辻元清美(つじもと・きよみ) 1960年生まれ。早稲田大学在学中の83年に「ピースボート」を設立し、民間外交を展開。96年の衆議院選挙に社民党から立候補し初当選。NPO法、情報公開法などに取り組み成立させる。2002年に議員辞職後、2005年の衆議院選挙で比例代表近畿ブロックにて当選。社民党女性青年委員長、政審会長代理に就任。2009年、衆議院議員総選挙において大阪10区(高槻・島本)から当選。社民党国会対策委員長に就任。国土交通副大臣に就任。2010年5月、国土交通副大臣を辞任。7月に社民党を離党。9月に民主党入党。国土交通副大臣、内閣総理大臣補佐官(災害ボランティア活動担当)などを歴任。
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三原則の緩和は、国際社会における日本の大きな財産を、目先の利益のために捨てるということにつながるのではないでしょうか。政治と運動の両輪で、もう一度元に戻すための動きを生み出す必要があります。
今回の緩和決定は、国際社会における日本の大きな財産を、目先の利益のために捨ててしまったという側面があると考えています。例えば、国連では以前から、世界で多くの被害者を出している小型武器の問題が話し合われていて、その会議の議長国に武器輸出三原則を持つ日本が選ばれたこともあった(注)。そういうふうに、特に小型武器などによる被害に苦しむ地域からの「武器を輸出していない国」としての日本への信頼感は大きかったと思うのです。
この緩和決定は、社民党が政権を離脱したときに、一気に動いてしまうのではないかと懸念していたことの一つでもあります。アメリカからの強い緩和要請に加えて、特に今、円高やデフレの継続で日本の大企業がかなり厳しい状況に置かれている。その中で、経済界からのプレッシャーが強まって、政府がそれに押されてしまった。もちろん、民主党内にも緩和には反対だという人がいないわけではありません。でも、政権全体で見たときには、やはり経済界の声のほうが優先されてしまっているんですね。
そんな中で、もう一度「緩和に反対」だという自分たちの考え方が多数派を取れるようにして、また官房長官談話を通じてでも元に戻す、そのための努力をする。そんな流れを国会内外で連携して作れるかどうかが勝負です。
ただ、そのときに考えなくてはならないのは、緩和決定が発表された後も、市民の反対運動が十分にあったかということです。一方で経済界は足繁く政治家のもとに通ってロビー活動をしたりしているわけですから、そうなると、政治の場で「反対」を主張しても、「誰も反対してないじゃないか」という話になってしまう。やはり、市民運動と政治の両輪がそろって動いたときに、初めて政策を止めたり変えたりできるんじゃないかと思うんですね。
それも、ただ口で「武器輸出三原則反対」というだけではなくて、例えば武器を使わせないようにするために紛争の予防や和平仲介に力を尽くすなど、「NGO型」の具体的な行動を積み重ねていくことが重要です。これは私自身が市民運動やNGOの活動に関わった経験からも感じることですが、スローガンを叫ぶだけの「闘争」は、もう人の心には響かなくなっています。だから広がってもいかない。理念を口にするだけではなくて、実践を通じて体現していく、そのための行動を積み重ねていく。それがひいては、憲法を守ることにもつながると思っています。
注:2003年7月にニューヨークで開催された第一回国連小型武器会議中間会合。猪口邦子・軍縮会議日本政府代表部特命全権大使(当時)が議長を務めた。