井口秀作(いぐち・しゅうさく) 1964年生まれ。一橋大学大学院博士課程満期退学。現在、大東文化大学大学院法務研究科教授。専攻は憲法学。フランスの国民投票制度を研究。著書に『いまなぜ憲法改正国民投票法なのか』(蒼天社出版)など。主な論文として、「国民投票法案」に浮上した新たな問題点『世界』/「国民投票法案」の批判的検討『法律時報』/憲法改正国民投票法案をめぐって『法学セミナー』など。
Answer
簡単には改正できない「硬性憲法」である日本国憲法が、軟性憲法になってしまう。それは憲法の安定性という観点から見て、妥当だとはいえないと私は考えています。
改憲論においては、96条を改正すべきだという動き自体は、かなり昔からありました。しかし、それは3分の2条項の変更ではなく、国民投票なしで改正できるようにすべきだというものが大半だったのです。1950年代後半から60年代にかけての改憲論がそうだったし、1990年以降も、例えば読売新聞が1994年に出した改憲試案は「議員の3分の2以上の賛成があれば国民投票はなしでいい」というものだった。それが2005年ごろから、国民投票を義務的なものにして、3分の2条項を過半数にすべきだ、という方向へと変化していくのです。
この変化は、小選挙区制の導入と関係していると思います。それによって、衆参両院の双方で3分の2の賛成をうることがかえって難しくなったからです。
小選挙区制の導入には、社会党などの護憲勢力を排除して改憲派が両院の3分の2を占められるようにするという目的が当然あったと思います。そして、それはたしかに実現したのですが、小選挙区制によって自民・民主の二大政党制が成立すると、今度は別の意味で自民・民主の二大政党が手を組むことが難しくなってしまった。つまり、二大政党制では互いに対立軸をはっきりさせないといけないから、自民と民主の改憲派が手を組むということが、非常に難しくなってしまったんですね。それで、まずはそこのハードルを下げなきゃいけないということになったんだと思います。
過半数の議員の賛成で改憲発議ができることになれば、一党でもしやすくなります。今は衆参のねじれがずっと続いているけど、ある選挙でほんの一瞬でもねじれが解消されるタイミングがあれば、そこでぱっと発議してしまえばいい。議連への参加議員が増えているのはわかりますよね。また、国民の側も、9条改憲などと違って何が問題なのかわかりにくいだけに、実際に国民投票が行われたら、「別にいいんじゃない?」となって通ってしまう可能性も十分あります。
ただ、考えておかなくてはならないのは、仮にそうなれば、憲法の規範としてのレベルはかなり相対化されたものになってしまうということです。
つまり、今話題になっている原発国民投票のような、諮問型の国民投票をやるとします。そのためには投票法をつくる必要がありますが、これは法律ですから、衆参両院で2分の1以上の賛成があれば国会を通過して、投票を実施できる。一方で、憲法改正の発議をするにも両院の2分の1以上の議員の賛成でいいとなれば、憲法改正のための国民投票と、法律を制定しての諮問型国民投票とが、ほとんど違いがないということになってしまいます。そうすると、例えば諮問型の原発国民投票をやるのではなくて、「原発は廃棄する」と憲法に書き込むための国民投票をやればいい、何でも憲法を変えてしまえばいい、ということになりかねないんです。
それはつまり、憲法の性質そのものを変化させてしまうということ。簡単には改正できない「硬性憲法」である日本国憲法が、軟性憲法になってしまう。それは憲法の安定性という観点から見て、妥当だとはいえないと私は考えています。
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