この人に聞きたい

福島第一原発事故から6年。いまだ多くの人が避難生活を余儀なくされています。そんななか、避難指示区域外避難者(いわゆる「自主避難者」)への、応急仮設住宅の無償提供が今年3月末で打ち切られようとしています。昨年2月に『ルポ 母子避難――消されゆく原発事故被害者』(岩波新書)で、この問題を取り上げたフリーランスライターの吉田千亜さんは、原発事故以降、ずっと母子避難のお母さんたちに寄り添ってきました。区域外避難を続けるお母さんたちの現状、住宅支援打ち切りの問題について伺います。

(※)避難指示区域外からの避難は、一般的に「自主避難」と呼ばれますが、原発事故の影響による避難であるという観点から、このインタビューでは「(避難指示)区域外避難」と表記しています。

吉田千亜(よしだ・ちあ)大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスライターに。東日本大震災後、放射線汚染と向き合う母親たちの取材を続ける。原発事故後の状況と母親たちの活動を紹介する季刊誌『ママレボ』、埼玉県に避難している人たちへの情報誌『福玉便り』などの編集・執筆に携わる。著書に『ルポ 母子避難――消されゆく原発事故被害者』(岩波新書)、編集幹事、分担執筆を手掛けた『原発避難白書』(人文書院)がある。
同じ時代に子育てをする身として…

編集部 昨年2月、原発事故によって母子避難した女性たちを取材した『ルポ 母子避難――消されゆく原発事故被害者』(岩波新書)を出されました。吉田さんが、放射能汚染に向き合うお母さんたちに寄り添い、いっしょに行動するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

吉田 2011年に福島第一原発の事故が起きた時、私の子どもは2歳と6歳でした。住んでいるのは埼玉県で、福島第一原発からは約200キロメートルの距離です。チェルノブイリのことを考えると安全とは言い切れないと思いました。避難も考えたのですが、家の事情で出来ませんでした。でも、きっと原発事故による福島からの避難者が、埼玉や東京などの身近な地域にいるはずだと思ったんです。
 その頃から、もうネットなどでは放射能汚染に関する考え方の違いによる対立がありました。自分の住んでいる地域に避難者がいるのなら、「避難してきていいよ」、「ここにいていいよ」というメッセージを伝えたかった。それに、もし自分が母子避難をしていたら、同じ境遇の人に会いたいだろうと思ったんです。私には何も具体的な手助けはできないけれど、「場」を作ることだけならできるのではないか……と。それで、まず避難者交流会を開きました。

編集部 自分が避難をしていたら……という思いがスタートだったんですね。

吉田 私自身、自然の豊かなところで子育てをしようと思って、いまの家に引っ越してきました。それなのに、子どもが泥遊びをするのを心配で見ていられない。それが悔しいし申し訳ないし、本当に複雑な思いでした。おそらく、原発に近ければ近いほど同じ思いではないか……と思いました。同じ時代に子育てをする身として、この問題にかかわらないという選択肢はありませんでした。

編集部 ほかにも、全国のお母さんたちの活動や高線量地域の状況を紹介する情報誌『ママレボ』を編集されたり、福島県での空間放射線量測定のボランティアをしたりなど、さまざまな活動をされていますね。

吉田 実は、悔しかったことがあったんです。2011年のことなのですが、母親として食品の放射能汚染が不安で、給食センターにそのことを伝えに行ったんです。当時は出荷制限なども数多くあったころです。そうしたら、「そんなの怖がるなんて、神経質なんだよ」と、センターの人に馬鹿にされたんです。それが本当に悔しくて、きちんと説明できるように勉強しなくてはと思いました。勉強と同時に、自分の目で見なくてはとも思いました。自分で測定をして、住み続けている方からも、避難している方からも直接お話を聞いて、そうやって知ったことを伝えていきたいと思いました。

「避難者じゃないけど、いいですか?」

編集部 避難者交流会を始めたときには、どんな方が参加されたのですか?

