この人に聞きたい

安保法制関連法案が採決されようとしているいま、2008年に違憲判決を勝ち取った自衛隊イラク派兵差止訴訟から私たちが学べることがあるはずです。ヴェトナム戦争時のご自身の辛い体験を原点に平和運動に取り組み続け、イラク派兵差止訴訟では原告代表を務めた池住義憲さんに、お話をうかがいました。

池住義憲(いけずみ・よしのり) 1944年東京都生まれ、愛知県在住。立教大学卒業後、東京基督教青年会(YMCA)、アジア保健研修所(AHI、愛知県)、国際民衆保健協議会(IPHC、本部ニカラグア)など、36年間にわたりNGO活動に従事。自衛隊イラク派兵差止訴訟(2004年2月~2008年4月)では原告代表として、名古屋高裁で違憲判決を勝ち取る。2015年1月には「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」を立ち上げ、現在副代表。元立教大学大学院キリスト教学研究科特任教授。著書に『平和・人権・NGO』(新評論、2004年)など多数。

編集部
 イラク派兵差止訴訟だけでなく、安保法制反対やTPP交渉差止・違憲訴訟など、池住さんはさまざまな活動に取り組んでいますが、前回話していただいたヴェトナムでの体験がすべての活動の原点となっているんですね。

池住
 そうですね。ヴェトナムでは、もうひとつ生涯忘れらない出来事があります。サイゴン解放の前日、フーバンの難民村から離れてサイゴンに戻った後ですが、状況が緊迫していたため日本大使館からの勧告を受けて、外国人だけを乗せたバスで空港に向かいました。1975年4月29日のことです。しかし、空港にはロケット弾が打ち込まれて封鎖されていたので、バスは目的地を変更して米国大使館へと向かいました。
 大使館の正面入り口は、国外脱出を求める大勢の市民で混乱していました。私たちは裏門へとまわりましたが、そこにも塀を乗り越えて脱出しようとする多くのヴェトナム人がいました。塀の上に立っている米軍兵は銃をもち、塀をよじ登るヴェトナム人を威嚇して蹴落とします。一方、私を含めた“外国人グループ”は、米軍兵から呼ばれ、塀の内側に入るよう指示されます。

サイゴン解放の前日、米国大使館の塀を越えようとする人々(写真提供:池住義憲)

 私はその光景を呆然と見ていました。塀を登って大使館の中に入れば、ヘリコプターで艦船へ運ばれ、そこから軍用機でグアムやハワイへと国外退避できます。
 でも、そのとき、私は塀を登りませんでした。
 「蹴落とされるヴェトナム人を尻目に、自分だけ米軍兵に助けてもらうことはできない。私はここに残る」
 そう決めたのです。自分がこの先、どこに、誰の側に立つのか、それが決まった瞬間でした。私はそのとき、日本に居住するアジア人のひとりとして、これから生きていこうと決めました。

編集部
 池住さんが呼びかけ人となり、安倍首相の70年談話に先がけて出された「戦後70年市民宣言・あいち」の宣言文では、「日本の戦争責任と戦後責任を果たすことが、アジアをはじめとする世界の人々との真に和解・友好に向かう礎になる」と書かれていて、ここにもヴェトナムでの決意がうかがえるように思います。この宣言文はどういう経緯で出来たのでしょうか?

池住
 戦後70年という節目に、市民の立場から声を上げないかと提案をしました。弁護士、歴史学者、運動家、市民など44人が呼びかけ人になってもらって「戦後70年市民宣言・あいち」を組織し、内容の検討を重ねていきました。さらに一般の方からの宣言文への賛同者を募ったところ、期間は4週間程度と短かったにもかかわらず、愛知県を中心に1059人の賛同者が集まりました。それを7月31日に内閣府に提出しました。それだけでなく、英語、中国語、韓国語に翻訳をして、日本の植民地支配と侵略の被害を受けた国の大使館にも送りました。視覚障害者の方とも共有したかったので、点字版も作りました。そして、これらもすべて安倍首相に渡しています。
 正しい歴史認識をもって、それに基づいた心からの反省、謝罪、必要な賠償をしなければ、過去行ったことへの責任をとったことにはならないし、それなしには友好と和解は起こりえないと思います。その意味では、安倍首相の70年談話は、村山談話、小泉談話を後退させてしまいました。心からの謝罪はまったく感じられませんでしたし、お詫びの言葉はありませんでしたよね。
 私は安倍首相の70年談話は、本当は最後の2つが言いたかったのではないかと思っています。ひとつは、「我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります」。これはTPPのことですよね。TPPは、国民主権、地方主権、生存権に大きな悪影響を与えるものだと思っていますが、そのTPPを談話の最後に盛り込んでいます。
 もうひとつは「『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります」の部分。これは安保法制のことです。この70年談話を利用して、安倍さんはTPPの推進と安保法制成立への意気込みを発信したかったのではないかと感じました。

編集部
 池住さんは今年71歳だそうですね。今春に立教大学をご退任されましたが、教育者としてどんな授業をされてきたのですか?

