木内みどりの「発熱中!」

映画、テレビ、舞台と幅広く活躍してきた女優の木内みどりさん。
3・11以降は、脱原発についても積極的に活動しています。
脱原発への思いや憲法のこと、政治や社会参加についてなど、
日々の暮らしや活動のなかで感じていること、気になっていることを
「本音」で綴っていただきます。不定期連載でお届けします。

第15回

ラフ族の弟ができた!

 知らない文字を見て知らない言葉を聞いて知らないところを歩く、こういう時間が好きです。たくさんの方々が訪れる観光地には、ほぼ興味がなく、ガイドブックで紹介されているところはむしろ避けてしまいます。

 これまで、たくさんの国に行きました。去年の暮れ、いったい何カ国に行ったんだろうと数えたことがあります。「きっと、30は超すだろうな・・・」と思いつつ書き出してみたらなんと「54カ国」。

 前回のコラムの終わりに「これからミャンマーに向かいます」と書きました。そう、行ってきましたミャンマーに。わたしにとって「55カ国目」の国です。辺境好き、秘境好き、未開地好きですから、昔からミャンマー近辺の国には憧れがありました。まだ行ったことがない、ベトナム、カンボジア、ラオス、マレーシア、バングラデシュ、中国の雲南省や昆明も行きたいところです。

 が、政治的に不安定な要素があるところは素人のひとり旅などできません。

 このコラムの第5回に書きましたパレスチナ旅行もそうだったのですが、今回も「大地を守る会」の藤田和芳社長と社員さん3人、それに顧問でタイ・ミャンマーに詳しい農学者の小松光一さんの出張ツアーに混ぜていただいて実現しました。

 4月8日から17日までの旅。タイのバンコク(泊)から国内線でチェントゥへ、そこからは全てバス移動でメーサイ(泊)でミャンマーに入国。タチレイ~チェントゥ(泊・泊・泊)へ。来た道を戻ってタチレイからタイのメーサイ~ローチョ村(泊)~ウィンパパオ(泊)~チェンマイ(泊)、そして国内線でバンコクに行き、東京へ。
 と、ここまで読んでくださっているあなたが辺境好きなら、興味が湧いてきたことでしょうし、辺鄙なところは苦手、わざわざ行く気にはならないって方は興味を失ったことでしょう(笑)。

 今回は、辺境好きなわたしのようにお臍が曲がってる方に向けて書いてみます。

 バンコクの下町、カオサンロード。夜のバザールで糸のブレスレットをその場で編み込む女性に驚嘆。多くの人は自分の名前を編んでもらうようですが、わたしはイタリア語の諺を編んでもらいました。

 Vivi e lascia vivere

 「好きなように生きなさい」といった意味です。

紺色の下地に白い糸を巻きつけていって編み込んでいくこと7−8分。このすばらしい技、100バーツ(¥400)。

できたのが、これ。わかりやすいようにホテルのタオルに巻いてみました。上の透明のは、わたしが普段いつも身につけている「Vivi e lascia vivere」のお守り。ANTEPRIMA のブレスレットです。

バンコクの下町、カオサンロードはカオスです。昆虫の揚げ物スナックに驚き! カブトムシ、サソリ、赤ちゃん蛙、なんかの蛹や虫。きゃぁきゃぁ言って写真だけ撮って買わない人が多いから、「PHOTO 100B(バーツ)」のサイン。はい、もちろん100バーツを払って撮らせてもらいました。

 タイとミャンマーの国境、ここではメーサイ川がその境界線です。入国・出国は同じポイントでないといけません。それを徹底させるためか、パスポートは預けるのです。コピーを取り写真も撮って入国手続き。右下の写真は入国書類の書き方サンプルです。Flight Noの横を見てください。普通ここにはJAL123とかって飛行機のナンバーを書くのですが、ここでは歩いて入国なので「walk」と書きます(笑)


