5年前に成立した「国民投票法」のもと、憲法改正原案の審議の場ともなる「憲法審査会」が、昨年10月、衆参両院で動き出しました。改憲への動きが加速するのでは? と懸念する声もあがる中、国民投票法の民主党案起草にも携わった南部義典さんは、「そもそも、そんなレベルの話ではない」と指摘します。審査会始動がはらむ、「見逃せない問題点」とは何なのでしょうか?
国民投票法の「三つの宿題」
編集部 昨年10月、衆参両院で「憲法審査会」が始動しました。2007年5月の「日本国憲法の改正手続きに関する法律(国民投票法)」の成立とともに設置が決められて以来、4年半を経ての始動ですが、 憲法改正原案についての審議などの権限を持つ審査会であることから、具体的な改憲への動きにつながるのではないかと危惧する声もあります。
南部さんは、国民投票法の民主党案起草に携わられ、その前後の動きをずっと見てこられていますが、ここまでの流れを振り返りながら、今の状況をどう見ておられるかについてお聞かせいただけますか。
南部 国会での本格的な憲法論議は、2000年1月の衆参両院の憲法調査会設置に始まりました。そこで5年にわたる議論が行われた後、小泉郵政選挙直後の2005年9月に召集された第163回特別国会で、衆議院の憲法調査特別委員会が設置されます。ここで、調査会による報告を受けて、国民投票法整備に向けてのゼロベースの論議がスタート。そして2007年5月18日に、国民投票法が公布されることになりました。
しかし、この法律は実は国に対して、「三つの宿題」を課していたんですね。
編集部 それはどういうものですか?
南部 一つは、国民投票法における投票権年齢(満18歳以上)と、公職選挙法、民法その他の法律における成人年齢などの整合性について、法体系を整理すること。いわゆる成人年齢の引き下げ問題です。二つ目は、国民投票における公務員の政治的行為の制限をどうするか。そして三つ目が、首相公選制を導入すべきか、原発を憲法上禁止すべきかといった憲法改正問題をテーマとした、アンケート的な国民投票が可能かどうかについてです。
この三つのテーマについて、国が検討を加え、必要な措置を講ずるように、との文言が、国民投票法附則(※)に含まれていたんですね。2007年5月18日の法律公布日は、この「宿題」のスタート地点でもあったわけです。宿題のうち、はじめの二つは、3年後と定められた国民投票法の全面施行の日までに済ませるように、ということでした。
※国民投票法附則…附則とは、法令の主要事項(本則)に付随する必要事項を定めた部分のこと。法令の一部という扱いなので法的な拘束力を持つ。一方、国民投票法案が参議院憲法調査特別委員会を通過するにあたっては、TV・ラジオの有料広告の扱いについてなど18項目の附帯決議もなされたが、こちらは「委員会の意思表明」にとどまり、法的な拘束力は持たない。
編集部 ひとまず法律は公布されるけれども、施行の日までにその「宿題」を片付けなさい、と。
南部 そうです。そして、そのための議論の場になるのがまさに憲法審査会だった。ところが、2007年8月施行の改正国会法によって設置が決められたはずの憲法審査会は、始動させるか否かが政局問題と扱われてしまいました。委員の数を何人にするかといった内部規程はギリギリ間に合いましたが、審査会の意義について確固たるビジョンが共有されないまま国民投票法が施行される2010年5月18日を迎えてしまいます。法律の公布から全面施行まで、政権交代がかかった国政選挙を二回挟んだことも原因の一つでしょう。附則の「宿題」は片付かないまま、法律本体のほうが動き始めてしまったわけです。