吉田 最初、原発事故の母子避難者を勝手に想定していたのですが、実際には、当然なんですが、津波による被災を受けた方、避難指示区域の方などさまざまな方が来てくださいました。一人ひとりの状況も、抱えている問題もまったく違っていて、同じ「避難者」といってもいろんな状況があるんだと気づかされました。
 そんななかで、区域外避難者との印象的な出来事がありました。その方は、初めて交流会にいらしたときに「私は避難者ではないけれど、いいですか」と言われたんです。つまり、避難指示区域外だから「避難者だと言えない」ということですよね。それが本当にショックでした。放射能汚染が怖い、子どもを守りたいという気持ちから、政府の指示がなくても避難することを、私はごく自然に納得していましたから、それを伝えることが大切なのだと思いました。区域外避難者の方たちは、周りの人から「ここにいること」が認めてもらえない、理解してもらえない、そういう孤独や不安を感じたんです。

編集部 区域外避難者は、その正確な数や実態も把握されていません。避難先で「福島から来た」と言うことができず、知り合いもいない地域で孤立状態にある方も少なくないと聞きます。

吉田 とくに母子避難の方は、一人で子育てをしなければならないし、放射能に関する意見の違いから周囲だけでなく、夫など家族にさえ理解されないこともあります。そういう精神的負担に加え、避難を続けるなかでの経済的負担も抱えています。
 2014年に、区域外避難者向けに原発ADR(※)の説明会を開いたときですが、初めて同じ区域外避難の人に会ったというお母さんがいました。事故から3年半が経っていましたが、避難者交流会は「余裕のある人が行くもの」だと参加したことがなかったそうです。彼女は同じ境遇の人に会えたことで、初めて「つらい」と言うことができた。それまで誰にも相談できず、心身を壊すようなつらい経験をしていました。
 ほかにも、区域内から避難している人から「なぜ帰らないの?」というような内容のことを言われ、ショックを受けて、避難者が集まる場に出ていけなくなったという人もいました。

※原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)のこと。原発事故による被害者への損害賠償の和解交渉を、円滑・迅速に行う目的で設立された。

4月以降の行き先が決まらない人も……

編集部 そんななか、福島県は、今年3月末に区域外避難者への住宅無償提供を打ち切るとしました。福島県内外の区域外避難者は、約1万2千世帯にのぼるとも言われますが、4月以降の住まいが決まっていない人は多いのでしょうか。

吉田 原発事故後、福島県では災害救助法によって、公営住宅や民間賃貸住宅などを「応急仮設住宅」として無償提供してきました。定期的な賠償金のない区域外避難者にとっては、この住宅無償提供が唯一ともいえる支援でした。それを今回、福島県が打ち切ると決めたのです。
 少し前にはなりますが、昨年1~3月に福島県が実施した「住まいに関する意向調査」では、70%の人が2017年4月以降の住宅が決まっていないと回答していました。最近の戸別訪問の結果では、約1割の方が未定だと言います。およそ2600人にあたるんです。家庭の事情はさまざまですが、なかには「追い出されたら路上しかない」と話すお母さんもいます。

編集部 行き先が決まらない人が多くいることを把握しながら、打ち切りを進めようとしているのでしょうか。そうなると、帰還を強制されることにもなりますよね。避難先自治体によっては独自の支援策を設けていますが、生活の実情に合わないなどの問題もあると聞きます。

吉田 福島県によって住宅提供が打ち切られたあとの支援は、各避難先自治体の判断に任されてしまっている状況です。丸投げですよね。支援策のない自治体もあって、避難先によって対応に差がでてしまっています。
 717世帯が打ち切り対象となる東京都では、300戸の都営住宅への優先枠と、その後追加の住宅も用意しましたが、収入や世帯条件が厳しく、そもそも申し込みができない人が多くいます。また、家賃が負担できないとか、いまの避難先から遠すぎて入居をあきらめた世帯もあります。避難者の実情に合わないために、枠が埋まっていない状況なんです。
 たとえば「あっちが空いているから移ってください」と言われても、いま住んでいるところからすごく離れていると、避難先にやっとなじんだ子どもをまた転校させなくてはいけないという不安がある。せっかく就いた仕事に通えなくなる問題もあります。あるお母さんが「私たちはチェスの駒みたいに動けるわけじゃない」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。

編集部 住まいの確保はもちろん必要ですが、ただ住宅という「箱」だけを用意すれば解決するという問題でもないですよね。

吉田 被ばくを避けるのが目的で避難してきたわけですが、すでに避難が長期化していることで、子どもが学校に入ったり、受験を控えていたりなど、避難先での暮らしが出来ている。やっとできた人間関係を失えば、また孤立してしまいかねません。いま考えなくてはいけないのは「再喪失」をどう防ぐかではないでしょうか。
 また、かなり深刻なケースの相談も相次いでいます。あと1カ月というところで、問題が噴出しているような感じがあって……まさに命にかかわる問題になってきているんです。母子世帯、高齢者世帯の問題、心を病んでしまった方や、経済困窮に陥っている方、もうどうにもならないところまで追いつめられている人が実際にいます。このままでは、本当に命を落としかねない。そのために日々奔走している仲間は、ぎりぎりのところで、行政等との交渉を続けています。

「やっと、これから」なのに、なぜ?

