アメリカが秘密保全法を作らせたい理由
編集部 また、この事件の際の、衝突ビデオ流出問題がきっかけになって、秘密保全法(外交・安全保障などの特別秘密情報の漏洩を罰する法律)が作られようとしています。
孫崎 秘密保全法は、2005年に日米安全保障協議委員会(2プラス2)が発表した中間報告書「日米同盟:未来のための変革と再編」と非常に密接に関わっています。この報告書には、イラク支援など国際的安全保障関係の改善のために、日米が共同で行動すると書かれています。しかし、ここで言われている「集団的自衛権」は、国連憲章が定めた集団的自衛権とは、まったく違うものです。
国連憲章では、集団的自衛権について「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」の「個別的又は集団的自衛の固有の権利」と述べていますが(51条)、「日米同盟:未来のための変革と再編」では、攻撃をされていなくても相手を排除することになっています。わかりやすい例で言えば、サダム・フセインの存在が国際的安全保障環境にマイナスと判断すれば、フセインが他国を”攻撃していなくとも”排除できるという意味です。そうした考え方に今、日本が乗っかろうとしています。
仮にそうなったら、日米二国間で交わされる情報量はものすごく増えます。情報の管理を厳重にするために秘密保全法が必要だというわけです。秘密保全法は、日米軍事協力が一段と進んでいくことと並行して出てきた法案なのです。
編集部 日本がアメリカと一緒に戦争をするための法整備だということですね。
孫崎 それだけではありません。先日、農林水産省の対中輸出促進事業に関する情報が、外部に流出したという事件がありましたね。しかし、中国で農産物等をより積極的に売るための日中協力のプロジェクトなのですから、本当は秘密情報でも何でもないはずです。しかし、この問題で鹿野道彦農林水産大臣は辞任に追い込まれました。鹿野大臣はTPPに反対していた人物です。秘密保全法のような法律は、このような形で政治目的を達成するために使われる危険性があります。
編集部 対米従属派でなく、自主自立を目指す政治家は、この法律でいとも簡単にやられてしまいますね……。
孫崎 特に危険なのは、この法案は総理大臣・外務大臣が対象外になっていることです。政府が情報操作をしようとして、いくらしゃべっても罪に問われませんが、政府にとって不利な情報を流した人はアウトなんです。
編集部 怖いですね。政府は、秋の臨時国会に秘密保全法案を提出しようとしていますが、そのまま通る可能性はあるのでしょうか?
孫崎 これほど右傾化した日本の社会だと、法案成立の可能性は十分にあります。今回の自民党総裁選の候補者は全員右派ですし、維新の会のこともあります。これまでだったら、日本の政治の中枢は基本的にリベラルで、例えば自民党でも宮澤喜一さんは「日米関係は大事」と言いながら、軍事協力は否定していました。竹下登さんも、「経済は大事」としつつアフガニスタンへ自衛隊を送るようなことには絶対反対でした。しかし、そういう人たちはいつの間にか自民党の中からいなくなってしまいました。
編集部 なぜそうなっていったでしょうか?
孫崎 色々なことが関係していますが、マスコミの影響というのは非常に強いと思います。よく言えば対米協力派、悪く言えば対米従属派の政治家を、マスコミは徹底的に持ち上げます。一方、そうでない人たちは全く報道しない。橋下徹大阪市長は、まだ国政に何の影響も持っていないにもかかわらず、彼が代表を務める「維新の会」の政策集、維新八策は報道で大きく取り上げられました。しかし、同じ時期に「国民の生活が第一」が出した綱領については何も報じられません。
編集部 マスコミが日本社会を対米従属化させ、またアメリカの戦争を支持するよう右傾化させているとも言えるわけですね。
孫崎 ただ、原発との関係で非常におもしろい現象が出てきています。福島第一原発事故が起きて、多くの市民が政治家、学者、マスコミの言っていることには正しくないことがあると、初めて気づきました。そういった市民の力が、政治を変える動きを見せています。
例えば、浜岡原発が止まっているのは、一般の人たちの反対がそうさせたわけです。首相官邸前のデモが続いていることもあって、民主党は次の選挙に向けて、「原発ゼロ」を公約にしようとしました。あの公約はまったくの詭弁で、単なる選挙目当てでしかないとしても、原発ゼロを掲げようとしたのは事実です。
オスプレイの問題もそうです。当初、野田首相は「あくまで運用の問題」と言っていましたが、世論の約70%が配備に反対した結果、150メートル以下の低空飛行はしない高度制限が運用ルールに盛り込まれました。一般の人たちが声を出すことが、プラスに動き始めています。
(聞き手 塚田壽子 写真・構成 越膳綾子)
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