「民主主義を実現するために、
独裁政治が必要」
という背理
編集部 一方、間接民主制における市民の意思表示の手段が選挙ですが、現政権への批判の声が強まる中、年内に総選挙という声も聞こえてきます。既存政党への失望感を追い風に、多くの支持を集めているといわれるのが橋下徹・大阪市長率いる「維新の会」です。想田監督は、維新の会の国政進出に期待が集まっているとの報道に「祖国で民主主義が自殺していくのを見たくはない」とツイッターで発言されていましたが、どういった点に不安を感じておられるのでしょうか?
想田 さっきのデモの話とも共通するんですけど、僕は「手法」というのはとても大事だと思っているんです。平和を実現するのに戦争するというのは背理であって、平和に暮らしたいのなら平和的手段を使う以外に道はない。平和って、例えば普段の会話でも刺々しい言葉は使わないとか――僕も結構使っちゃってるのでそれは反省する点なんですけど(笑)――、そういう日々の言動の延長線上に生まれてくるものであって、武力を使った時点でそれはもう「平和」じゃないんですよね。
そう考えたときに、橋下さんのやり方というのは相手に有無を言わせない、全部強権発動でしょう。それだけでも僕は支持できません。民主主義を確立したいのなら民主的にやらないと駄目で、民主主義を実現するために独裁体制をつくるなんて、背理以外の何物でもないですよね。
編集部 橋下さん自身、「今の日本の政治に必要なのは独裁」と発言したこともありましたし、自分を批判する、あるいは従わない相手を徹底的に罵倒する、という場面が非常に目立ちます。
想田 そして、僕がすごく危惧しているのは、民主主義を立て直すためにはなりふり構ってられないんだ、というような橋下さんの主張に対して、共感する人がとても多いことです。
例えば、大阪市での思想調査アンケート事件というものがありました。
編集部 今年の2月ですね。大阪市の職員を対象に、市長名で配布されたアンケート調査が、選挙活動や組合活動への関与を問う内容で、しかも「誰に誘われてそれに参加したか」についての情報提供を求める、いわば密告を奨励するような一文も含まれていた。思想信条の自由の侵害だとして問題になり、最終的には破棄されることになりました。
想田 あのアンケートの原文がネット上に出回ったとき、僕は「もうこれで橋下さんの政治生命は終わりだ」と思ったんですよ。こんなの完全に憲法違反だし、相互に監視させて密告を奨励するなんて、独裁政権下の秘密警察みたいなことをやる政治家が支持されるわけがない、と。ところが、全然そうじゃなかった。「職員組合に巨大な闇があるんだからしょうがないだろう」と、アンケートの実施を正当化する声が、僕のところにもツイッターでたくさん寄せられたんです。
編集部 有権者の側が、そうした独裁的なやり方を問題だと思っていない…。
想田 その事実に僕はひっくり返るほどの衝撃を受けました。しかも、おそらく橋下さんは、これくらいのことをやっても政治的ダメージにはならないと読んだ上で実行しているんですね。確信犯です。そのことに、非常に危機的なものを感じています。
世の中を、違う角度から見てみよう
編集部 そうして維新の会が支持を集める背景にあるのも、やはり社会に蔓延する「閉塞感」でしょうか。
想田 今の日本が非常に厳しい、苦しい状況に置かれていると感じている人が多いんでしょうね。それを一発逆転してくれる「ヒーロー」としての橋下さんに、支持が集まっているということだと思います。でも、「ウルトラマン」に偽のウルトラマンが登場したように、ヒーローに見える人が本当にヒーローかというのは、だいたいいつも非常に怪しいわけで(笑)。
でも、最初の話に戻りますけど、その「閉塞感」って資本主義的な価値観によれば、ということでしょう。経済的指標だけで見れば、今の日本はたしかに右肩下がりだけれど、それを必ずしもまた上向かせる必要があるのか。僕はもう、ある程度停滞した状態のままでいいじゃないか、十分じゃないか、と思うんですよ。
だって、いくら不況だ、経済状況がよくないと言っても、みんなが飢えていたり、物不足に困っていたりするわけじゃないでしょう。
編集部 「飢えている」人はもちろんいるけれど、それは全体として足りていないのではなくて、配分の問題ですね。
想田 そう、配分の問題だし、「飢えている」人の存在に周囲が気づかないことが問題なんであって、全体としては、人間が人間らしく生きていくために必要な水準は、今だって物質的には十分に保たれている。むしろ過剰なくらいなんですよ。
つまり、日本はもう、資本主義国としては成熟の段階に入ったんだと思うんです。例えば中国はまだ成長段階のティーンエイジャーかもしれない。でも、日本はもうその時期を終えたんだから、もうこれ以上の成長を望むよりは、どうしたらこのままでみんなが充実感を持って生きていけるのかを考えるべきなんじゃないでしょうか。
人間だってそうでしょう。60歳になって20代の体を保つことなんてできないんだから、いつまでもアンチエイジングにこだわるんじゃなくて、むしろエイジングを味にしていくというか(笑)。強さや力を追い求めるんじゃなくて、それとは違う「味」を身につけていったほうがいいと思うんです。
編集部 まさに「価値観の転換」ですね。
想田 そうです。で、そのときにやっぱり芸術というのはすごく大事だと思うんですよ。というのは、優れた芸術というのは、必ず主流の価値観とは異なる価値観を提示しているものだから。一方向から見ると黒にしか見えない、でも違う角度から見るとバラ色だよねという、その「違う角度から」の見方を提示するのが芸術なんですね。
『演劇1』より (C)2012 Laboratory X, Inc.
編集部 僕の「観察映画」もそうですし、新作『演劇1』『演劇2』の主人公である平田オリザさんの演劇も、この世界を別の視点から眺めてみようという、まさにそこに力点がある。今の閉塞感だって、世界を資本主義的価値観という単一的な目線でしか見られないから生まれてくるわけであって。別の見方を提示する芸術にもっと触れたり、携わったりすることで、複眼的なものの見方のできる人が増えていけば、もうちょっと世の中の雰囲気も変わってくるんじゃないかと思うんです。
(構成 仲藤里美 写真 塚田壽子)
(その1にもどる)
想田和弘監督『演劇1』『演劇2』
公式サイト http://engeki12.com(C)2012 Laboratory X, Inc.
東京/シアター・イメージフォーラムほか、全国で順次公開中。
▼予告編はこちらから
演劇1・2
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