編集部 国の政策が引き起こした大きな原発事故なのだから、国が全国一律の支援を行うのが筋だと思うのですが、責任を福島県に押し付け、さらに各自治体に押し付けているように映りますね。区域外避難者のなかには、避難による精神的負担を抱え、まだ日常生活を送るのが難しい人も多いと聞きます。

吉田 避難者それぞれに家庭の事情も違うので、ひと括りにはできませんが、これまで私が会った人たちは、誰もがつらい思いや不安を経験していました。いまも睡眠薬がないと眠れないとか、通院している人もいます。避難先で仕事に就いた人でも、福島の住宅ローンを払い続けているとか、夫と離れて二重生活を送っているために、生活が厳しい人も多い。
 突然住み慣れた地域から避難して、身寄りのいないところで子どもを一人で見なくちゃいけなくて、お金もなくなっていく。一回の避難で済まなくて転々とした人もいます。想像するだけでも大変だっただろうと思う。これだけ大きな事故が起きて、避難した人たちの生活再建に時間がかかるのは当たり前だと思うんです。まだ6年、「やっと、これから」というときなんです。

編集部 3月末に退居後の行き先が決まっていない人はどうなるのでしょうか。

吉田 私のところにも、さまざまな相談が寄せられています。退居できなくても、法律上、すぐに強制退去ということはできないとは思いますが、精神的に追い詰められてしまうのが心配です。引っ越した人が、家賃負担によって坂を転げ落ちるように経済的に逼迫していくことも考えられます。貧困などの問題がこれから大きくなってくるかもしれない。4月以降こそ本当に大切で、避難されている方にとっては、大変な状況になってくるのではないでしょうか。

編集部 ある集会で、区域外避難者のお母さんが「『被害者になっていい』と言ってほしい」と話していたのが、とても印象に残っています。そんな当たり前のことが受け入れられず、社会には避難した人たちをバッシングするような不寛容な雰囲気があります。

吉田 まずは、国としても社会としても、区域外避難者が避難指示避難区域内の避難者同様に、国や東電が引き起こした原発事故の被害者であると認めるところから始まると思っています。
 避難指示区域外といっても、基準となる放射線量は引き上げられたまま。測定していても事故前の200倍というホットスポットが残るところもあります。福島県の県民健康調査では、甲状腺がんの悪性または悪性疑いと診断された子どもが184人にも増えました。東京電力によってまき散らされた放射性物質を不安に思うのは当然ですよね。
 それなのに、「年間20ミリシーベルト」で勝手に線引きをして国が被害を認めないために、社会からも避難を理解してもらえない雰囲気があります。原発事故さえなければ、こんな大変な思いをしなくて済んだはずなのに、つらいと口にも出すこともできません。さらに今回の住宅提供の打ち切りで、本当に、徹底的に、「いない人」にさせられてしまうのだと思います。

オリンピックまでに「見えない存在」に

編集部 福島だけでなく、関東からも原発事故後に子どもの被ばくを心配して引っ越した人たちがいます。でも、それは数字には出てきません。そう考えると、本当に多くの人が、原発事故によって生活を変えられたのだろうと思います。チェルノブイリ事故から5年後に制定されたチェルノブイリ法では、年1ミリシーベルトを超える地域では、避難する権利が認められていました。

吉田 2012年に制定された「原発事故子ども・被災者支援法」にはその理念があったんです。「放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていない」という前提で、居住、避難、帰還について自己決定でき、どの選択も支援するという内容でした。でも、線量基準は制定せず、理念は政府が決めた基本方針によって骨抜きにされてしまいました。いまは避難する選択は認められていないも同じです。
 昨年『ルポ 母子避難』を出したのは、今年3月末の住宅無償提供打ち切りで区域外避難者が住まいを追い出されてしまうことを防ぎたい気持ちからでした。しかし、もう時間がありません。なぜいま打ち切りなのでしょうか。
 復興庁は、最初から2021年3月に廃止されることが決まっています。2020年には「復興」を掲げたオリンピックもある。それまでに、政府が最初に「避難者」であることをやめてもらいたい人たちが、区域外避難者なのだと思うんです。借り上げ住宅から追い出して、ただの「移住者」になるか、福島県に帰還するのかを強制的に選ばされて、「見えない存在」にされていきます。私は、「国からも県からも見捨てられた」というお母さんたちの言葉を何度も聞きました。