池住
 退任するまで所属していた立教大学大学院キリスト教学研究科は2009年に創設されましたが、私は特任教授として最初からかかわってきました。授業では、「コンテキストに優るテキストはない」ということを大事にしてきました。いま社会で起こっていることより優れた教材はない、という考え方です。本や図書館じゃなくて、現場に直接行って、当事者に会って、どういう状況なのか、なぜそうなったのか、歴史的にどういう経緯をたどって、どんな権利侵害があって、政府や市民や地域はそれにどう取り組んでいるのか――そうしたことを学生や院生たちと一緒に考えるきっかけを共有してきました。
 授業では、社会で起こっているありとあらゆることをテーマにしましたよ。人種差別、ジェンダー、同性愛、児童虐待、環境汚染、TPP、イラク訴訟、平和、海外協力、宗教、NGO、安保法制…。自分に関心がないテーマでも、ほかの人の関心にいっしょに向き合うことで、視野が広がります。違う考え方を持っている人とやることで考えも深まっていく。そして、それぞれがどう思うかをぶつける。教員である私自身の考え方や価値観も遠慮なくぶつけます。それは学生や院生を信じているから。それによって対等な会話が発生していく。それが教育だと思っています。
 小さな違いを認めつつ、根本的な問題は何か、それに対してどうしたいのかを考え合う。小さな違いを乗り越えて、どう協調体制がつくれるのかと話し合う必要性は、まさに市民運動、平和運動にも通じることでしょう。イラク訴訟の3268名の原告のなかには自衛隊が合憲だという人もいました。わたしは、合憲とはいえないという立場です。そこは違っていてもいい。しかしその自衛隊が戦争の行われているイラクへ武装していく。人道支援とか非戦闘地域とか詭弁を弄して派兵するのは許せないよね、といっしょに取り組んだのが違憲訴訟です。
 安保法制でも、創価学会員だって「これはやりすぎだよね」といって反対運動に加わっています。学生、市民団体、労働団体、さまざまな個人が集まっていますが、「あのやり方ではダメだ」とか「あの言い方はダメだ」とかいう小さな違いを乗り越えて、「相手は安倍政権だ」「それを支えている財界とくに軍需産業だ」など、まとまれるところで協力して一緒に行動を起こす。それが今起こっているのではないでしょうか。

編集部
 これから日本は、どういうあり方を目指していくべきだと思いますか?

池住
 これから目指すべきは、「Justpeace(ジャストピース)」だと思っています。これは造語ですが、正義や公正さをあらわす「Just」と平和の「Peace」をひとつにしたものです。安倍首相は「積極的平和主義」などと言っていますが、それは本当の平和ではありません。大切なのは、自分たち地域だけの公正・正義ではなく、他の地域や国の公正・正義を含むものでなければならない。それを本当の「平和」、つまりジャストピースだと呼んでいます。
 たとえば、TPPによって自分自身は直接の被害を受けないとしても、そのことによって農家のように経済的な不利益や苦痛を受けるという人たちがいることが確実な中で、自分だけが繁栄を享受するのを「平和」とは言えません。沖縄に集中して米軍基地を負担させておいて、本土が繁栄するのもジャストピースではありません。原発における、福島と東京の関係もそうです。
 他者を傷つけて成り立っている平和は、平和ではない。それはむしろ加害なんです。加害をしておいて気付いていないだけ。それが本当に「平和」と呼べるのか、いま問い直す必要があります。これからは、ジャストピースの実現を模索するべきだと思います。

編集部
 うかがっていると、「ジャストピース」というのは、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて…」と書かれている憲法前文と、戦争放棄を宣言する9条によって導き出される平和主義の理念に近いものを感じます。

池住
 本当にそうです。ジャストピースは前文と9条そのものです。いま、世界に軍隊をもたない国は何カ国あると思いますか? 28カ国あるんです。偶然かもしれませんが、これらの国々は「軍隊をもたない」と宣言してから一度も武力攻撃を受けていないんです。もちろん軍隊がないので攻撃もしていない。すごいと思いませんか。
 軍隊をもたない国を攻撃したら、国際法違反ですよ。国際法治主義が浸透している今日の世界で、軍隊をもたないことは他国から攻撃される可能性を著しく低くしているということが言えると思います。安倍さんがやっているのは、むしろ敵や危険をつくりだしていくことです。安全保障は他国への不信にもとづいてつくられるもの。それは決してジャストピースをもたらしません。
 私は、自衛隊ではなくて、国内外防災復興協力隊にしたらいいとずっと主張しているんですよ。防衛省ではなくて防災復興協力省または平和省、日米軍事同盟ではなくて日米平和友好条約に、攻撃用アパッチヘリじゃなくてドクターヘリ、攻撃戦車じゃなくて復興用のブルドーザー、軍事協力じゃなくて復興協力にすればいいんですよ。全国にある自衛隊の基地を、国内外の防災協力拠点にして、48時間以内に地球の裏側にでも防災協力に駆けつけられるような、防災協力での国際貢献をしたらいい。戦争加担じゃなくてね。
 いま各地で自然災害が起きているので、自衛隊の防災協力ニーズは世界で高まっていくはず。それこそが本当の積極的平和だし、日本が目指すべき「ジャストピース」のあり方じゃないかと思います。

(構成/中村未絵・写真/塚田壽子)

 

  

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池住義憲さんに聞いた(その2)
いま、目指すべきは「ジャストピース」
自衛隊は国内外の防災復興協力での貢献を!
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    実は、池住先生がまだ立教大学で教えていたときに、授業に聴講生として参加させていただきました。そのときは、狭山事件のフィールドワークとして、事件のあった現場を巡り、石川一雄さん夫妻からもお話をうかがいました。実際に現場を歩いてみると、現場から見える景色、歩いた距離など、本やウェブサイトからではわからなかったことが感じられます。何よりこの事件がより身近なものとなりました。「95歳まで現役市民として活動しますよ」という池住先生の言葉にも元気をもらいました。

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