戦後70年目の今、この国の形が大きく変わろうとしています。
なぜこのようなことになったのか? いつからこの事態が進んでいたのか? 塾長こと伊藤真弁護士に、くわしく解説いただきました。3回連続でお届けします。
自ら「紛争の当事者になりに行く」ための法律
編集部
前回、4月に合意された日米ガイドラインが持つ意味について解説いただきましたが、今後国会では、このガイドラインに沿って閣議決定された一連の安全保障法制——政府は「平和安全法制」といい、野党の一部や市民からは「戦争法制」との声もあがっていますが——の審議が進められることになります。この安保法制についてもご説明いただけますか。
伊藤
今回の法整備は、「重要影響事態安全確保法」「事態対処法」といった「我が国の平和と安全のため」の法律と、「国際社会の平和と安全のため」の法律の二つに大きく分けられます。その後者に含まれるのが、「国際平和協力法」(国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律、いわゆるPKO法)の改正法と、新たに制定されようとしている「国際平和支援法」です。
前者は、いわゆるPKOへの参加——紛争地で停戦合意がなされた後に、少なくとも建前は中立的な立場で出かけていって復興支援をしようというもの。ところが後者は、これとはまったく性格が異なります。
編集部
どういうことでしょうか?
伊藤
これは、アフガニスタン戦争のときの自衛隊派遣の根拠となったテロ特措法の「恒久法」といわれるもので、停戦合意などもまだなされていない紛争地域に、紛争当事者の一員を後方支援しに行く——要するに、自ら望んで紛争の当事者になりに行くための法律なんです。PKOのように、一応は中立的な立場で復興支援をしに行くというのとは、同じ「国際社会の平和と安全」を謳っていても、まったく意味合いが異なりますよね。
そしてもう一つのポイントは、「国際共同対処事態」という言葉を使って、「非戦闘地域に限らず戦闘現場でない限りは」活動が可能、としていること。また、弾薬の提供や戦闘行動のため発進準備中の航空機に対する給油・整備など、これまで禁じられていた行為についても、「後方支援」という名目で可能ということになっています。
編集部
「戦闘地域であっても戦闘現場でない」とは?
伊藤
例えばある戦闘現場で、両軍ともに弾切れになったり、または夜間なので撃ち合いが止まったとします。そうしたら、そこは「戦闘地域ではあるけれど戦闘現場ではない」ということになる。だから、この新しい法律によれば、自衛隊はそこに弾薬を補給しに行けるということになってしまうんです。
でも、そんな状況になれば、相手は当然補給路を断とうと、自衛隊を「敵」として攻撃してきますよね。「戦闘現場になったらすぐに退却する」と言っているけれど、そんなことが簡単にできるわけはない。作戦行動のために必要となる水や食料・武器・弾薬・燃料などを前線に補給する「後方支援」が作戦行動に不可欠なことは、軍事上の常識です。戦闘行為の相手方としては、後方支援の兵站線を絶つことを考えます。ですから、「後方支援」だから戦闘行為にかかわらないというわけにはいかない。いわば後ろから自らの意思で戦争に突入していくのが「後方支援」なんです。それほど危険なところに自衛隊を送りこむ、自ら敵をつくりに行く法律が、この「国際平和支援法」なんです。
編集部
自ら敵をつくりに行く…。この法律に基づいて自衛隊を海外派遣する際には、国会の事前承認が必要とされていますが、それは歯止めにはならないのでしょうか。
伊藤
たしかに、例外なく国会承認が必要ということにはなっています。でも、これがまたくせ者なんですよ。
派遣の是非を判断するためには、その現場がどんな状況なのか、どれほど危険なのかといったさまざまな情報が必要ですよね。ところが、そうした情報は他国軍隊にも関わる軍事機密として、国会議員にすら十分に提供されないという可能性があります。そんな状況で国会に承認を求めるといっても、適切な判断ができるわけはありません。結局はほとんど歯止めにならず、アメリカなどの要請に従って行動せざるを得ない可能性が高いでしょうね。
しかも、派遣には一応国連決議が必要ということになっていますが、その言い方も「国連決議に基づくものか、関連する国連決議があること」。「関連する」の定義なんてすごく曖昧なものですし、これもほとんど歯止めになっていないようなものだと思います。イラク戦争では、「ならずもの国家イラクが大量破壊兵器を所持していることは『国連決議』に違反する」などとしてアメリカをはじめとする有志連合諸国がイラクへの攻撃を開始しましたが、その後、イラクで「大量破壊兵器」の存在が証明されていないことを思い起こすべきでしょう。