なぜ多様な選択肢を認めないのか

編集部 これだけ多くの人が避難していて、不安を抱えるだけの状況があるということを、国や東電は重く受け止めるべきだと思います。しかし、バッシングや子どもへのいじめを恐れて、お母さんたちも顔を出して訴えることが難しい。ますます区域外避難者の存在は見えにくいものにされてしまいます。

吉田 お母さんたちが顔を出せない状況も、この問題の深刻さの表れだと思います。区域外避難者に対して、「勉強しない」「感情的だ」とか、「復興の妨げ」だという人さえいます。たとえ共感できなかったとしても、多様な選択肢を認めてしかるべきではないでしょうか。そういった攻撃を恐れて、声を出せなくなっている人がいるのは事実です。
 そもそも、原発事故によって、したくもない選択をさせられた被害者なんです。科学者の間でさえ放射線の影響についての意見は分かれているのに、なぜ安全だと言い切れるのでしょうか。「わからないものは怖い。できるだけ被ばくは避けたい」というシンプルな思いさえ、許さないような雰囲気を感じます。
 福島に住むお母さんからの依頼で、子どもの通学路や公園などの線量測定もしていますが、福島に残ったお母さんだって子どもの被ばくを避けようと行動しています。でも、「復興の妨げになる」と周りに言われるので、不安を口に出せないと言います。おかしいですよね。本来、「復興」と「子どもを被ばくから守ること」は、対立するものではないはずです。

編集部 住宅支援がいま一番切実な課題だと思うのですが、それ以外に、どんな支援が必要なのでしょうか。

吉田 そうですね……。長期化によって問題が複雑化しているので、個々の事情に合わせた支援が必要になっています。「これがあれば解決する」という簡単なものではありません。つまり、それだけ深刻な事故を起こしたということだと思うのです。
 本当は放射線測定も国がやるべきなのに、いまは市民団体が頑張ってやっています。それこそ土壌汚染なんて国はちゃんと測りません。結局、国と東電がやらないから受け入れ自治体がやったり、市民団体がやったりすることになる。でも、そもそもは国と東電の責任です。
 いま必要なことは、区域外避難者も被害者だと国や東電がきちんと認めて、救済をすることです。原状回復やすべての被害者の救済、脱原発を求めている「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)はじめ、全国ではさまざまな訴訟が行われています。3月17日には、群馬県の裁判で判決が出ますし、生業訴訟は3月21日が結審です。被害者を「見えない存在」にして切り捨てる政策に対して、国と東電の責任をしっかりと司法の場で問うこと、それに注目することも、いま大事なことだと思っています。

(構成/中村未絵 写真/塚田壽子)

 

  

※コメントは承認制です。
吉田千亜さんに聞いた区域外避難という、「見えない」原発事故被害」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    放射能の話題がタブー視されるほど、問題はより見えにくく深刻になっていくように感じています。「『復興』と『被ばくから守ること』は、本来対立するものではない」という言葉がありましたが、本当に、それぞれを分けて冷静に話し合える状況になってほしいと思います。SNS上の「バッシング」についても、どうしてそんなことが起きるのか…、きちんと考えるべき問題だと思います。4月以降も避難者の人たちの生活は続きます。引き続き、マガジン9でもこの問題を取り上げていきたいと思います。

  2. 樋口 隆史 より:

    正直、加害者側に対して静かな憤りを覚えます。別に正義感ぶっているわけでは無いんです。別に原子力全般だけでなく、現在の日本ではどんな状況でも誰でもある時を境に窮地に立たされてしまう社会になってしまっている。バッシングしている人たちだって、いつ「別」のことがきっかけでバッシングされるか、紙一重の構造なんです。せめて原子力広報に使われている巨大な資金だけでもいいから被害者救済に回せないのか。

  3. 崎山勝功 より:

    茨城県内には約3700人の福島県からの避難者が避難生活を送っていますが、あまり注目を集めているとは言えません。「マガジン9」で取り上げてはいかがでしょうか。以下、茨城県南地域の地方紙「常陽新聞」に載った記事の一部を紹介します。

    福島第一原発事故が発生して丸6年。県防災・危機管理課によると、福島県からの避難者はつくば市だけで540人(2月6日現在)、県内全域で3708人(同)を数える。子ども3人を連れて県南に移住した自主避難者女性(43)は「丸5年も茨城で生活し、子どもたちに茨城が『故郷』になっている」と心境を明かした。(3月9日付常陽新聞スマートフォン版)

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