この人に聞きたい

今年に入ってからも各地で頻発する、餓死・孤立死の事件。一方で、いわゆる「生活保護バッシング」の広がりを受けて、多くの政党が生活保護の切り下げや要件厳格化を打ち出すなど、「最後のセーフティネット」が大きく揺さぶられようとしています。そもそも、生活保護とは何のためにある制度なのか。そして「バッシング」の背景にあるものとは? 生活困窮者への支援活動を続けるNPO「もやい」の稲葉剛さんにお話を伺いました。

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いなば・つよし1969年広島県生まれ。1994年より東京・新宿を中心に路上生活者の支援活動に関わる。2001年、NPO法人自立生活サポートセンター・もやいを設立し、幅広い生活困窮者への相談・支援活動に取り組む。現在、もやい代表理事、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人、埼玉大学非常勤講師。著書に『ハウジングプア』(山吹書店)、共著に『貧困待ったなし!―とっちらかりの10年間』(もやい編、岩波書店)、『わたしたちに必要な33のセーフティーネットのつくりかた』(合同出版)など。
増加する複数世帯の餓死・孤立死

編集部 稲葉さんが代表理事を務めるNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」では、これまで10年以上にわたって、生活に困っている人の相談・支援活動を続けてこられました。その経験から、ここ最近の「貧困」をめぐる状況をどうごらんになっていますか。

稲葉 非常に心配なのは、今年に入ってから、1人暮らしではない複数世帯の餓死・孤立死が増えていることですね。これまでも餓死・孤立死自体はありましたけど、だいたいが単身世帯、それも中高年の男性というパターンが多かった。それが今年は、札幌で40代姉妹が亡くなったのを皮切りに、埼玉で60代のご夫婦と30代の息子さん、3人が死亡しているのが見つかったりと、複数世帯での餓死・孤立死が目立っているんです。
 もやいでもここ1年くらいで、複数世帯からの相談が増えています。家族3人でアパートを追い出されて車中生活をしている、夫婦でネットカフェで暮らしている…。ある時期まではなんとか家族で支え合っていたのが、限界に来てしまったというケース。放っておけば家族ごと共倒れしかねない。ある意味、貧困がより深刻な次のステージに来てしまったのではないかという印象を受けています。

編集部 そんな中、今年5月には、ある芸能人の家族が生活保護を受給していたとの報道をきっかけに、いわゆる「生活保護バッシング」が一気に広がりました。「もやい」ではこれまで、生活相談に訪れる人に対して「最後のセーフティネット」である生活保護申請のサポートなども積極的に進めてこられたとお聞きしていますが…。

稲葉 今回の「バッシング」で、私が一番問題だと思っているのは、片山さつきさんなど自民党議員を中心に、「生活保護を受けることを恥だと思わなくなったのが問題だ」といった発言が繰り返されたことです。これは、私たちがずっとなんとか弱めようとしてきた生活保護に関する「スティグマ」、つまり生活保護を利用することを恥である、悪いことだと思ってしまう意識を、逆に強化してしまうものなんですね。

編集部 どういうことでしょうか?

稲葉 テレビ番組などでは、まるで生活保護の不正受給が跋扈しているかのような印象操作も行われていましたけど、実際には不正受給が生活保護予算全体に占める割合はわずか0.4%程度。生活保護制度の運用における最大の問題は、それよりも捕捉率(所得が生活保護基準以下の世帯のうち、実際に生活保護を受給している世帯の割合)の低さなんです。統計では2~3割となっていますから、今受給者が210万人にまで増えたといっても、その背後には少なくとも400万人以上の、「制度を使えるのに使っていない」人たちがいるんですね。

編集部 受けられるのに受けていない。つまり、生活保護水準以下の状態で暮らしている人がそれだけいるということですね。それはなぜなんでしょう。

稲葉 理由の一つは、福祉事務所の窓口に申請に行っても受け付けてもらえないという、いわゆる「水際作戦(※)」。そうしてもう一つが今言った「スティグマ」です。生活相談に乗っていても、みじめだから、恥ずかしいからと「生活保護だけは受けたくない」とおっしゃる方は非常に多い。その人たちに対して、「受給は別に恥でもないし、憲法で認められた生存権の行使なんだから、堂々と使いましょうよ」と呼びかけてきたというのがこれまでの流れだったんですね。今回の「バッシング」はそれに真っ向から逆行する、一種のバックラッシュだと思います。

※水際作戦…福祉事務所が、生活保護予算の増大を抑えるため、生活保護の申請書を渡さない、申請を受け付けないなど、窓口という「水際」で生活保護申請を阻止するという手法。

編集部 そうした状況を、現在生活保護を受給している人、受給を考えている人はどう受け止めたのでしょうか。

稲葉 6月に、私もかかわっている「生活保護問題対策全国会議」などが「生活保護”緊急”相談ダイアル」を開設したんですが、1日で363件の相談があり、うち160件が「不安を感じている」と訴える内容でした。「(自分の生活保護を)打ち切られるんじゃないか」「親族に迷惑をかけるんじゃないか」、あるいは「生活保護受給者を批判するテレビ番組を見て、死にたくなった」という声も多くて。もともと生活保護を受けている人たちの自殺率は一般の2倍なんですが、こうした風潮が続けば、さらに自殺者が増えかねないと思います。

編集部 「後ろめたさを感じる」ことで申請をためらう人も出てくるでしょうし、それによって餓死・孤立死に追い込まれるケースが増える可能性もありますね。

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