この人に聞きたい

現在、東京・神奈川などで公開中の映画『革命の子どもたち』は、日本とドイツ、国は違えどともに「革命家」として生きた2人の女性、そしてそのそれぞれの娘たちという、2組の親子の姿を追ったドキュメンタリー。かつて日本赤軍のリーダーを務めた重信房子さんの娘で、現在はジャーナリストとして活躍する重信メイさんも、映画の中で自身の子ども時代を振り返っています。「母と娘の関係」が大きなテーマとなっている映画をメイさんはどう見たのか。そして、28歳で初めて訪れた祖国・日本の今をどう見ているのか。お話を伺いました。

重信メイ(ジャーナリスト・プロデューサー)
1973年レバノン・ベイルート生まれ。28歳まで無国籍のままアラブ社会で育つ。97年、ベイルート・アメリカン大学を卒業。同大学大学院では国際政治学を学び、レバノン大学ではジャーナリズムを専攻。2001年3月に日本国籍を取得し、4月に帰国する。11年同志社大学でメディア学の博士号を取得し、2002年~12年予備校河合塾の講師を務める。また、05年~06年、APF News のインターネット・ブロードバンド、『オリーブ・ジャーナル』でキャスターとして番組を進行。2006年からはCS朝日のニュースター番組「ニュースの深層」でサブキャスターを4年間務めた。現在、中東メディアの研究者、中東衛星放送テレビ番組のプロデューサーである傍ら、アラブの世界、イスラム文化、パレスチナ問題、イラクやクルド問題、レバノン情勢などを講演活動で伝える。その他に映画翻訳、字幕監修やアラブ映画の紹介も行っている(『Little Birds』、『Out of Place』、『Ghada, Fairuz-愛しきベイルート/アラブの歌姫』、『Paradise Now, Jenin Jenin』など)。主な著書に『秘密』(2002/講談社)、『中東のゲットーから』(03/ウェイツ)、『アラブの春の正体』(2012/角川Oneテーマ21)など。主な出演映画『9.11-8.15 日本心中』(06/大浦信行監督)、『ドキュメンタリー頭脳警察』(09/瀬々敬久監督)、『Coach』(10/室希太郎監督)など。
親子の愛情は、
努力があって初めて成り立つと感じた

編集部
 重信さんとお母様の重信房子さん、ドイツ赤軍のリーダーだったウルリケ・マインホフさんとその娘のベティーナ・ロールさん、2組の「女性革命家」親子を描いたドキュメンタリー映画『革命の子どもたち』が東京などで上映中です。ご自身も登場されているこの映画を見て、メイさんはどんな感想を持たれましたか。

重信
 そうですね…私にとって印象的だったのは、ベティーナさんの口から語られる母親との関係性でした。私はベティーナさんとはお会いしたことがないのですが、彼女が母親のことを批判的に捉えているという話は人づてに聞いたことがあって。ただ、それがどういう事情や経緯によるものなのかはまったく知りませんでした。だから今回、彼女の話を聞いて、親子の愛情というのは当たり前のものだと思っていましたが、決してそうではなく、努力があって初めて成り立つものなのだと感じました。
 もし私の母が、私に対する愛情をいろんな形で表現しようと努力してくれなかったら、私もベティーナさんのように母親に対して批判的な気持ちを持ったかもしれない、と思います。私だって、小さいころからの母親との生活の中で、いろんな疑問は持っていたわけですから。

編集部
 メイさんは、お母様からの愛情を感じながら育ったと感じておられるということですね。具体的にはどういうことですか?

重信
 2~3ヵ月に1回、半年に1回しか会えないようなときもあったけれど、一緒にいるときは革命家とか組織のリーダーとかいうよりも――もちろん、そういう部分もたしかにあるのですが――「母親」として接してくれました。例えば、忙しいのに私が好きな料理を徹夜で一生懸命作ってくれたり、材料が手に入らないと、何かで代用できないかと何度も工夫してくれたり。そういう姿を見ていると、やっぱり愛情は伝わってきますよね。
 ベティーナさんの場合は、本当に短い間しか母親との時間を過ごせなくて、そういう母親の姿を見る機会もあまり持てないままだった。母親に対するさまざまな疑問を持ったまま大きくなって、それが解決する前に母親が亡くなってしまったということなのかなと思いました。

編集部
 お母様の房子さんご自身も、学生運動にかかわる前は「温かい家庭を持ちたいと望む平凡な学生だった」という描写がありましたね。「革命家」としての重信房子さんのイメージからは少し意外だったのですが、活動に参加するようになったのも「大学の学費値上げ反対」の運動という、非常に身近なところからだったという…。
 そこから活動に深くかかわっていって、最終的には日本赤軍のリーダーという立場にまでなられるわけですが…正直なところ、今の私たちから見ると、本当に彼らは「世界革命」を信じていたんだろうか? と思える部分もあります。

