世界から見た今のニッポン

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トーマス・ブリュアー(Thomas Breuer)
ドイツ銀行のエコノミストを経て2003年よりグリーンピース・ドイツのエネルギー部門長。グリーンピース・放射線安全アドバイザーでもあり、チェルノブイリ事故の影響を受けた地域では2度のリサーチ活動を指揮した。福島第一原発事故後の4月に行われた放射能汚染調査にも参加。

国際環境NGOのグリーンピース・ジャパンはグリーンピース・ドイツのエネルギー部門長であるトーマス・ブリュアー氏を日本に招き、10月8日の東京を皮切りに、同月11日に北海道、12日に大阪、15日に佐賀にて「脱原発と自然エネルギーの経済効果」をテーマとする「日本縦断セミナー」を開催した。日本に次ぐ世界第4位の経済大国ドイツが、どのようにして脱原発へと舵を切ったのか。ブリュアー氏はグリーンピース・ドイツが算出した詳細なデータを紹介しながら、自然エネルギーの導入による経済効果について報告した。高い環境技術をもつ日本でも脱原発は可能だというメッセージも込められたセミナーの概要をご紹介したい。

脱原発に舵を切ったドイツ

 ドイツの国会に当たる連邦議会(下院)は6月30日、2022年末までに国内の原発17基を全て閉鎖することを盛り込んだ改正原子力法案を賛成多数で可決した。そもそもドイツ政府が脱原子力を法制化(再生可能エネルギー法)したのはシュレーダー政権下の2002年である。当時のドイツ社民党と緑の党の連立政権は2020年を目途に国内の原子力発電所をすべて全廃するとした。しかし、2005年に首相の座についたアンゲラ・メルケルは、2009年のキリスト教民主同盟と自由民主党との連立による第2期政権発足後の翌年秋、既存の原子力発電所の稼働期間を最長で2040年まで延長すると方針を変えた。この決定は原発を運営する電力業界の意向に沿ったものとされたが、2011年3月11日の東日本大震災による福島第一原発の映像を見たメルケル首相は「フクシマが私の考えを変えた。映像が脳裏に焼きついて離れない」と語り、エネルギー政策を180度転換した。法案では、最も老朽化した原発8基の即時停止、再生可能エネルギー(以下、自然エネルギー)の積極的な推進、送電線の改善、省エネおよび建物断熱の改善などがうたわれている。

 なお、2011年上半期におけるドイツの総発電量に占める原子力の割合は24%、自然エネルギーのそれは20%である。自然エネルギーの設備容量は1998年の8,500キロワットから2010年には5万5,700キロワットに、自然エネルギー業界における雇用者数は2004年の16万人から2010年には37万人に拡大している。

原発の外部コスト

 1950年から2010年にかけて原子力産業に対してドイツ政府から供出された補助金および優遇策は以下のとおりである(換算レートは2011年10月5日時点の1ユーロ=102.047円。以下、同じ)。

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 原発の外部コストは合計2,393億ユーロ(24兆4,200億円)に上るが、これに加えて、2022年までに既存の原子力発電所を廃炉にするコストとして、1,103億ユーロ(11兆300億円)が計上される(ただし、廃炉が早ければ早いほど、このコストは少なくなる)。

脱原子力のコスト

 一方、2010年のドイツ経済における自然エネルギー利用における収支は以下のとおりである。

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 上記のコスト計算によれば、自然エネルギー利用による純利益は、88億ユーロ(9,000億円)となる。

 資源をもたないドイツは外国から原油・天然ガスを輸入し、それによって火力発電所を稼働させている。これら化石燃料の価格は国際市況によって大きく変動することから、原子力の方がコスト安との指摘もある。しかし、原子力発電の燃料であるウランの国際価格も変動幅が大きく、かつ埋蔵量も限られていることから、安定した供給源とはいえないだろう。自然エネルギーの導入が自国の安全保障に寄与することも注目すべきである。

固定価格買取制度

 とはいえ、自然エネルギーは割高と指摘される。その原因のひとつが固定価格買取制度だ。同制度は自然エネルギー資源を用いて発電された全ての電力を、発電手段別に一定の価格で全量買い取ることを送電事業者に義務づけたものであり、一般利用者の電気料金に与えるコスト面での影響は以下のとおりである。

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 上記の合計は24セント/キロワット時であり、これは年間に換算すると約50ユーロ(5,100円)の値上げに相当する。

 2011年7月時点でドイツには2万1,000基以上の風力発電設備が稼働し、約10万戸の屋根にソーラーパネルが取り付けられている。自然エネルギーによる電力の需要が高まれば、自然エネルギーを使った発電施設が整うことになる。そして石油や天然ガスといったものに比べて、風や太陽といったものにコストは生じないので、電力料金は下がる。また、個人が家庭に小型の風力発電設備あるいはソーラーパネルを設置して生産した電力は電力会社に売ることができる。たとえば農家では、広い敷地を利用した自家発電設備の導入による定収入の確保が可能だろう。

