国会での議論なく締結されたGSOMIA
編集部 秘密保全法制はGSOMIAに由来するのですね。
伊藤 アメリカは、このGSOMIAを同盟国と結んでおり、日本との間でも結びましょうと言ってきたのです。GSOMIAでは、アメリカの軍事秘密を日本から漏らさないという規定があり、自衛隊の関連企業の従業員である一般市民に対しても秘密保全を要求しています。日米の軍事的一体化が進み、さまざまな活動を共同して行うということになれば、当然のことながら、米軍の軍事秘密を日本の自衛隊が保有することになります。その軍事秘密が自衛隊の関連企業などを通じて外部に漏れてしまうと、アメリカにとって国防上大きな問題になってしまうのです。そこで、2007年8月に日米間でGSOMIAが締結されたのです。
編集部 安倍内閣の時ですね。
伊藤 このGSOMIA、すなわち軍事情報包括保護協定は、あくまでも「協定」なので、通常の条約とは違い、国会の承認を得ることなく締結されてしまいました。しかし、この協定は国民の生活や人権に極めて重大な影響を及ぼすものですから、本来は十分国会で審議をした上で締結すべきでしょう。しかしそのような手続を一切経ることなく、国民が全く知らないうちに締結されてしまいました。
編集部 そうですね。もう締結して5年も経つわけですね。
伊藤 アメリカと約束しているわけですから、あとは粛々と協定を守るために法律を作っていかなければならないと政府や官僚は言うわけです。そして、日米地位協定や沖縄の基地問題のように「アメリカと約束しちゃったんだから、我慢してね」という論法をこれからも出してくるに違いありません。でも、この協定自体、今、話したように民主的なコントロールが全く及んでいないということは明確ですし、もちろん、憲法に照らし合わせてみても、大きな問題です。
そして、GSOMIA締結後の2008年4月に、政府に「秘密保全法制の在り方に関する検討チーム」が自公政権の下で設置され、そこに有識者会議が設置されます。その有識者会議で本格的な検討を進めようとしたときに政権交代が起きました。
これで頓挫したのかと思いきや、2010年12月に民主党政権の下、名前こそ変わりましたが、全く同じメンバーで「政府における情報保全に関する検討委員会」が発足しました。この検討委員会に最初に話した「有識者会議」が設置され、その事務局は、防衛・外務・警察という3つの省庁の官僚で構成されています。そして、実際にはこの事務局で法案の内容を作り、それにお墨つきを与えるために「有識者会議」が開かれているのです。メンバーには、高名な憲法学者の方も入ってはいるのですが、報告書は「憲法学者が本当に検討した中身なのか」という残念な内容になっています。
編集部 憲法学者の方は意見できなかったのでしょうか?
伊藤 本当に一体どういうシステムになっているのでしょうか、と思ってしまいます。この法案の制定のプロセス自体が秘密裏に進められており、どこまで法案ができているかすら、よくわかっていません。ですが、既に法案はできあがっているでしょう。
繰り返しますが、民主党政権からまた別の政権になったとしても、官僚は政権交代に関係なく、一貫して法制化に向け動いているわけですし、ましてやアメリカからの強い要請がずっと継続してなされ、GSOMIAまで締結しているわけですから、必ずや秘密保全法案は国会に提出されることでしょう。
編集部 そうなんですか。しかし今の法案のままで成立したとしたら、憲法62条(*)の関係で、国政調査権に大きな制約を課すことになりますよね。
*憲法62条:両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
伊藤 その通りです。国会議員による国政調査も及ばなくなってしまうでしょう。国会議員に対して、もし一定の制約や責任を課したりすると、今度は免責特権との関係で、どうなるのかという話が出てくるわけです。各議院において、議員は自由に発言し、表決することができるというのが憲法の趣旨であるのに、法律で制約を課してしまう。この点も問題です。
それからもう一つ憲法上の問題があります。外国と違って、日本の場合には、裁判の公開が憲法上の要請になっています。外国の憲法では、日本のように公開を厳しく要求していないものですから、諸外国では軍事秘密に関しての裁判においては、インカメラ方式といって、密室で関係者だけで検討することが可能なのです。しかし日本では憲法82条(*)で、非公開で審理できる理由は限定されています。特に「憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。」とありますから、秘密保全法制に関する裁判は、憲法上、絶対公開が必要になります。
*憲法82条:裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、 政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
そうすると、いざ法律を制定しても秘密保全法違反の事件は公開法廷で審議しなければいけなくなってしまいますから、秘密を保持したまま裁判をすることは不可能になります。つまり、秘密を保持したまま裁判をすること自体、憲法82条違反となってしまうのです。
編集部 そもそもが日本国憲法とは相容れない性質のものなんですね。