようとしたら何日かかったでしょうか。 

編集部
 何倍もの時間と人手もかかったでしょうね。さて、そんな注目を集めている署名サイト「チェンジ」に絵美さんが、参加するようになった最初のきっかけは、何だったんでしょうか? そして日本オフィスを立ち上げた経緯を教えてください。

絵美
 私が社会運動に関心を持った最初のきっかけは、2008年のアメリカ大統領選挙の時に、オバマの選挙キャンペーンに参加したことです。そもそも、何でオバマの選挙に関心を持ったのか、という話から始めると…。
 マッキンゼーでの仕事を腰を痛めて辞めて、シアトルでリハビリをしていたときに、たまたまオバマが講演に来ていたので聞きにいったのです。その時に「こんな人がアメリカの大統領になったら、なんて素敵なんだろう!」っていう、深い印象を受けたんです。で、その後ニューヨークに引っ越したときに、最初に就いた仕事がうまくいかなくて、ちょっとプータローをしていたら、友達から「時間があるならオバマの選挙ボランティアしてみない?」って声がかかって。それから毎日オフィスに行くようになったのですが、知らないうちにすごくいろんな仕事を任されていて、結局選挙までの数カ月間参加しました。それが自分にとっては目からウロコの経験だったのです。今まで自分がいかに「エリートのコミュニティ」にだけ浸かって生活を送っていたのかっていうのが、そのキャンペーンを通してすごくよくわかりました。私は、たまたま素晴らしい教育の機会を与えられて生きてきた。なのに、このままビジネスをするだけでいいのか、私? と。自分の価値観を見直す時間になったんです。
 その後ニューヨークで、社会的企業のための「インキュベーター×コンサルティング」といって、デジタルメディアとかソーシャルメディアを使って社会運動、社会問題を解決しにいくにはどうすればいいのかをアドバイスする仕事を、3、4年やりました。

編集部
 社会的企業のためのインキュベーター×コンサルティングとは、具体的にどんな仕事をしていたんですか? 

絵美
 実際に私が関わった時期においては、社会的企業の立ち上げまではできなかったのですが。例えばある財団において、社会問題の認知を上げるための、ソーシャルメディアやデジタルメディアの活用方法のアドバイスやコンサルティングを行っていました。一番うまくいって有名になっているのが、現在世界で180万人以上の方が参加している「ALL OUT」という、LGBT(性的マイノリティ)の方の権利をグローバルで守っていくキャンペーン団体ですね。最初はその財団がお金を出して、一つのプロジェクトとして立ち上げたのですが、2、3年のうちに、マイクロドネーション(大勢の人から少額ずつの寄付を集める)の仕組みを活用して、会員からの寄付を集めて運営を成立させる団体作りを進めました。
 ちなみに、「ALL OUT」は、日本だとまだあまりなじみはありませんが、「グリーンピース」や「アバーズ」のように、複数言語でキャンペーンを展開していくグローバルなキャンペーン組織です。

日本には、「チェンジ」が必要だと思って、帰国を決意

編集部
 「チェンジ」も、そのころ関わったんですか?

絵美
 いいえ。そのころは、まだ関わりは持っていなかったのですが、業界の中では、「チェンジ」は、署名プラットフォームとしてはすごく有名になっていました。その「チェンジ」が、アジアに進出するらしいというニュースが流れ、候補国の中に日本があったのです。日本に行くなんて、すごい度胸だなあと思ったんだけれど、その仕事って私以外に誰がやるんだろう、って考えたときに「いない」と。なら、私がやらなきゃ! っていう感じになって、自分から手を挙げて日本オフィスの立ち上げに参加することにしたんです。

編集部
 今、私がやらなければ誰がやる? という意気込みですね。

絵美
 (笑)そうですね。日本語と英語、両方できて、デジタルも好きで、社会運動やっていて、時間的な余裕もあり、そしてリスクが取れる人なんてかなり限られている。そう考えたら、私がやらないと「チェンジ」の日本版って立ち上がらないかもしれない、という結論に至りました。しかしそれはどう考えてももったいない。このサービスは、英語圏だけではなく、なるべく多くの方に使って欲しいと思っていましたから。

日本に必要なのは、「多様な意見」の発信

編集部
 そのころ、絵美さんの目には、日本の様子はどんな風に映っていたのでしょうか? 3・11の後になるわけですか? 

