世界から見た今のニッポン

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芳地 隆之(ほうち たかゆき)1962年東京生まれ。 大学卒業後、会社勤めを経て、東ベルリン(当時)に留学。 東欧の激変、ベルリンの壁崩壊、ソ連解体などに遭遇する。 帰国後はシンクタンクの調査マン。 著書に『ぼくたちは革命の中にいた』(朝日新聞社) 『ハルビン学院と満洲国』(新潮社)など。

 12月1日付ドイツ『フランクフルター・アルゲマイネ』紙が上記の見出しで、日本の「受験地獄」について報じている。私たちの国では、小学校の「お受験」も珍しくなく、「受験地獄」という言葉さえ死語となっているが、下記の記事(抄訳)のように、海外からの視点で見ると、日本の教育の歪みが改めて浮き上がってくる。

 通常、日本では年が明けてから「受験地獄」が始まる。数十万人の子供と若者たちは高校や大学受験のラストスパートのため、夜中まで詰め込み勉強をするのだが、最近では、受験シーズンが秋から始まり、より年少の子供たちが不安に苛まれることになった。今週、私立の小学校では来春の新1年生の選抜試験があり、多くの子供たちが受験している。
 たとえば、今回取材した5歳のアキラはすでに2校を受験した。新年にもあと2校の受験を控えている。彼は1校ごとに1時間の筆記試験と先生との面接を受け、さらに工作、グループ遊び、体操をしなければならない。学校側は知恵を絞って考え出した試験によって、子供の知能、社会性、運動能力の評価を試みる。「実に多くのことが求められます。(受験日に)アキラの調子がたまたま悪く、十分、実力を発揮できなかったらというのが最大の心配。私は何もしてあげられませんから」とアキラの母親は言う。

ストップウォッチを手に

 彼女は2年間前から、1人息子の受験の準備を綿密に行ってきた。毎朝、アキラは朝食と幼稚園へ行く間の45分、教材を使って勉強する。読み書きではない。多くの日本人の子供は遅くとも5才でそれができるようになっている。毎朝行われるのは認知度のテストだ。ものの大きさの比較や量の分配、読み聞かせた物語に関する質問への回答、折り紙、蝶々結び、一定時間内での工作。アキラは毎週土曜日の午後、就学前児童用の教室で2時間学ぶ。木曜日には家庭教師と1時間勉強し、その後の1時間は絵と工作の教室だ。火曜日には母親と共に、運動能力を高める塾に電車で通っている。そして「ファミリークラブ」という塾の先生はアキラの家で、面接での受け答えの練習を行う。そこで子供は、自分自身のこと、日常生活、そして趣味について、きちんと答えなくてはならない。
 アキラは「受験地獄」を当たり前のことと思っている。もっと言えば、自分がそのプログラムに反抗できないことを知っているのだ。しかし、同い年の友だち、マサキは毎回、家庭教師が来る前に胃が痛くなる。家庭教師は厳しい顔をして、ストップウォッチ片手に彼の前に立つ。マサキは課題ができないと泣き出してしまうのである。

学校の近くにセカンドハウスを

 かつて日本の子供の99%は公立の小学校に通っていた。公立小学校は6年間、学費は無料であるが、まずは東京で子供の4人に1人が、大学受験に有利になるように、毎月約1000ユーロ(12万5000円)の学費を払って、私立の小学校に通うようになった。全国平均では14人に1人の割合である。「アキラがいい学校に入れれば、一流大学に入りやすくなる」と母親は言う。私立小学校に入学する新1年生の数は、この5年間で20%増えた。
 限られた数の学校――東京の私立小学校は5000校弱――へ多くが殺到するので、学校側は受験の申請者数を制限するため、応募手続きの段階で振り落としている。親と子供は前年5月には受験する学校の受験申請書を入手して、説明会を聞き、授業を見学することになる。
「私が十分注意を払わず、すべての準備を万端にしていなければ、アキラはこれだけの学校を受験できなかったでしょう」と母親は言う。多くの親は、子供に満員電車に長く乗ることを強いることになるが、たいていの学校は、一定以上の通学時間を要する子供には受験をさせないことにしている。だからアキラの両親は、数カ月間だけ、最も行かせたい小学校の近くにセカンドハウスを借りた。

