この人に聞きたい

恐怖が住民を集団自決へ追い込んだ

編集部
 作家の曽野綾子さんなどは、そうした「部隊長による命令」を否定するとともに、集団自決に強制があったとすることは、「崇高な犠牲精神によって死を選んだ人々への冒涜」だといった主張をされています。


 靖国神社をめぐる議論と同じなんですよね。普通であれば生きられたはずの人々が、国家の行為によって死に追いやられた。その場合、国家、あるいは軍の責任が当然問われるべきなのに、「崇高な死だ」ということによって国家や軍が免罪されてしまうという構図です。
 集団自決というのは、米軍が上陸してきてすぐに起こったもので、その後には起こっていません。なぜかというと、証言の中で出てくるのは「米軍が非常に親切にしてくれた」ということ。つまり、それまで「米軍は捕まえた住民にひどい扱いをして皆殺しにするんだ」という恐怖心を叩き込まれていたから、投降できなかった。でも、「ちゃんと助けてくれるんだ」とわかると、もう自決する必要はない、山から下りていこうということになったわけです。
 そして、もう一つ大きかったのは、「日本軍が玉砕するときには自分たちも一緒に玉砕する」という意識です。軍官民共生共死——もう「共に生きる」というのはこのころには意味がないですから、「共に死ぬ」方ですが——というのを信じ込まされていたんですね。それで、日本軍はもう玉砕するはずだと思っていたから、自決が起こったわけです。

編集部
 でも、実際には日本軍は「玉砕」しなかった…。


 そう。全然玉砕する気がなくて山の中なんかに隠れていた。それで、生き残った住民たちが少し逃げているうちに日本軍が玉砕していないことがわかってくると、日本軍が生きているのに自分たちだけで玉砕するなんてばからしいということになるんです。
 だから、防衛庁の戦史などに書かれているような、「軍に迷惑をかけないように自ら進んで」なんていう意識はほとんどなかったはずです。あったのは、米軍への恐怖と「軍が玉砕するときは自分たちも」という意識。だから、そこの嘘が崩れてしまうと、もうそれ以上自決は起こらなかったんです。

編集部
 集団自決が起こった原因が、「お国のために」という皇民化教育にあるという意見もあります。ひめゆり学徒隊の生存者の方などは、そういった証言をされていますね。


 ひめゆり学徒隊の方たちの証言は、彼女たちにとってはまったくそのとおりだと思います。しかしその理由で全体を説明するのは違うんじゃないか、というのが私の主張です。たとえば、ひめゆりの人たちは当時16、17歳で、まさに軍国主義にどっぷりと浸かって育った世代ですから、たしかに「お国のために命を捧げるのは立派なことだ」と本気で信じ込んでいたと思う。
 でも、もっと上の世代、あるいはひめゆりの人たちのような中等教育をうけていなくて、小学校しか出ていないような大多数の人々はどうか。もちろん、建て前は建て前としてあるけれど、プライベートなところ、軍のいないところではけっこう本音を言っている——ときには天皇の悪口を言ったり——という部分があったようです。本を書いたり、語り部になるのはやはりある程度教育を受けた人が多いのであまり注目されないけれど、「軍に招集されたけれど、郷里の母親が心配で途中で逃げ出した」なんて証言もありますから。
 集団自決とは反対に、地域の人たちが集団で米軍に投降したケースはたくさんありますが、それらはもっと上の世代が地域のリーダーである場合です。たとえば40歳代くらいであれば、大正デモクラシーの時代に教育を受けていて、その影響が残っている人たちも少なくないですから、ひめゆりの世代とは全然違います。
 もちろんその世代のなかにも皇民化教育を推進した教育者や、戦時体制に積極的に協力した人たちもいますから、同じ世代でも一色ではありませんが。
 では、そういう人々を集団自決に追いやったのは何かというと、やっぱり先ほども言ったアメリカ軍や日本軍への恐怖心だと思うんです。皇民化教育だけでは「死ぬしかないんだ」という意識をたたき込めないからこそ、恐怖心を煽ったのではないでしょうか。
 そして、さらに決定的だったのは、日本軍がそこにいたということです。日本軍がいなければ、生きたい、米軍も民間人までは殺さないだろうからみんなで投降しようということができますが、日本軍がいれば非国民、スパイとして殺されてしまいます。集団で米軍に保護されるというのは、日本軍がいなかったからできたのです。

固定ページ: 1 2 3

 

  

※コメントは承認制です。
林博史さんに聞いた(その1) 沖縄戦・集団自決問題の真相」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    戦争は「するべきではない」のではなくて、「できない」もの。
    「軍隊を持たない」=理想主義、との図式こそが、
    もはや時代遅れだというべきなのかもしれません。
    次回は、沖縄戦や従軍慰安婦問題など、林さんが
    現在の研究テーマに取り組まれるようになったきっかけについてお聞きします。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

各界で活躍中のいろいろな人に、9条のことや改憲について どう考えているかを、聞いています。

最新10title : この人に聞きたい

Featuring Top 10/109 of この人に聞きたい

マガ9のコンテンツ

カテゴリー