絵美
 3・11の後ですね。震災が起きた時、私はニューヨークに住んでいて、いろんな情報が流れてきましたが、日本のメディアの報道がどれだけ偏っているのかということを、現実的に実感しましたね。私のフェイスブックのフィードに流れている、現地からの情報、海外メディアの報道、あとは日本国内様々なメディアの報道を比べて見ていると、同じ事象を扱っているのに「これだけ違うんだ」ってことに驚きました。それで何を信じていいのかわからなくなってしまい…。結局日本にいる親に電話して「どうなの?」って聞いたりしていました。
 そんな誰もよくわかっていないという状況の中で、一番情報をたくさん発信してるのは誰なのかと言えば、やはり権力を持っている人たちです。それは画一的でちっとも「多様性」がない。そのことも強く印象に残りました。

編集部
 政治家、電力会社の役員、学者、マスメディア…たしかに表に出てくるのは、みんな権力を持っている人ばかりでしたね。

絵美
 「チェンジ」は、ボトムアップのアジェンダセッティング(課題設定)ができるツールとして、誰でも「署名を呼びかける」という形で問題提起できるようになっています。無料だから資金も必要ない。ネット回線さえあればいつでもどこででも、使えるんです。だから、多様な意見もそこに集めて、発信もできる。そういうことが、今の私が日本社会にできる一つの貢献ではないかと。そんなことができたら、面白いな、と思っていました。

日本のネット選挙解禁を体験して

編集部
 絵美さんは、昨年6月に帰国されて、7月には「チェンジ」の日本語版を立ち上げられました。そして12月には衆議院総選挙がありました。また今年7月の参院選では、初のネット選挙解禁ということもあり、アメリカでネット選挙を体験している絵美さん自身への注目も集まりましたね。私もインタビュー記事をいくつか拝見しました。

絵美
 今回はたまたまですね。日本で初のネット選挙解禁となって、実際にアメリカのネット選挙や大統領の選挙キャンペーンを経験してる人があんまりメディアで見つからなかったらしくて、私が「経験してますよ」っていったんインタビューされたら、「ああ、じゃあ、絵美さん、話してください」っていう感じになっただけでしょう。それにしても、日本の選挙とアメリカの選挙を比べて「どう見てますか?」と評論家に聞くみたいな感じで問われても、私がそんな偉そうなこと言っていいのかな? と不思議な感覚でした(笑)。

編集部
 そうですね。でも、私も今からそれを聞こうかなあと思っていました(笑)。

絵美
 ですよね(笑)。選挙に関しては、特に日本のメディアの方に聞かれる時には、まるでアメリカの選挙が理想であるかのようなスタンスで聞いてこられることがあります。もちろん私はオバマの選挙のおかげで政治にも関心が持てたし、その経験ができたことについては、肯定的に捉えていますが、全体像としてはアメリカの選挙というのは、ほぼお金がすべてなんです。いろんなマーケティングの手法が試せたり、電話を支持者にどんどんかけられたり、オバマのサイトを通して、支援者が自主的に草の根的にメッセージを広げていけるっていうことも、莫大な選挙資金の元で可能になっているわけですが、果たしてそれだけお金を選挙に投資するべきなのか? という議論はあってしかるべきだと私は思います。
 前回の大統領選挙の時も、10億ドルぐらいのお金が使われています。選挙期間もすごく長いし。お祭り騒ぎみたいにもなっているし、みんな疲れちゃうっていうのもある。そして、アメリカの政治家って常に選挙活動しているから、本当に政策のことを考える時間なんてあるのかな、という疑問もわきます。政治家のインタビューを読んでいてもわかるのですが、1日の仕事のうち、半分以上は資金集めのために電話をかけている。そういう現実を見ると、この選挙のあり方がアメリカの政治そのものに、いい影響を与えているかどうかはわからない、と思うんですよ。
 それを踏まえた上で日本の選挙について言うと、ネットが解禁されても、ぜんぜん盛り上がりませんでしたね(笑)。