憲法9条は、単なる「戦争放棄」ではなく
自由の下支えでもある
編集部
国際平和支援法が成立して、自衛隊が海外で、中立の立場でなく「紛争当事者として」活動するようになる。そうなれば、日本は国際社会の中で新たに多くの敵をつくることにもなりかねません。
伊藤
それは明らかですよね。これまで日本が築き上げてきた、平和国家としてのブランド価値や国際的な信用を自らかなぐり捨ててしまうわけですから。
編集部
それによって、何が起こるのでしょうか。
伊藤
自衛官が亡くなる、あるいは負傷するといったことは当然考えられます。また、イラク戦争後にロンドンやマドリードで爆破テロなどがあったように、日本国内でテロが起こる可能性もあるし、海外で日本人や日本企業がテロの標的になったり、人質に取られたりといったリスクも、一気に高まるでしょう。
特に海外での活動がしにくくなるだろうと思うのが、NGOや NPO、ジャーナリストなどです。これまで「日本人だから」と信頼してもらって活動ができていた人たちが、これからは「なんだ、日本はアメリカの手先なのか。アメリカの手先は信頼できない」といって受け入れてもらえなくなる可能性がある。
つまり、本来日本が率先してやるべき、復興支援や開発援助、人道支援といった、平和憲法の理念に沿った国際貢献活動ができなくなる、あるいは非常にやりにくくなるということが考えられます。
編集部
国際社会からの評価が、まるで変わってしまうかもしれない。
伊藤
それだけではなく、国内においてもさまざまな変化が出てくると思います。仮に自衛官などに犠牲者が出た場合、おそらくその人は「国の平和と安全に殉じた」尊い犠牲として美化され、靖国神社に祀られるということになるでしょう。そして、政府がそれを讃え、「愛国者」として喧伝すれば、「こんな犠牲者を出すような派遣はおかしい」「政治家の靖国神社への公式参拝はおかしい」といった政府批判はますますしにくくなっていきます。
メディアの自粛ムードが高まり、国民の間でも、「おかしいと思っても、口に出したらどうなるかわからない」という空気が生まれていく。そうして国民的な議論そのものが圧殺され、表現の自由や思想良心の自由といった精神的自由への抑圧がどんどん高まっていく、ということになるのではないでしょうか。
編集部
現在でもメディアの自粛ムードなどは強く感じますが、それがさらにひどくなっていく、と。
伊藤
これは(憲法学者の)樋口陽一先生などもおっしゃっていることですが、憲法9条というのはやはり、単なる「戦争放棄」ではなく、「自由の下支え」の役割を果たしてきたのだと思います。日本が平和国家であるだけでなく、自由な国であるために、とても重要な役割を担ってきた。
例えば海外には、街を軍人が闊歩していたり、元軍人のホームレスがあちこちにいたりする国がたくさんあります。あるいは、徴兵制のある韓国の若者と話をしていると、「人生設計として、どのタイミングで兵役に行くのがいいか」なんていう話が当然のように出たりする。そんなふうに、軍事が日々の生活の中に当たり前に入り込んでくる社会に日本がなるとしたら、それはやはり私たちの生活のいろんなところに影響が出てくるでしょう。平和と自由とは一体であって、9条が保障しているのは単なる「戦争のない状態」ではないんです。
(その3に続きます)
(聞き手 塚田壽子/構成・写真 仲藤里美)
現在国会で審議中の安保法制がはらむ様々な問題について、塾長に詳しく説明していただきましたが、
知れば知るほど、不安が大きくなるばかりです。さらに憲法審査会で「現在審議中の法案は憲法違反である」と憲法学者によって、きっぱりと判断されたことについては、安倍政権をはじめ与党は、今後どのような説明を国民にしていくつもりなのでしょうか? 今週の「立憲主義の道しるべ」でも指摘されているように、国会は会期を延長せずに閉会するべきではないでしょう。
安保関連法案に反対し、廃案を求める憲法研究者の声明が発表されました。この末尾に呼びかけ人と賛同人の名簿が付されていますが、その中に伊藤真さんの名前が見当たりません。何かお考えがあるのでしょうか。
いつもコメントなどありがとうございます。伊藤真先生は、大学で教鞭をとる憲法学者、憲法研究者ではないので、その会に名前を出していない(会がお声をかけていないのでは?)だけだと思います。インタビューを読んでいただければわかると思いますが、先生は、もちろん、反対をし廃案を求めていますよ。このうねりが大きくなるよう、私たちも声を上げていきたいですね。