年間3万人。1日にならすと毎日100人もの命が、自殺によって失われています。内閣府の調査では、大人の4人に1人は本気で自殺を考えたことがあると回答し、いつ、自分の身近な人が自殺してしまってもおかしくない状況になっています。でも、「自分になにができるかわからない」と立ち止まっている人も多いのではないでしょうか。
日本でもっとも自殺率の高い秋田県での先進的な取り組みを凝縮した『希望のシグナル』は、そうした人たちへのヒントがたくさん詰まった映画です。双子の兄弟である、監督の都鳥伸也さんと、撮影・編集の拓也さんに、作品ができるまでの道のりを伺いました。
自殺の原因究明から、
自殺“対策”を語り合う時代へ
編集部『希望のシグナル』というタイトルに込められた思いを聞かせてください。
伸也 秋田市で自殺防止活動をしている佐藤久男さんが、よく言っていたんです。「死を考えている人のサインはなかなか見えないけれど、周りの人が『ここにくれば助かるよ』とシグナルを発することはできる」と。
佐藤さんは秋田県内では有名な企業を経営していましたが、不況のあおりで会社の倒産。精神的にかなり追い込まれたことがあります。その後、知人の経営者が自殺したのを機に、2002年、『NPO法人 蜘蛛の糸』を立ち上げました。自身の経験をもとに、経営者の相談にのっているほか、”シグナル”を発するべく新聞やテレビの取材に積極的に応えています。『蜘蛛の糸』には、佐藤さんが載った記事を握りしめて相談しにくる人が大勢います。
拓也 今回の作品は、あくまで自殺”対策”がテーマなんです。「どうして自殺が多いのか?」という原因究明ではなく、佐藤さんのように「こうしたら自殺を防げる」という自殺対策をみんなで共有したくて、撮り始めました。2006年に自殺対策基本法ができ、自殺問題は「原因」から「対策」を語り合う時代に変わったと思います。
ドキュメンタリー映画が
「自殺」を扱う意味
伸也 自殺の原因究明を扱うなら、ドキュメンタリーよりも主人公を立てた劇映画のほうが向いています。自殺の原因は非常に個別的で、ドキュメンタリーで追及するのは限界がある。まず自殺した本人には取材できないし、遺族が語るにはあまりに大きな苦痛を伴います。ドキュメンタリーで個別ケースを撮るには、常に壁があるんです。
拓也 今回の作品でも、撮影が中止になったり、撮っても使えないシーンがたくさんありました。『蜘蛛の糸』を訪れた相談者の撮影は、直前になって本人の精神状態がよくないということで中止になり、思っていた以上に撮影は難航しました。
でも、僕たちは、社会の動きを描くのが、ドキュメンタリーの役割だと思っています。自殺で長男を失い、自死遺族の自助グループ『藍の会』を立ち上げた田中幸子さんは、相談者からの電話を受ける机の上に、息子さんの形見の鏡を置いています。その鏡は、後ろにある息子さんの遺影がちょうど写るようになっているのですが、こういうことはシナリオで書こうとすると嘘くさい。ドキュメンタリーだからこそ、彼女の活動の様子をそのまま伝えられたシーンでした。
伸也 ドキュメンタリー映画は、どこまで被写体に迫れるかが勝負で、ときに強引な手法もやむなしという面があります。でも、今回はそれをしたくありませんでした。取材で会った人の自殺対策が実を結ぶことを優先させたかったからです。
(C)『希望のシグナル』サポーターズ・クラブ/ロングラン映像メディア事業部