政治の「ブレーキ」にならなくなった憲法
編集部 民主党の「脱原発」路線が骨抜きになりつつあるのにも、アメリカの意図が反映されているのではないかという声もありますが、アメリカは日本の脱原発路線を警戒しているのでしょうか?
孫崎 そうだと思います。アメリカ国内にも原発がありますから、日本が完全に脱原発になったら、アメリカ国内の世論も脱原発に動くことでしょう。最低限、日本のどこかの原発が動いていてもらわなければ困るのです。
編集部 日米原子力協定(1968年発効。日米間で原発や核燃料サイクルなどを進めることを定めた協定)がいわゆる「原子力ムラ」や官僚に大きな影響力を持っているのでしょうか?
孫崎 いえ、日米原子力協定については、それほど重要なものとして捉える必要はないと思います。ただ、原子力についても、鳩山さんの言葉を使うと、米国の意向をいろいろと「忖度」して動く形になっているということですね。
編集部 しかし、現状を見ていると、そういった「米国の意向」によって日本の政治がすべて動いているようにも思えてきます。例えば日米地位協定は、すでに日本の憲法よりも上位のものとして存在しているのではないか、と。
孫崎 官僚も政治家も、憲法と日米地位協定のどちらが上なのか、といった法律論議には踏み込まないでしょうが、とにかく協定で決まったことは実施しようとする。すべて粛々と実行するだけです。
編集部 本来、国会で法律を審議する際は、憲法に違反していないかを法務省が判断するわけですが、そうした部分も、今は正常に機能していないように感じます。
孫崎 提出された法案が憲法に違反していても、あまり関係なく成立へと至ってしまうというのが現状ではないでしょうか。解釈改憲が進んでいますし、憲法そのものに日本の政治を規制する力がなくなっていると思います。例えば1人1票の問題も「違憲状態判決」が出たまま放置されているし、イラク戦争に自衛隊を派遣するということも、憲法は全く想定していないわけですが、実際に行われていますから。
編集部 孫崎さんの『戦後史の正体』を読むと、それでもこれまで何人かの政治家がアメリカに対して、「軍事的な協力はできない」と言っていたことがわかります。福田康夫首元首相は、アメリカから要求された大規模な陸上自衛隊のアフガニスタン派遣と巨額の資金提供を拒否して辞任したそうですが、そうして日本の政治家がアメリカの軍事的な要請に「ノー」を突きつけるとき、憲法9条が後ろ盾になってきたのでは? と思うのですが。
孫崎 以前はそういうこともあったと思います。しかし今は、アメリカのアーミテージ元国務副長官さえ「(集団的自衛権を行使するために)何も日本は憲法を改正する必要はない」「憲法9条の解釈を変えればいい」と言っています。要するに、今の9条のまま何でもできてしまい、日米同盟を妨げるものはないのだということですよ。
編集部 アメリカからの軍事協力要請において、今の政治状況では憲法は、何らブレーキになっていないと。問題ですね。こうした状況はいつから始まったのでしょうか。
孫崎 政治的にアメリカべったりになったのは、湾岸戦争以降です。その流れを止めるものは、ほとんどありませんでした。
編集部 武器輸出三原則の緩和も、国会での議論がなく閣議決定のみで決定されました。集団的自衛権の行使を認めるべきという話も、今やアメリカというより、自民党や民主党の中から出てきています。
孫崎 安倍首相のときにつくられた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」はその報告書の中で、集団的自衛権を4つの類型に分類し、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認を求めました。しかし、安倍さんの後首相になった福田さんは、その4つの類型の中の「PKO等で活動する他国軍が攻撃された場合の駆けつけ警護」などは認められないとして反対した。それで、集団的自衛権に関する議論はいったん止まったんです。
編集部 それが今、また出てきていますね。
孫崎 自民党の人たちは、みんな「(集団的自衛権の行使容認に)賛成」と言っています。国連憲章に集団的自衛権があることを口実に、「我々がそれを使わないのはおかしい」という主張なのですが、秘密保全法のところでもお話ししたように、そもそも国連憲章でいう集団的自衛権とは、相手が”攻撃してきたとき”に集団的に守りましょうということです。今アメリカがやっているように、相手の政権が好ましくない、だからそれを変えるんだといったオペレーションではないのです。それが、すり替えられて議論されています。
編集部 日本の場合は国連軍ではなく、アメリカ軍と行動を共にする可能性が高いですよね。
孫崎 そう、日本とアメリカの有志連合ですね。今、世界を動かしているのは国連の指示による行動ではなく、有志連合による行動になってしまっています。一応は「国連憲章に基づいて」ということは言うけれど、国連が「軍事行動をしていいよ」と言っているわけではない。
編集部 そんな中で、日本は世界から何を求められているのでしょうか。
孫崎 「日本は”普通の国”にならないと世界で評価されない」とは、よくアメリカが言うことです。しかし、世界の世論調査(BBC世界世論調査2012) では、「世界に最も良い影響を与えている国」の第1位が日本だとされています。驚くことに、これが世界の基本的な流れなんです。「軍事力がないから日本という国は重要ではない」なんてことを言うのはアメリカだけ。それ以外の国は、日本経済が悪くなった今でも「日本は今までどおり軍事を使わない国として発展してほしい。それが、1つの世界モデルになってほしい」としているのです。