重信
 当時の学生運動自体が、当初は大学の学費値上げ反対運動から広がり、労働者や組合運動と反権力・反弾圧につながっていきました。さらに、ベトナム戦争が拡大し、日本政府もアメリカと南ベトナム軍を支持する立場を取るようになるなどの社会状況の中で、どんどん政治的になっていき、権力の弾圧や帝国主義に反対する学生たちは、反ベトナム戦争、世界革命に方向を向けたのです。そして、世界革命を信じた母はパレスチナ問題にも興味を持ち、最終的に中東にたどり着いたのだと思います。

幼い日のメイさんと房子さん (C)Transmission Films 2011

「平和主義」のイメージという
財産を売り払おうとしている日本

編集部
 さて、メイさんご自身は、2001年に日本国籍を取得してレバノンから来日されました。そこから13年の間に、日本社会も大きく変わったと思います。今の日本の状況について、どんなことを感じておられますか。

重信
 二つ、気になっていることがあります。一つは原発の問題です。
 3年前に福島であんな大きな事故があったにもかかわらず、日本政府は発電手段は原発しかないような姿勢を変えようともせず、もとどおり自分たちの「居心地のいいところ」に戻ろうとしています。本当なら、あのようなことがあったので、もう何があっても違うエネルギー源の開発や浸透のために投資しようとする方向に行くべきだと思うのですが。国民のことを考えず、自分たちのことだけを優先に考えて動いているようにしか見えません。
 ただ、一つだけいい面があったとすれば、一般の日本の国民の間に問題意識が高まったことです。原発事故以前、日本国民はマスメディアや政府が言うことをそのまま鵜呑みにして信用してしまう人が多かったと思うのですが、あの事故が起こったことによって、そして政府が放射能の危険性についてなど、さまざまな嘘をついていたことが明らかになる中で、「政府の言うことが必ずしも正しいわけではない」という認識が広がりましたよね。そう考える国民が多いということは、今後は政府が国民を簡単にだませなくなったということ。その意味では、一つの希望になっているかなという気がします。

編集部
 なるほど。もう一つは何ですか?

重信
 やはり、憲法改正や憲法解釈をめぐる問題です。日本がもっともっと戦争にかかわっていく、そういう方向に行ってしまいそうな気がして非常に不安ですね。
 今まで日本という国は、国際社会の中で――日本政府はそれをまったく評価していないみたいですが――非常にニュートラルな、平穏で平和的で、安心感を持って接することのできる国という捉え方をされていたのです。それは憲法9条があったから。特にアフガニスタンやイラクでの戦争の前は、少なくとも表面上は「戦争にはかかわっていない」ように見えていた。その平和主義的なイメージは、日本の、日本国民の大きな財産だったと思うのです。
 それなのに、今の日本政府がやろうとしているのは、その財産を売り払って、かわりに「強くて力を持っている国」のようなイメージを買おうとしているようなもの。私は日本にとってそれは絶対に損だと思っています。

編集部
 特にメイさんがおられたアラブ世界では、日本のイメージは非常にいいと聞きますね。

重信
 アラブの人たちは本当に、日本が好きだし日本人のことを尊敬していますよ。日本がかつて戦争に負けて、しかも原爆を落とされた上に、アメリカに占領までされた、その歴史を大国に踏みにじられてきた自分たちの立場に重ね合わせているのです。でも日本は、焼け野原から立ち上がって、戦争を放棄して平和を選択し、経済的な発展を遂げた。それに対してとても尊敬の念があって、「見習いたい」と思ってくれているのです。その気持ちを踏みにじってなくさないでほしい、と思うのですが…。

編集部
 そのイメージが変わってきたのは、やはりイラク戦争あたりからですか?

重信
 私の周りではそうだと思います。もちろんゴラン高原やアフガニスタン戦争など、それまでにも自衛隊は海外で活動していましたが、イラクはかなり国際的に「目立つ」形で行ってしまったので…。いくら軍事的には参加しないとは言っても、軍にしか見えない自衛隊が、軍服を着て行っているわけですから、やっぱり「軍事介入」として受け取られますよね。

(C)Transmission Films 2011

戦争に参加すれば、
それは必ず自分たちに返ってくる

編集部
 さらに、安倍政権はこれまで憲法上許されないとされていた集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊が海外でも武力行使できるようにして、アメリカなどの戦争にいっそう積極的に踏み込もうとしています。