 ただし、発電に必要な風が十分に吹くか、太陽がさんさんと輝くか、自然エネルギーには不安定要素も多く、個人が設備投資を行うにはリスクが高いといわざるをえない。そこでグリーンピース・ドイツはグリーンピースエナジー社を設立(1999年)し、同社が農家の土地を借り上げ、委託を受けるかたちで発電を行っている。なお、2011年4月時点における自然エネルギー利用世帯数は推定で300万世帯、グリーンピースエナジー社利用世帯数は10万世帯である。

自然エネルギー導入目標

 ドイツ政府は自然エネルギーの導入目標として、同エネルギーの総発電量に占めるシェアを、2020年までに35%、2030年までに50%、2040年までに65%、2050年までに80%に高めるとしているが、ドイツ連邦議会の専門委員会は、2050年までに100%自然エネルギーによる供給が可能と述べた。この場合、ドイツ連邦環境庁は、2017年には原子力の段階的廃止が完了すると試算している(当然ながら、2050年には化石燃料による発電も終わる)。

 ドイツで脱原発が可能だったのは、隣国から電力を購入できる、とくに原子力のシェア約70%のフランスから輸入できるからだとの指摘がある。電力市場が自由化された欧州では安い価格で供給する企業から電力を購入できる。ドイツはフランスから電力を輸入している(現在、ドイツは総電力消費の5%を近隣から輸入)が、対仏電力貿易ではドイツ側の黒字である。フランスの原発は川の水で冷却するが、水位が不安定な夏場は停止するので、すでに20年来、ドイツはフランス向けに電力を輸出しているのである。なお、フランスの電力を輸入していた主な地方はドイツ南部のバーデン・ヴュルテンブルク州やバイエルン州であり、これらの州は脱原子力に熱心ではなかった。ところが、福島原発事故後に行われたバーデン・ヴュルテンブルク州議会選挙では、脱原子力を党是として掲げている緑の党が躍進し、ドイツ史上初の同党出身の州首相(ヴィンフリート・クレッチマン)が誕生している。この結果が保守政党・キリスト教民主同盟に属するメルケル首相にショックを与え、ドイツのエネルギー政策を脱原発へ向かわせたといえる。

ドイツ企業の動き

 これはセミナーでは触れられなかったが、最後にドイツ企業の動きの一例を紹介しよう。
 ノルベルト・レトゲン・ドイツ連邦環境大臣はドイツ紙(8月29日付『ヴェルト・アム・ゾンターク』)で、福島原発事故について「日本のような高度な技術を有した国であのようなことが起こったということは、(原発が)倫理的な問題というだけでなく、経済的なリスクということだ」と語った。また、ドイツには「新しく高度で有望なエネルギーを供給するだけの技術力がある」として、「われわれのCO2排出削減目標は自然エネルギーおよび省エネで達成されるだろう。ドイツはそれを計画として織り込み済みだ。2020年までに40%削減するとの目標は変わらず、議論の余地はない」と自信を示している。

 それに呼応するかのように、9月には電機大手のジーメンスのレッシャー最高経営責任者が原子力発電事業から撤退する方針を明らかにした。今後は原子力発電所建設を率いることはないし、原子炉事業にも関わらないという。

 「われわれは現在、自然エネルギーに投資している。同エネルギーは比較的新しいが、わが社にとって非常に高利益を見込めるビジネス分野である」と語るのは、農業・建設資材・エネルギーなどの複合企業バイヴァのクラウス・ヨゼフ・ルッツ社長である。8月4日付『南ドイツ新聞』のインタビューにおいて同社長は、ドイツが2020年までに脱原発を実現すれば、「ドイツ企業は環境・エネルギー技術の先駆者として世界中に電力を輸出できる」と語っており、バイヴァは最近、米国のソーラ―パネル市場に参入、英国では子会社のレネルコが風力発電にも投資している。またスペインでは各地の港に太陽光発電設備を設置する主要施行者として活動しており、ポーランドには2カ所に風力発電パーク、ハンガリーにはバイオガス発電設備を導入しているという。

 

  

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第58回脱原発と自然エネルギーの経済効果」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    自然エネルギーは高くて不安定、
    経済の安定のためにはどうしても原発が必要…
    「脱原発」への批判として、判で押したように使われる文言ですが、
    実は長い間私たちは「そう思わされていた」だけなのでは? ということが、
    ドイツのケースからも見えてきます。
    もちろん、さまざまな状況が違う点もあるけれど、
    日本でも「自然エネルギー革命」はきっと可能なはず。
    そう思わせてくれるセミナーでした。
    グリーンピースが掲げる「自然エネルギー革命シナリオ」についてはこちらから。

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