1961年、三重県名張市の小さな集落で起きた「名張毒ぶどう酒事件」。懇親会でふるまわれたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡し、警察は当時35歳だった奥西勝さんを逮捕しました。奥西さんは、警察の執拗な取り調べで「ぶどう酒に農薬を入れた」と”自白”しましたが、裁判では一貫して無罪を訴えています。しかし、その声は裁判官に通じず、72年の最高裁で死刑が確定。2012年には名古屋高裁で、一旦は認められた再審開始決定が取り消されました。まもなく公開される映画『約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~』は、現在87歳となった奥西さんの半生を描きながら、刑事司法のあり方に疑問を投げかけるドラマ仕立ての作品です。監督は東海テレビディレクターで、『死刑弁護人』『平成ジレンマ』などの映画作品もある齊藤潤一さん。今回の『約束』を撮った背景と、日本の司法に対する思いをうかがいました。
1967年生まれ。関西大学社会学部卒業、92年東海テレビ入社。営業部を経て報道部記者。愛知県警キャップなどを経てニュースデスク、現在ニュース編集長。2005年よりドキュメンタリー制作。これまでの発表作品は「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」(06・ギャラクシー優秀賞)、「裁判長のお弁当」(08・ギャラクシー大賞)、「黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~」(08・日本民間放送連盟賞優秀賞)、「光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)、「検事のふろしき」(09・ギャラクシー奨励賞)、「罪と罰~娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父~」(10・ギャラクシー奨励賞)、「毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀~」(10・ギャラクシー奨励賞)。劇場公開作品として『平成ジレンマ』(11・モントリオール国際映画祭出品)、『死刑弁護人』(12・日本民間放送連盟賞最優秀賞)がある。
「直感」で決めたキャスティング
編集部 『約束』を撮られた経緯をお聞かせください。
齊藤 名張毒ぶどう酒事件をテーマにした私の作品は、今回で4作目になります(注)。ここまで続けてこられたのは、取材を重ねるなかで「えん罪に違いない」と確信を持ったから。そして真実を追求するはずの裁判所が、必ずしもそうでないことを”知ってしまった”からでした。作品中にもありますが、先輩裁判官の下した判決を後輩裁判官が覆すと左遷されたり、それを恐れた裁判官が再審請求を却下したりする事態が起きています。一方で、検察側の主張を支持した裁判官は栄転している。そうした理不尽な司法の体質を知るほどに、毒ぶどう酒事件の裁判を追わなくてはならないという思いが強くなりました。
注:これまでの作品は「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」(2006)、「黒と白~自白・名張毒ぶどう 酒事件の闇~」(2008)、「毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀~」(2010)。いずれも東海テレビにて放映。
編集部 齊藤監督は、ずっとドキュメンタリーを撮られてきましたが、『約束』をドラマ作品にしたのはなぜでしょうか?
齊藤 毒ぶどう酒事件のドキュメンタリーを3作撮り終えたとき、限界を感じたのです。制作者としては、やはり主人公を描きたい。しかし、死刑囚として名古屋拘置所にいる奥西さんは、面会も手紙のやりとりも、弁護士か近い肉親、そして唯一認められた支援者に限られています。3作目までは、弁護士や肉親にあてた手紙を借りて、文面を映像に撮ったり、ナレーションで読んだりして、奥西さんのつらい心境を伝えていました。あるいは、面会した弁護士や支援者にインタビューし、最近の様子や話した内容を教えてもらう。拘置所の建物の「あの辺にいるだろう」というところを外から撮る。そうした手法で制作していたのですが、やはり主人公の気持ちを表しきれません。だから、『約束』はドラマにしたのです。
編集部 キャストはどのように決めたのでしょう? 奥西さん役に仲代達矢さん、その母親役に樹木希林さんと、かなり豪華な顔ぶれですよね。
齊藤 仲代達矢さんも樹木希林さんも、普通なら地方局のドラマに出るクラスの役者ではありません。仲代さんは、前作『毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀~』でナレーションをしていただきましたが、ドラマの主演をお願いするときは、私もダメ元でした。でも、「脚本を見て決めるけれど、考えてみる」と言って下さって、最終的には受けてもらえました。
樹木さんは、2011年のモントリオール映画祭でお会いしたことがありました。私は、戸塚ヨットスクールの戸塚宏さんを追ったドキュメンタリー『平成ジレンマ』で招待されていて、樹木さんは『わが母の記』でいらしていました。異国の地であまり日本人がいなかったこともあって一緒に写真を撮り、「今度、ナレーションをお願いします。樹木さんにピッタリな作品の時にご連絡しますからね」と言って別れていました。
それから半年後に、奥西さんのお母さん役で出演して欲しいとオファーしました。最初は、なかなか首を縦にふってくれませんでしたが、毒ぶどう酒事件を説明するうちに、「わかった、何かの縁だからやりましょう」と。名張の現場や奥西さんの妹さんのいる奈良まで来て下さって、仕事というよりは奥西さんを助けたい思いが強かったようです。樹木さんは撮影中、「仲代さんは黒澤映画で主演を張った役者。私は東映の食堂のおばちゃんに『日本の宝』って言われたのよ」とおっしゃっていましたが、日本を代表する2人の役者を動かしたわけで、それだけ重みのある事件なのだと思います。
編集部 若い頃の奥西さんを、山本太郎さんが演じていますね。
齊藤 山本さんは『死刑弁護人』のナレーションをお願いした縁がありました。仲代さん、樹木さんもそうでしたが、山本さんも「この役ができるのはこの人しかいない!」と直感的なものを感じました。山本さんは、原発に反対して仕事が減ったと言われた時期ですが、話題作りとは関係なく、純粋に役者としてお願いしました。