「WORLDWIDE NUCLEAR BAN NOW」のいつもの脱原発Tシャツを着て、国境の中央、どこの国でもない地点に立ってみました。
撮影:来島晋一さん

 一年で一番賑やかな「お正月」の買い物で大混雑している市場で、アウンサンスーチーさんの写真が載ったカレンダーを見つけました。今現在も軍事政権のミャンマーです。厳しい規制があるのでしょうか、アウンサンスーチーさんの写真はここでしか見ませんでした。ガイドをしてくれた方と話していたら彼はアウンサンスーチーさんのことを評価していないので意外に思い、いろいろと教えてもらいました。

 アウンサンスーチーさんは長年の自宅軟禁から2010年11月に解放され、2011年に新政権が発足してから政府との対話が進み、2012年4月からは国民民主連盟(NLD)の党首として政治活動をしています。1991年のノーべル平和賞受賞以来、圧政と戦うシンボルとして世界中で評価が高いのだけれど、2011年3月の新政権発足前に、軍部のトップからの「わたしたちの身の安全はどうなるか」という問いかけに、スーチーさんは「国民の判断に任せます」と言ったそうで、国民の判断じゃ自分たちの身が危険だと感じた軍部が巧妙にスーチーさんをシンボルとしただけ。実際は、以前と変わらず軍部が実権を握り、過去とさして変わりはない。「私がお守りします」と発言すれば完全に民主化できたはずなのに、その最大のチャンスを逃した…と。
 彼女はインドのデリー大学、英国のオックスフォード大学を卒業、英国人と結婚。「だからミャンマー人のほんとの苦しみがわかっていないし、お嬢さんだから政治の駆け引きがわかってないんだ…」と彼は言いました。

 現在も厳しい規制の中で、たくさんの不満を抱えて暮らしている苦悩を感じました。複雑…。

 さて、いよいよ旅の目的地です。「大地を守る会」が支援しているラフ族の農場をいくつか見学、チェントゥではセミナーハウスの開所式に参加。式後にご飯が振る舞われることもあり、多くの少数民族の人々が集まりました。ラフ族、アカ族、カレン族、モン族、150名くらい。


すべてはラフ語で進行、賛美歌もラフ語です。

 翌日、夕食に招待されました。池のそばで、他に民家もなく静か。お願いしたらやってもらえました、電気をつけない中での食事。静かに日が暮れていって、次第に真っ暗。月明かりの真っ暗闇に、ローソクを1本だけ灯して。

 風の音、時にパラつく雨音の中でみんな、小さな繊細な声でお喋り。「暗闇治療」@ミャンマー。素敵な時間でした。

 ここからはラフ族のみが暮らすLaw Caw Village。ローチョーと読みます。

 この道の右手も左手もどちらも崖になっていて、尾根にある村。最近はテレビを持ってる人もいるので、パラボラアンテナが目に付きます。「変わったよね」「すごい変化だね」と何回か訪れている藤田さん、小松さんです。

 同行を許してくださった、左から来島晋一さん、藤田和芳さん、豊島洋さん、小松光一さん、市川泰仙さん。
 辺境に強い頼れるみなさんに混じってわたしは紅一点なので、ずいぶんうれしい時を味わいました。この村のこの家に泊めていただいた晩は、ちょっと、心のギヤチェンジを3回くらいしました。眠る部屋に25㎝くらいのトカゲのような動物「トッケイ」がいて鳴くのです。人間が怖いからそばには来ないというものの、同じ空間のすぐそこにいるのです!
 それに、トイレ。外にあって夜は真っ暗だから懐中電灯を持っていきます。トタン板のドアが閉まりませんし、鍵はありません! 最悪の場合に、と用意していった「紙おむつ」を生まれてはじめて使用しました。買いに行った時は、いろんな種類があること、よくできていることに感動しました。いつの日にかいずれお世話になるのだから経験しておこう、と持参したのが役立ちました。
 これで夜中のお手洗い問題は解決です。