重信
 これまで禁止されていた武器輸出の解禁にも踏み切りましたよね。憲法そのものは改正しないまま、事実上の「容認」状態をそうして少しずつつくっていこうとしているのでしょうが、それが世界の人々に広がってしまったら、日本の「平和」イメージは崩れてしまいます。
 以前は、どんな紛争の中にいる人も、日本人は敵ではない、どちら側にも立っていない「中立」だと見られている部分がありました。それが、このまま行けば「ああ、日本人はアメリカ側なのだ」「敵側についている国なのだ」と見られるようになってしまう可能性が高い。もちろん、ちゃんと知識があれば、日本人の中でもそうした政府の動きに反対している人は多いと分かるでしょうが、そこまで見てくれるとは限らない――というか、見てくれないことがほとんどでしょう。政府と国民はひとくくりに見られるからです。
 イラク戦争のときの人質事件や、アルジェリアでの人質拘束事件も、日本がそうして徐々に「平和主義のイメージ」を捨ててきたことの結果という面があると私は思っています。日本政府はもちろんそうは認めないでしょうが、この政治判断の結果、日本人の犠牲者が増えてしまうでしょう。

編集部
 「9条が日本の安全を守るんだ」ということを言うと、「平和ボケだ」と言われたりすることがありますが、日本よりもはるかに「戦争」が身近にある中東で育たれたメイさんがそうおっしゃると、説得力があります。

重信
 戦争というのは、実際に人が死んで、傷つくということ。また食糧が手に入らないとか、爆撃を避けて何週間も地下室で過ごさなきゃいけないとか、普通の日常生活ができなくなることです。いいことは一つもないし、今戦争のまっただ中にいる人だって、戦いたくて戦場にいるわけではない。
 もし、日本が集団的自衛権を行使して、海外での戦争に参加していくようになったら、日本の本土にもいつか「戦争がやってくる」ときが来ます。アメリカは過去に世界各地の戦争、紛争に参加し続けたけれど、その結果が9・11のNY同時多発テロ事件でしたよね。戦争に参加するということは、自分たちに敵対する気持ちを持つ相手をつくるということです。それは必ずいつかブーメランのように自分たちのところに戻ってきてしまうのではないでしょうか。
 戦争というものを、戦争に関与するということを、軽く見てはいけない。そう思います。

(構成・仲藤里美、写真・塚田壽子)

シェーン・オサリバン監督『革命の子どもたち』

現在、東京・テアトル新宿、神奈川・シネマジャック&ベティにて公開中。その他順次全国公開予定。
公式サイト http://www.u-picc.com/kakumeinokodomo/

 

  

※コメントは承認制です。
重信メイさんに聞いた 「平和」のイメージを捨て去ることは
日本にとって大きな損失
」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    戦後積み上げられてきた「平和国家」のイメージを捨て去ることは、国際社会における日本の安全をかえって危うくする――。そう指摘する人は決して少なくありませんが、戦火の耐えない中東をもう一つの故郷に持つメイさんの口から聞くと、なおさら重みを持って響きます。軍事力を増強したり、戦争参加への縛りを緩くすることが、そのまま「安全」に直結する。そうした、戦争というものを「軽く見る」短絡的な考え方こそが「平和ボケ」というべきなのではないか。そう思えてならないのです。

  2. 多賀恭一 より:

    民主党が3年間の政権で国民の支持を大きく損なったように、
    自民党もここ数年で、国民の支持を大きく損なう可能性が大きい。
    「平和国家」のイメージを失うことが、
    その端緒となるかもしれない。

  3. 五太子順昭 より:

    日本の平和主義が蔑ろにされつつあります今こそ憲法第9条を世界に広めましょう!そのために歌を作りました
    憲法第九条の歌
     作詞作曲 五太子順昭

    1.
    ゆけ!ゆけ!第九条よ!
    C7 Fm C7 Fm Fm C7 Fm
    世界で唯一の被爆国
    C7 Dm C7
    二度と戦争を起こさない
    Bbm Fm Eb Db C7 Db C7
    不戦の誓い 高らかに
    Db EbFmGb C7 Fm C7
    日本は資源も土地も無いけれど
    F C7 Bb C7
    平和と愛とで輝く国だ!
    C7 F Gm7C7 F
    まもれ まもれ
    C7 C7
    平和の憲法第九条を!
    F C7Bb F C7 F

    2.
    ゆけ!ゆけ!第九条よ!
    C7 Fm C7 Fm Fm C7 Fm
    世界の民族と人種と
    C7 Dm C7
    壁を乗り越え 手を 繋ごう
    Bbm Fm Eb Db C7 Db C7
    永久の平 和 勝ち取ろう!
    Db EbFmGb C7 Fm C7
    日本で生まれたこの憲法は
    F C7 Bb C7
    人類の希望と平和の礎
    C7 F Gm7C7 F
    まもれ まもれ
    C7 C7
    人類の憲法 第九条を!
    F C7Bb F C7 F

    ☆この歌は誰でも歌えます 

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