編集部
 はい。

絵美
 なぜ盛り上がらなかったかというと、たぶんいろんな要因があるんですけど、今回に関しては、ネット選挙はスタート地点に立ったばかり。ネットが解禁されたからっていきなりみんな、政治思想が変わるわけでもないし、一般の方がいきなり政治に関心を持つわけでもないし、ただただ一つのチャンネルが開いたっていうことに過ぎない。最初の期待が大きすぎたのかな、というのもありますね。
 ネットも結局「人」ですし、人が変わるのってすごく時間がかかることだから。政治的な話をしたり、アクションを起こしたりというコミュニティが普段の生活の中にないのに、いきなりネット選挙を解禁しても、そこまで盛り上がらないんじゃないのっていうのが、私が選挙の前に、ネット選挙の解禁を促した方ともいろいろ話していたことです。「今回はそんなに変わんないよね。今後、頑張ろうね」っていう感じでした。

 そのなかでも、いくつかはすごく面白いなって思った現象はありました。特に、競争力が激しい選挙区のなかでは、やっぱりネットはけっこう力を発揮したんじゃないでしょうか。東京選挙区の、鈴木寛さんVS山本太郎さんなんて、まさにその形でしたね。熱心なサポーターがいれば、既存の組織や資金を持たなくても、ネットは組織力になる。そして、それをうまくまわしていたなと思いました。内容に関する意見はここでは、言いませんけれど。
 あと三宅洋平さんが中心となって行った「選挙フェス」も、ネットをうまく使った例ですね。「選挙フェス」の会場となった渋谷のハチ公広場に、普通の若い人からファミリーまで、2000人、3000人と、どんどん集まってくるなんて、日本では異例なことだなって感じがしていました。「文化・音楽・カルチャー×政治」という図式が見えたことで、ある意味、ネット選挙の可能性や希望がそこに持てました。うまくブランドとかコンテンツを作ることができたら、政治や選挙に関心を持つようになる人は、きっともっともっといます。次回の教訓として活用できたらいいなあって、思いましたね。

その2へつづきます

(構成・写真/塚田壽子)

 

  

※コメントは承認制です。
ハリス鈴木絵美さんに聞いた
(その1)
「社会は変えられる!」と、
インパクトを持って示そう
」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

     日本初のネット解禁選挙、「マガ9」も、もっとやれることあったんじゃないのかな? という思いがずっとあったのですが、オバマの選挙キャンペーンを経験した絵美さんにして、「投票に行くとか、誰に入れるとか。人を動かす力になるのは、結局はリアルな場での人と人とのつながりやコミュニティ。ネットはツールにしか過ぎない」と語っているのを聞いて、なんだか腑に落ちました。
     ネット外の「コミュニティ」について、マガ9も考えていきたいと思います。

  2. 松崎道幸 より:

    オバマの選挙費用は「10億円」でなく「10億ドル」です。

  3. そのオバマさんが話ねじまげても、シリアに戦争しかけようとしてるってのが一番の問題だよね。相棒のケリーなんか元反戦活動家じゃん。

  4. magazine9 より:

    ほんとでした! すみません、訂正いたします。ご指摘感謝です。

  5. くろとり より:

    今回のシリアに関してはオバマ大統領は戦争するつもりは無かったですよ。
    アメリカには金が無いし、国内にも反対が多い。デメリットばかりですしね。
    おそらく化学兵器が使われていなければ何もしなかったでしょう。
    しかし、化学兵器が使われてしまったがゆえに戦争も辞さずという態度をとらざるを得なかっただけでしょう。

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