教育コストは2万ユーロ

 わずかな国立小学校は、学費がかからないので、大人気だ。国立小学校は受験するためにくじ引きを行う。両親がくじに参加し、試験場で子供のことをアピールする。
「私は運がなかった。(アキラの)番号は引かれなかった」とアキラの父親は当時を思い出して言う。
「ただ、息子が(国立小学校の)試験に合格したとしても、この子たちのなかで、また受験競争が始まりますから」
 日本のすべての学校と大学にランク付け(偏差値)がなされて久しい。ランクが高い学校の生徒は国家公務員や大企業の社員になりやすくなる。新自由主義の日本では、このシステムに疑問が投げかけられていない。教育機会に恵まれる階層を固定化するという批判も忘れ去られている。
 しかし、システムは崩れ落ちた。大企業の採用人数が少なくなっているからだ。「最高の大学を卒業することだけが、いい会社に入る方法です」とアキラの母親は言う。公務員の数は減っている。最大の雇用を生んでいた郵便局も民営化された。こうした流れが、多くの親たちを必要以上に教育への投資に駆り立てているのである。小学校受験のための準備費用はやがて2万ユーロ(250万円)になるだろう。

生活は「苦しい」もしくは「とても苦しい」

 かつては日本人の90%が中流と思っていた。ところが、この「ジャパン・ドリーム」の夢は消え去った。不動産バブルがはじけた1990年代以降の不況は、いい大学の卒業生でさえ正社員になれない状況をつくったのである。ロストジェネレーションと呼ばれる現在の30~40才代の多くは、非正規雇用でかろうじて生き永らえている。ここ5~6年の間に少数の富裕層がよりリッチになった。
「そうした傾向には気づきませんでした」とアキラの母親は言う。彼女の夫は企業の管理職であり、十分な所得を得ている。だから妻は専業主婦として、息子の面倒をみることができるのだ。
 日本人の3人に1人は、派遣、アルバイトなど期限付契約の労働者である。ここ14年間で勤労者の平均所得は約18%低下した。1000万人の日本人が年収200万円(1万6000ユーロ)以下で暮らしている。社会保障を受け取れる人々はわずかであり、自殺者の数は高く推移したままだ。世界的な金融危機が始まる前に行われたアンケートでは、回答者の60%が、生活は「苦しい」もしくは「とても苦しい」と答えている。アキラの母親は来るべき不況を見据えて、決意を込めた。
「息子を第2のロストジェネレーションにはさせない」

保守的かつ画一的な服装

 中流層の崩壊は学校にも反映している。「弱い者いじめが多くなり、むかしよりも不登校児が増えた」と言うのは34才の母親だった。専門家の見方によると、日本の生徒の学力は下がっている。授業の教材が減っているのもその理由だ。PISA(OECD諸国の生徒の学習到達度調査)の比較によると、日本は中位にまで落ちた。「でも大学は試験のレベルを緩めていません。ですからアキラの勉強が遅れてはいけないのです」と母親は言う。
 アキラの両親も受験のための勉強をしている。なぜなら学校側は、保護者面談で家庭教育に関する厳しい質問を投げかけるからである。試験ならびにその前の面談とも独自の服装が大切だ。5~6才の子供はダークスーツもしくはワンピースに、白いワイシャツかブラウス、黒い革靴を身につけなければならない。母親は暗い色のハイネックのスーツ、同じく暗い色の中くらいのハンドバッグ、合成皮革の比較的大きなかばん、ならびにスリッパの持参が定められている。
 デパートではいたるところに保守的で画一的な洋服コーナーが設けられている。これらを買うのに、アキラの母親は約1000ユーロ(12万5000円)を支出した。いまのところ、その出費は報われている。アキラはひとつの試験に合格したからだ。有名な慶応大学までエスカレーターで進学できる慶應小学校が不合格だったのは仕方がない。17人の子供のうち、たった1人しか合格しないからである。

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 以上が記事の主な内容だ。ちなみにドイツでは通常6才から4年制の基礎学校に入学する。その後、生徒は様々な上級学校――基幹学校、実科学校、ギムナジウムで学ぶ。基幹学校(卒業後に就職して、職業訓練を受ける者が主に進む)は第5学年から第9学年までが義務教育で第10学年が任意。実科学校(卒業後に職業教育学校に進む者や中位の職に就く者が主に進む)は第5学年から第10学年まで。大学進学資格を得るにはギムナジウムで第13学年まで学ばなければならない。ドイツの教育システムに日本のような受験制度はなく、国立大学の授業料は基本的に無料である。英国のケンブリッジやオクスフォード、フランスのグランゼコール(国立行政学院)などのエリート校をもたなかったドイツでも、近年、エリート養成大学をつくろうという動きがある。だが、そこに入るために私立小学校を「お受験」するようなことはない。教育コストを将来の投資と考えること自体、多くのドイツ人にとって奇異に映るのではないか。だからこそ、こうした記事が書かれるのだと思う。

 

  

※コメントは承認制です。
第49回ぼくたちは学校に入る前に勉強する」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    お隣の国、韓国や中国も、子供の受験戦争が激化していると聞きます。
    これらはアジア特有の現象なのでしょうか? 
    子供だけでなく親も「受験地獄」にはまり込み、
    経済的にも精神的にも負担の大きい「受験競争」は、
    ヨーロッパや北欧に倣って、やめる方向に向かうべきではないでしょうか。

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