2011年3月11日に起きた東日本大震災の影響で、福島第一原子力発電所事故が発生。事故後、国会前や首相官邸前には、多くの人たちが集まり、抗議の声をあげました。一人ひとりが自分の意思で集まり、それぞれ独自のスタイルで行う抗議行動が生まれていったのです。事故から数年が経ったいまも、毎週金曜日には脱原発を求める人々が全国各地で集まっています。国会前「希望のエリア」も、そうした「金曜行動」のひとつ。「希望のエリア」のスタッフが、そこに集まる人々の思いを連載で伝えます。
第7回
手と指と心で繋ぐ希望
希望のエリアには、手話通訳さんがいます。昨年の秋から参加されている杉本さんです。
他のエリアがお休みだった日に、開催中の希望のエリアに偶然参加してくださいました。そして「自分に出来ることで協力したい」と仰ってくださったのです。
私は、これまで以上に話し方や言葉選びを意識するようになりました。通訳しやすい言葉の方が、きっとより多くの方にストレートに伝わるのではないかと思うからです。片手でも出来る手話を教えていただき、「命を守ろう! 子どもを守ろう! 赤ちゃん守ろう! 未来を守ろう! 平和を守ろう!」と手話つきコールもするようになりました。
動画の撮影やツイキャスでも杉本さんの手話がセットでしっかり映るようにと、いつも希望のエリアを撮影してくださる市民メディアのKenさんは、踏み台を持ってきて寄付してくださいました。私たちはその台を「杉本ステップ」と呼んでいます。
スピーチの内容によっては、時に難しい専門用語が出てきたり、大きな数字が出てきたり、手話での表現では追いつかないこともあります。そこで杉本さんは事前にわかる範囲で予習もされています。計算機を使ったりして独自の工夫もされています。スピーチ以外にも、歌を歌われる参加者もいらっしゃるので、タブレットでその都度検索して歌詞を通訳してくださったりもします。
ある日、そんな杉本さんの姿を見て「私が交代します」と突然杉本さんに声を掛けられた女性がいました。12月のクリスマスの日に初めて希望のエリアに参加された狭山市の大沢えみ子さんでした。彼女もまた手話が出来る方でした。
彼女は「本来、手話通訳は15分が限界で、こまめに交代するものなのに、1時間半も、しかもこんなに寒い中、一人で通訳をされる杉本さんを何とか手助けしたい」と思われたのだそうです。こうして希望のエリアには手話通訳さんが2人もいてくださる事になりました。希望のエリアは、皆さんの思いやりが集まって出来ています。
手話で歌うふるさと
希望のエリアでは、毎回欠かさず歌っている歌があります。皆さんもよくご存じの「ふるさと」です。福島のことを思いながら、また自分のふるさとを思いながら、参加者の皆さんで歌うのですが、この歌に分かりやすく覚えやすい手話をつけてくださったのが、みーやんさんでした。もう3年くらい前から、みーやんさんは「ふるさと」のコーナーでいつも手話をしてくださっていました。
いつも小さな旗を振りながら参加されている千葉のお父さん(通称・旗のお父さん)は遂に一人でも手話でふるさとが歌えるようになり、地域の団地自治会などで手話を披露し、それをきっかけに福島や原発のお話をするのだと仰っていました。
手話学習会もスタート
とても学習熱心な「旗のお父さん」は、もっともっと手話が出来るようになりたいと仰り、何と「希望のエリア手話学習会」もスタートしました。
希望のエリアが始まる前の時間(午後5時45分~6時15分)に、杉本さんが先生になって教えてくださっています。手話に触れることで、その表現の意味や成り立ちを知ることも出来て、ますます手話が楽しく身近なものになりました。「指文字あいうえお表」を見ながら、まずは挨拶から練習です。
「旗のお父さん」は得意そうに「見てみて、明日香さん。これ、何て言ってるかわかる?」と嬉しそうです。それは可愛いお孫さんのお名前でした。
希望のエリアは抗議行動ですから、伝えたい思いの先にあるのは国会の中や電力会社やマスコミや官僚なのですが、全国各地の方、また、国会前に行きたくても来られない方、たまたま動画をご覧になった方、たくさんの方に思いを伝えたいとずっと思っていました。手話通訳があることで、その幅はまた大きく広がりました。
「生まれて初めて抗議行動に参加しました。ずっと行きたいと思っていたけれど勇気がなくて。希望のエリアには手話通訳があるとFacebookで見ましたので」と、仕事帰りに一人で参加してくださった若い女性もいました。あの夜は手話の有り難さが身に染みました。
東日本大震災が起きた時、体の不自由な方は避難も大変だったとお聞きしています。防災サイレンにも気づかなかった方もいらっしゃったのではないかと思います。手話は命や暮らしを支える大切なものなのだと改めて思います。私ももっともっと手話を勉強し、習得したいと思います。
思いを受け止め、伝える手話
杉本さんは「通訳は、黒子だから出過ぎてはいけない。流れる空気のようにそこにいなければならないんですよ」と仰います。けれども、楽しくて嬉しいお話の時は一緒に笑いながら通訳されていたり、怒りや悲しみのスピーチには言葉以上の表現をしてくださっているのを目にし、ドキッとすることがあります。それは恐らく表現力などという技術的なものではなくて、話している方の思いを受け止めて理解し、その心の部分までしっかり伝えてくださっているのだと私は思っています。
杉本さんが笑っているとこちらまで何だか嬉しくなります。杉本さんの手話が、怒りや悲しみ、「反対」や「やめろ」ばかりではなく、「ありがとう」「嬉しいね」「良かったね」の笑顔でいっぱいになる社会にしたいと願いながら、私たちスタッフは毎週金曜日「杉本ステップ」を組み立てています。
(国会前「希望のエリア」スタッフ/紫野明日香)
「希望のエリア」では、進行役の紫野さんのそばで熱心に手話通訳をされている杉本さんの姿をいつも見かけます。昨年夏、大規模な国会前抗議行動が行われていたとき、知人から「足が悪くて行きたくても行けないから、私のぶんもお願い」と言われたことを思い出しました。どなたでも意思表示ができるように、抗議行動にもさまざまなスタイルや工夫が増えていくといいですよね。