カエルの公式

 東電の福島第一原発から流れつづける放射性汚染水。
 毎日のように新たな汚染水スキャンダルが見つかるという、「異常が普通」となりつつある「超異常状態」と言えます…。

東電福島第一原発に貯まる汚染水 © Masaya Noda

 この汚染水スキャンダルもそうですが、スキャンダルがきっかけで社会が急速に変化していくことがあります。
 そこで今回は、スキャンダルとはそもそも何か、さらにはスキャンダルが社会を変える重要な機会となることについて検証してみました。それが汚染水問題を考え直すきっかけにもなるかと思います。
 ちなみに、ここで言う「スキャンダル」は「汚職」だとか「不正」だとかの「社会性の高い事象」についてで、熱愛とか、不倫だとか個人のプライバシーに関することではありませんので、あしからず。

スキャンダルの公式

 NGOやNPOの戦略を研究しているクリス・ローズ氏が「スキャンダルの公式」を考案しています(注1)。

 スキャンダルが大きなスキャンダルだと認識されるには3つの要素が必要だということです。それぞれを検証してみます。

(注1)campaignstrategy.org より

事の重大さ

 例えば、汚染水の問題では、日本だけではなく海外にまで影響を与えます。また、漁業や観光業などの産業は多大な影響を受けます。
 しかも今後どれだけ続くかもわからないという意味で、重大事象であることがわかります。それがゆえに、原子力規制委員会は、このような状況を受けて、原子力事故の国際評価尺度(INES)でレベル3(重大な異常事象)とする方針を発表しました。
 しかし、いくら重大な事象であっても、それだけではスキャンダルとは見なされません。例えば、巨大な地震が起きて、多くのビルが倒壊してもそれだけではスキャンダルではありませんよね。スキャンダルとみなされるには、次の2つの要素が必要です。

やるべきことを怠った度合

 まずは、事象の責任者とみなされる人、もしくは企業や政府がこの事象を防ぐために「できることをどれだけ怠ったかの度合」です。
 例えば、巨大地震で倒壊したビルのほとんどが、耐震基準を満たしていなかったとしたらどうでしょうか? 建設業者がやるべきことをやっていなかったということになります。
 汚染水の事例で言えば、事故後2年半にわたって超高レベルの放射性物質に汚染された水を扱っているという危機感と、ある対策が失敗したときの対策(Fail Safe)という考えを持っていなかったことがあたります。
 当初から汚染水対策が困難な事象であると認識していながら、場当たり的に地盤沈下で使えなくなったタンクを再利用していたとか、タンクを囲うせきの排水弁を開けっ放しにしていたなどはその証拠でしょう。
 やるべきことを怠った度合とは、以下の公式で導かれます。

 「重大さ」と「やるべきことを怠った度合」だけでもスキャンダルとして成り立つ場合もありますが、一般的に人々がもっとも怒るのは、次の点です。

非倫理的な利益

 それは、対策を怠った理由が「非倫理的な利益」を得るためかどうかということです。

 先ほどの地震の例で言えば、耐震基準を満たしていない理由が、経費を浮かすための故意だったとすれば、個人や企業の利益を優先して事故を招いたことになりますから非倫理的な利益は非常に高くなります。
 このような場合には、社会は大きなスキャンダルとして「徹底的な是正」を求める動きへと急速に動き出します。

 汚染水問題では、「非倫理的な利益」への追及が甘いのだと思います。つまり一般的に、「東電の作業員はがんばっている」「しょうがない」というイメージが作られてしまっているのです。
 しかし、汚染水問題では、「非倫理的な利益」を享受している企業があります。
 これだけの損害を社会に与えていて倒産しない東電はもちろんですが、例えば、東電の陰に隠れて一切の責任を免れている東芝、日立などの原子炉メーカー、汚染水漏れタンクを簡易的に建設し続けたゼネコン業者もそうでしょう。
 原子炉メーカーは、自らが設計・建設した原子炉から放出されている放射性物質の除去のために製品を開発し、新たな利益を生み出しています。汚染水漏れタンクを建設した業者も、本来であれば東電からメーカー責任を問われてしかるべきでしょう。

市民活動でも使えるスキャンダルの公式

 本来スキャンダルであるべき事象が、スキャンダルとして理解されれば、ある社会問題のひどさが浮き彫りとなり、解決へと急速に向かうことがあります。
 そういう場面に出会った時には、このスキャンダルの公式を思い出してみてください。
 3つの要素のどの部分の議論が弱いのかを確認して、弱い点をしっかりと議論できるようにすることで、一般の人にも理解されやすくなります。また、記者が記事にしたくなる動機も高まります。
 市民やメディアがスキャンダルをしっかりと追及することで、思いがけないスピードで社会を変えるきっかけが生まれると思います。
 汚染水問題がいち早く解決することを願うとともに、汚染水スキャンダルの真相追及を通して、「脱原発」社会へと変わるきっかけにしていきたいですね。

 

  

※コメントは承認制です。
第32回 汚染水問題から考える
「スキャンダルの公式」
」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    結婚・離婚、熱愛に不倫…みたいな
    スキャンダル報道にはうんざりすることも多いけれど、
    こういう「スキャンダル」は大いに追及されるべき。
    その問題点を広く理解してもらうための「公式」、
    ぜひ覚えておきたいスキルです。

  2. Zumwalt より:

    尖閣諸島中国船領海侵犯事件 = 軍拡競争や軍事的緊張の導き × 日本に対する対話の怠り × 軍事的圧力による威嚇
    尖閣諸島の問題に変えて考えるとこういうことですか。分かり易かったです。
    尖閣諸島の場合には中国が軍事的圧力による威嚇をするのが当たり前の国だというのが常識になったので、もはやスキャンダルではなくなったということですよね。

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佐藤潤一

佐藤潤一(さとうじゅんいち): グリーンピース・ジャパン事務局長。1977年生まれ。アメリカのコロラド州フォート・ルイス大学在学中に、NGO「リザルツ」の活動に参加し、貧困問題に取り組む。また、メキシコ・チワワ州で1年間先住民族のタラウマラ人と生活をともにし、貧困問題と環境問題の関係を研究。帰国後の2001年、NGO「グリーンピース・ジャパン」のスタッフに。2010年より現職。twitter はこちら→@gpjSato

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