「お金」だけでは計れないものがある
編集部 そこまで「お金になるかどうかがすべて」という価値観が蔓延してきたのはなぜだと思われますか。
想田 おそらく、資本主義というシステムを何の歯止めもなく追求していくと、必然的にそうなるんだと思います。基本的に「儲かるものが善、儲からないのは悪」というシステムですからね。僕も、資本主義を社会のシステムの根本に据えること自体はしょうがないと思うし、資本主義自体を否定する気はまったくないです。
だけど、それはあくまで「ある一つの価値観」であって、唯一ではない、すべてではないんだということを絶えず言い続けていないと危ない。
だって、その価値観だけに沿っていたら、社会福祉なんてまず成り立たないですよ。精神科診療所を舞台にした『精神』や、介護現場に携わる人が登場する『Peace』を撮ったときにも思ったけど、医療だって介護だって、本気でやったら絶対に儲からない。それでも本気でやる人がいるのは、やっぱり人間には「助け合いたい」とか、「人の苦しみを自分の苦しみとして感じる」という本能、もしくは性質があるからだと思うんです。それは資本主義的価値観で計れるものではないですよね。
例えば、『精神』に出てくる精神科医の山本昌知先生は、月給10万円くらいで働いてるんだけど、だから彼の仕事に価値がないのか、彼が努力していないのかといったら違うでしょう。
編集部 それなのに「儲かるかどうか」という基準だけで見たら、「価値がない仕事」ということになってしまう。
想田 そうなんです。その価値観だけで見れば、むしろ尊い仕事、尊い営みが否定され、ないがしろにされてしまう可能性が高い。本当にそれでいいんだろうか、と思います。
今は「どちらの方向へ向かうのか」の分岐点
想田 そして、何より問題なのは、そこで「それでいいのか?」と疑問に思わない人が増えているということ。もちろん、資本主義的発想を金科玉条にする人というのは昔から一定数いたわけだけど、それでも日本社会には「お金じゃ計れないものもあるよね」というコンセンサスが以前はもっとあった。少なくとも、僕が渡米したころまではあったと思うんです。それがものすごく今、弱まっていると感じますね。
編集部 「お金じゃ計れないものがある」ということが、なんだか「きれいごと」みたいに言われるような傾向が強まっている気がします。
想田 一つは多分、お金がない、あるいはなくなっちゃうんじゃないかっていう恐怖感が社会の中に醸成されてきているからなんでしょうね。これだけ不況が長引く中で、とにかく生きるためにはお金が大事だ、という感覚が強まるのはわかるんですけど…。
少し前まで、僕の中ではずっと「日本とアメリカってずいぶん違うな」という印象だったんだけど、それが知らない間に大差なくなっていたんだな、という感じがします。戦後60余年で、じわじわとアメリカ化が完了しつつある、というか。
編集部 さらに、昨年の東日本大震災も、そうした変化を加速化させる方向に作用したのかもしれません。
想田 もちろん不況にも拍車が掛かったでしょうし、「お金がない」という危機感は、個人レベルだけじゃなく自治体や国家でも非常に増幅したような気がしますね。
ただ、同時に今は「ここからどの方向に行くのか」という一つの曲がり角でもある気がするんです。この厳しい状況を、資本主義的価値観を強化する形で乗り切ろうとするのか、それとももっと別のやり方があるんじゃないかと考えるのか。その分岐点が来ているんじゃないでしょうか。
編集部 というと?
想田 例えば、原発というのも結局は、資本主義的なマインドで浸透していった発電システムですよね。地方に原発がどんどんつくられていった背景には、押しつける側の「カネを出すんだから我慢しろ」、そして地方の側の「お金をもらうんだから我慢しなくちゃ」っていう、双方の合意があったはずなんです。お金の介在なしに「うちの近くに原発があったらいいな」なんて人は絶対いないんだし、「お金に一番の価値がある」という前提がない限り、成立しない発電システムなんですね。それが日本で広がっていった過程というのは、もしかしたら資本主義的発想が浸透していく過程でもあったんじゃないか、という気がしています。
編集部 その原発があれだけの大事故を起こしたというのは、ある意味で非常に象徴的といえるかもしれません。また同じことを繰り返すのか、違う方向へ向かうのか、まさに今が「転換点」なのかもしれませんね。
(構成 仲藤里美 写真 塚田壽子)
(その2に続きます)
想田和弘監督『演劇1』『演劇2』
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