生活保護受給は「徴兵逃れ」?
編集部 つまりは「働けるのに働かない」のは甘えだ、ずるい、といった発想ですね。
稲葉 そして、そういった不平、不満がなぜ生まれてくるんだろう、と考えてみたときに、思い浮かぶのは「徴兵逃れ」という言葉です。
編集部 徴兵逃れ?
稲葉 もし自分が、なかなか仕事が見つからず、でも「働けるから」と言われて生活保護も受けられないという状況に置かれたらどうするだろう。もしかしたら、保護を受けるために自分でわざと病気になろうとするんじゃないだろうか。そう考えたときに、ああ、それって徴兵逃れと一緒だなと思ったんですよ。
編集部 徴兵されるのを逃れるために、自分でわざとケガをしたり、病気になるように仕向けたりという…。
稲葉 作家の金子光晴が、息子に徴兵を逃れさせるために、松葉の煙でいぶして喘息の発作を起こさせた、なんて話がありましたけど、それとまったく同じ構図ですよね。ということは、「働ける人が生活保護を受けるのはけしからん」という人たちの目線は、「あいつらは徴兵逃れをしている、ずるい」という感情に近いのかな、と思うんです。
それは逆に言えば、それだけ労働市場が過酷になっているということでもありますよね。不正規雇用の人は非常に不安定な状況に置かれているし、正社員の人もその地位を守るために、場合によっては過労死寸前のオーバーワークに耐えざるを得ない。労働市場全体がそういう「兵役」のようなものになってしまっていることが、「あいつらは仕事もしないでずるい」という感情につながっているのかな、と。
編集部 労働が「つらいもの」という前提があるからこそ、「そこから逃れているのはずるい」ということになるわけですね。
稲葉 本来、仕事というのは大変なだけじゃなくて、それを通じて自己実現したり、社会とかかわったりつながったりという、喜びとしての側面も強いもののはずなんですよね。それが今の日本社会では、ただつらい、兵役のような劣悪な労働条件が広がってしまっている。
だから、働いている人たちの状況が悪くなればなるほど、福祉を受けている人たちへのバッシングは強まる。両方を同時に改善していかなければ、状況は変わらないんだろうなと感じますね。
(構成・仲藤里美 写真・塚田壽子)
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