 食事は常に一汁一菜、プロパンガスのコンロひとつきりで料理します。

 食事を用意してくれてやさしくもてなしてくれたNaheh(ナヘ)さん。貧しい暮らしの中で身寄りのない子どもを4人も育てている立派な女性です。学校に行かせてあげる余裕がないと淋しそうに言いました。写真は息子のCaduiくんと。1998年発行の小松光一さんの本『クリヤーの山―タイ・山岳少数民族の暮らし』(農山漁村文化協会)に出ているふたりの写真、ナヘさんが息子を負ぶっているのを指差してもらって撮りました。

 この人がDye Saeliさん。お父さんがLaw Cawさんで、村の名前になっています。

撮影:市川泰仙さん

 「現在、52歳だと思う」と言います。お父さんがラフ族5000人を引き連れ、迫害・差別され続けた中国との国境付近から、逃げて逃げてやっと定住したのが今の村で、お父さんの名前がついて「Law Caw Village」。逃げ延びる時の苦痛から逃れるように阿片に溺れたふたりのお兄さんは、体も心も壊れて、今、生きてはいるものの廃人同様だそうです。念願叶ってタイ国籍がとれた時に、係官が一人ずつタイ人としての名前を命名して登録。誕生日はまとめて全員、1月1日生まれにされたんだそうで、その日付によると、今、52歳。

 ラフ族は、現在、世界中に100万人(中国に72万人、タイに10万人、ミャンマーに15万人、ベトナムに1万人、アメリカに1万人、その他1万人)。その全員が所属する「ラフ国」を作るのがDye(ダイエ)さんの夢です。日本で2年農業を学んだので、日本語が上手です。ツアーのコーディネート&ガイドですから忙しいダイエさんですが、ひまわりの種を齧りながらお喋りしたその晩、ひと部屋に集まってみんなで飲み会している時、突然「みどりお姉ちゃん」と言って笑いました。
 壮絶な人生を送ってきた人ですが無垢でかわいい人です。

 まだまだ書きたいこと、知ってほしいことが次から次へと出てきますが、読むのに疲れたでしょうから、このへんでおしまいにします。

 あっ、ひとつ、おまけです。
 吊り橋の上で両手を挙げているのが「大地を守る会」会長の藤田和芳さん。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表で「News Week」の「世界を変える起業家100人」の一人に選ばれ、他に肩書きがいくつもある立派な方ですが、ひとつも威張りません。この時は短パンにビーチサンダルで吊り橋を渡ってる姿が小学生の男の子のようだったので、思わず「藤田くん、両手を挙げて」と言って撮りました。
 素直な方なのです。
 いくつになっても、どんな立場になっても、柔らかい心でいる秘訣を今度、藤田さんに聞いておきますね。

旅の全てを仕切ってくださった豊島洋さんに感謝! また、連れてってくださいまし。

旅好きなわたし。あはは、明後日1泊3日で、マレーシアに行ってきます。
 呆れました?(笑)

 

  

※コメントは承認制です。
第15回 ラフ族の弟ができた!」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    木内さん、今度はマレーシアなんですね! 「好きなように生きなさい」、とても木内さんらしい素敵な言葉です。知らない世界でたくさんの人と出会えるだけでなく、自分の国や生き方についても、新しい視点がもてるようになるのも旅の魅力。それにしても、いつでも元気でパワー全開でいられる秘訣を、木内さんからも教えてほしいものです!!

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木内みどり

木内みどり(きうち みどり): 女優。’65年劇団四季に入団。初主演ドラマ「日本の幸福」(’67/NTV)、「安ベエの海」(’69/TBS)、「いちばん星」(’77/NHK)、「看護婦日記」(’83/TBS)など多数出演。映画は、三島由紀夫原作『潮騒』(’71/森谷司郎)、『死の棘』(’90/小栗康平)、『大病人』(’93/伊丹十三)、『陽だまりの彼女』(’14/三木孝浩)、『0.5ミリ』(’14/安藤桃子)など話題作に出演。コミカルなキャラクターから重厚感あふれる役柄まで幅広く演じている。3・11以降、脱原発集会の司会などを引き受け積極的に活動。twitterでも発信中→水野木内みどり@kiuchi_midori

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